第六章

第10話

「何これ? 地面がぐちゃぐちゃになってるけど」


 朝になって元気よく起きたトウマは氷の柱に潰された周囲について驚きの感想を口にしていたけれど、氷が溶けて低い地面へ水が流れていくのに興味を持つたようで眺め続けている。


 村があった痕跡はもうない。朝日を浴びて埋め尽くされた氷が透明になってしまっても見えるのは潰れた地面だけだった。


「旦那様、お疲れのところ申し訳ないのですが説明をいただけると助かります」


 俺たちの前に立つナンノは驚いた様子はなく淡々とした口調だった。昨夜の体験談と耳に入った情報を伝えていると彼女は自身の考えと照らし合わせているかのようなレスポンスを打ってくる。優秀なメイドさんなのはいつものことで話すこっちが嘘を言ってしまわないか緊張するほどだ。


 トウマは話に全く興味を示さず、転がってる氷の柱を掴んで投げて緑の地面を広げていく。彼女にとっては何か面白いのだろう。


「なるほど。説明ありがとうござます。どうやら、セイホは慣れない手加減により疲れて寝てしまったようです」

 手加減って云った?

「はい。ゴミを掃除しなかったのも。会話をしようとしたのも。いままでのセイホはしなかったでしょう。旦那様を想ってやったのでしょうね」

 …………。


 嫌なフラグが立っていたけれど、惨状を思い出して、がたがた震えた。


 すやすやと吐息が耳朶に触れる。背中で寝ている姿も可愛い女性があんなにも痛ましい所業をするとは誰も思わないだろう。止めろと言えるほど俺は強くないとして何故あんなところで寝てしまったのかと思っていたら理由が解かったら仕方ないのかもしれないけれど、崩壊していく階段を駆け下りたのは超怖かった。


「ふぅーう。ぬしゅ様。しゃんと一人で逃げりゅ」

 起きてますよね?


 すやすや吐息と寝顔は続いている。彼女だったら寝たふりをしているかもしれない。


「寝言ですよ。どうやらセイホは旦那様に私たちを放置して身の安全を優先して欲しかったようですね。とはいえ、別の心持ちもあったようですが」


 くすくすとナンノは微笑んでいる。


「当てが外れました。追っ手が旦那様の修行に利用できると思っていましたが、私たちが足枷になっているようです。考えを改めなければなりません。追っ手は私たちが相手をするのがよいかもしれません」


 おや、これは都合の良い方向に進んでいく光明が見えそうだ。


 日々修行をしていて追っ手の相手までしなければならないと心身肉体共に限界がすぐにやってくる。一つ負担が減るのはなんと喜ばしい展開だろうか。


「旦那様が教えてくださいました。修行するのは私だったのです」

 ん?

「手加減して相手取る経験が足りないから旦那様への修行が中途半端となりご迷惑をおかけしていると結論づけます。私も努力し旦那様への修行に役立つよう頑張りたいと思います」

 ん?

「この前は私の不徳の致すところ自身を叱責したのですが。叱責するだけでは何も変化はなく悪循環のままです。行動が必要だったのです」

 あれは俺を怒ってたんじゃ?

「これからも旦那様の修行に尽力させて頂きますのでよろしくお願いします」


 頭が上がって見えた表情は清々しい顔色でいっぱいだった。


 甲斐性なしの俺がこんなにも甲斐甲斐しく一途な女性に尽くされるのがホクトに云われた通り悪逆非道な罪人だと思うけれど、彼女が前向きな表情で宣言するのに利用されるのは少し役に立っているのではないかと言い訳してみる。


 となると、事態は悪化したのでは?

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