第6話

 まどろんでいるとその日あった出来事を忘れてしまう瞬間がある。その短い間に人は眠ってしまうのだろう。忘れ続けている間だけ人はちゃんと眠っていて、考え事をし始めると起きて夢を見ている。


 俺の夢は決まって家族、一族、知人が現れた。


 どこか見慣れた場所にいる。一人ひとり椅子に座っていてずっと俺を何も云わずに見ている。その人らの体の一部に砂嵐がかかっていてはっきりと姿が見えなくなっていく。けれども、呵う口元だけがくっきりとしていた。椅子に座って呵う人々。他者から見れば奇怪な情景が俺にはどこか安心できた。


 時間がないのか。


 時間を使ってしまえばしまうほどその夢は見えなくなってしまいそうだ。


 当たり前にあったそれは当たり前になりつつあるそれにかわりつつあるように。


 ぱきん。


 耳朶に触れた音。


 急に降り出したと思う雨は頭上に張っているシートに落ちていた。雨が周囲の温度を吸って肌寒い。ぽつぽつ雨が弾ける音。断続に鳴っている雨音が何かをかき消している気がする。隣には三人が眠っていて、その他に人はいないはずだった。


 みんなでここから離れないと。


「どうした?」


 四人を起こそうと瞼を開けたとこで声をかけられた。


 ちょっとびくついて目を凝らすとそこにはセイホが俺を跨いで見下ろしていた。普段の巫女服と無表情に半目が夜とタイミングが合わさってとんでもない恐怖になっている。


 なんでこの人いつも怖いんですぅ?


 がくがく震えているとセイホは不満そうに唇を歪めた。


「酷い、ぬし様。自分をすぐ怖がる」


 女性を怖がるのは失礼だったとしても夜中に目覚めてこうなってたら誰であっても怖い。色々と突っ込みどころがあったのだけれど、いまは切羽詰まった状況だ。


 何をしようとしてたかは訊きませんけど。

「ぬし様の上に乗って眠ろうとしてた」

 答えなくていいです。

「ぬし様の上はよく眠れる」

 人を敷物扱いにしないでもらえます?

「ぬし様が仰向けよりもうつ伏せが自分はよく眠れる」

 好みの話はいいです。

「とりあえず、眠る?」

 当然のように人の上で眠ろうとしないでもらえますか?

「何か悩み事?」


 セイホは軽く首を傾いでいた。


 そうだ、ヤバい。

 ここから逃げないとこれからまずい状況になる。


 彼女にどう説明しようか。説明しようにも材料が何もない。ただそう思うだけで確かな物はなくて、どうしよう。


 そんな乱れた心を落ち着かせるようセイホは冷えた声色をで云った。


「ぬし様。自分はぬし様の盾だから。ぬし様はゆっくり寝てても大丈夫」


 そっと温かく微笑む彼女。そんなセイホを見て安堵してしまっていると、いつの間にか雨は止んでいて、ごろりと床に多くの物体が転がっていた。


 え? 氷?


 物体はひんやりとした冷気を纏っている。


 雨だった雫は氷の杭となって降り注いでいた。

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