第9話
「あ、あァ、あァ」
地上から少し満月に近いから月光を遮る障害物はない。軍服に付けられた大将を示す階級章が光って見えた。橙色の長髪を編み込んだ女性がよく見えた。両腕を見えない壁に固定され氷の床に膝をついている。正しくは両膝から下がなかった。冷えた氷に傷口を押し付けられながら痛み驚き恐れに耐え切れず廃人は閉じ方を知らない開いた穴から唾液を垂らし続けている。透明な液が赤く滲んだ床を垂れた部分だけ綺麗に流していた。
「壊れそう?」
廃人の女性から床でもがいている短髪が水色の男性を見た。
「壊れたい?」
水色髪の男性からセイホは視線を外した。同時に彼の口元の周りからぷつぷつと赤い液体が染み出て滴り落ちる。糸で縫われていた口元は言語を作れるようになっていた。男性は前を見ると大粒の涙を零しながら、丁寧に静かに秘密を口にして変わるように猛省する。
「壊すのは楽しい? 自分もするけど、楽しいのかな? 嫌なのかな? 兵器にそんな感情もあったのかな? あったら、助けるのかな?」
男性の前で女性がセイホの代わりに喋っていた。口をぱくぱくして真っ白な眼球と顔色で人の形となったそれは両腕両脚を失っても人のように男性に話しかけている。
「ホクトがお世話になってた? 変態だから喜んでいたと思うけど、死ぬのは痛い。ぬし様がそう教えてくれた。自分も痛みを教えたらいいのかな? お人形さん、どう思う?」
「うがががァ」
人の形をしたそれを見つめながらセイホは訊いていた。つい数分前は男性でも会話が出来ていた女性。セイホにとっては会話ができるようになったそれ。
「ごうがが、あがァ」
男性に話かけても言葉が通じない。壊れている壊れていない、数分前数分後の大きな隔たりは彼には大きく違いだった。
「余裕ができたら、また、何度も、おいで」
どさり、人の形は男性に向かって倒れ込み、彼らがいた床はぐらり傾き落ちていく。冷えた闇夜に男性の悲鳴は透き通って流れていった。
セイホの言葉を男性は理解したのだろうか。理解していないのを彼女は理解していた。死ねなかった恐ろしさ。殺してもらえなかった恐ろしさ。ではなく、本質が変えられない恐ろしさを。何も変わらない。従うだけ、元に戻るだけだと。姉の言葉を沿うように、月明かりの下、楽器のような階段は一つずつ元に戻るように壊れて逝く。
「ぬしゅ様。なんだぁ、か、眠きゅ……」
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