十六話 エンカウントにもほどがある
「……………………ぇ?」
自分でも驚くぐらい弱弱しい声が出ていた。
一瞬、彼女の口から発せられた言葉の真意が読み取れずに数刻固まる。
依然として彼女の表情は変わらずにこやかとしたものだったが、どうにも何か自然な笑顔だとは思えなくなっていた。
何かが食い違ったような気分だ。
目の前の彼女と俺の知る吉原さんとではどうにも相違する点がある。いや、点と言えるほど確信の持てるものではないのだが。
「そ、それは、どういう…………?」
「やっぱ、何でもない!私もう行くね」
いつも通りのにこやかな笑顔を取り戻して去っていこうとする彼女。
それを俺は引き留める気にはならなかった。
何か見てはいけない、聞いてはいけないところに踏み込んでしまったような気がして、仕方なかったのだ。
「あ、ちょっ…………!」
喉元から出た言葉は温かな風の中に消えていく。
彼女はとっくに背を向けていて、その声が届くことはなかった。
いや、たとえ聞こえていたとしても反応しなかっただろう。
本来ならば。
本当ならば。
ここは何が何でも引き留めて彼女と話しをするべきなのだろう。
主人公なら、物語の主役なら、理由もなく根拠もなくただ彼女が普段と違うという理由で動けてしまうのだろう。
そこに助けるだとか、力になりたいだとか、お近づきになりたいだとか、そういった邪な考えなんて皆無で、ただ気がかりなのが嫌、というだけなのだ。
生憎、俺にそんな主人公プレイはできない。
無礼にも彼女の手を引いて、留まらせることもできない。
何かをしようとすれば、そこには邪な考えを浮かべてしまうし、躊躇なしにはいられない。
けれど。
『主人公と並んでも恥ずかしくないやつになりたい』
その誓いが俺を許してはくれない。
「ま、待ってって!」
俺はたまらず走り出した。
視線の先に彼女はいない。きっと、彼女の言葉が正しければ自転車置き場にいって、帰ろうとしているだろう。
普段ほとんど運動のしない不摂生な体に鞭打って、ほんの少しの道のりを走る。
自転車置き場に吉原さんの姿はもうなかった。
右を向いても左を向いても、生徒の姿はない。
陽も傾いてきただろうか。
夕日がアスファルトを照らし、雲が影とコントラストを描く。
俺は彼女の姿がここにはいないと悟ると、すぐに校門の方に駆けていった。
もうよくわからないテンションだった。
何か言葉を投げかけたかったわけじゃない。
何かしてあげたいわけでもない。というか、俺にできることなんてないだろう。
ただ。
「吉原さん!」
肺から息を思い切りはいて彼女を止める。
「ちょっと待って!」
ちょうど、校門まで自転車を押して歩いているところだった。
校則では事故防止のため、校門までの道のりは自転車から下りることになっている。
下校時間からはだいぶ経っているため、校門を通る生徒もまばらではあるのだが、まったくいないわけではない。
そんな中でも普段なら人一倍持ち合わせている羞恥心も忘れて、彼女の背中に話しかけていた。
勢いあまって、その手を掴む。
と言っても、彼女の両の手がハンドルから離れるほどの勢いでもなければ、童貞コミュ障の新にはせいぜい軽く触れる程度のものしかできなかったのだが。
タイミングは最悪。
彼女がゆっくりと振り返った時だった。
「しんちゃん…………?」
か細い、聞きなじみのあるそんな声に半ばハイになっていた俺の意識は還る。
狭まっていた視界を本能から来る衝動に耐えて広げると、吉原さんの手を握る自分の手とこちらを静かに見つめる吉原さん。
そして、その光景を見つめるたった今校門をでるところの雅。
新の額に冷や汗が流れる。
事態は突如として、またしても最悪へ向かった。
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