十五話 カーストトップの秘訣

 「あれ、阿久津君?」

 そう問いかけられる彼女の声を聞いた瞬間、俺の頭の中はパニックになった。

 何か柊が喋っているのが聞こえてきていたが、そんなことはどうにも情報として入ってこないでいる。

 

 「…………吉原さんこそ、どうしてここに?」

 苦し紛れに出てきた言葉。

 本来ならば今目の前にいるはずの幼馴染はどこにいるのだろうか。

 

 「私は、自転車通学だからさ、校舎からこう、通路を通って向かった方が近道なんだよね」

 「あ、そう…………」

 淡々と言葉を返す彼女に俺は小さく頷く。


 「自分だけの近道だと思ってたんだけどなぁ。阿久津君も自転車通学?」


 そういつも通り誰にでも分け隔てなく会話してくれる彼女の優しさが今回ばかりは裏目に出ている。

 誰かが校舎裏を利用しているという可能性を完全に考慮していなかったのもあるが、それがよりによって吉原さんなのが事態を悪化させている。

 

 「い、いや、自転車通学じゃないんだけど。この場所が結構好きでさ。なんかこう、落ち着く雰囲気で」

 

 「あ、確かに!ここって、すぐそこに桜の木があるから、春には満開になるし、今はもう枯れてきているけど、綺麗だねぇ。私、気づかなかったよ!」

 そう言うと、彼女のは満開の笑みをこちらに向けてきてくれる。

 

 何とか会話になっているだろうか?俺も魔王や柊、それと雅との会話の中で少しずつだが、慣れてきているのだろうか。

 

 『新!聞こえてる?新っ!』

 「うおっ」

 頭の奥に響いた突然の声に思わず、リアクションをしてしまい、そのせいで吉原さんが微かに首を傾げてる。

 

 『ごめんごめん。急なことだったから。完全にこっちの手違いだったみたいだ。雅さんはそのまま友達と一緒に帰ってしまったみたい』

 柊は軽く謝ったのち、今の状況を手短に説明してくれた。

 急な展開に動揺こそしたものの、雅の身に何かあっての出来事でなければ良かった。

 それよりも目の前にいる吉原さんのことを何とかしたい。

 

 『それもそうだね。ひとまず彼女との会話をもう少し発展させてみてよ。それができればかなり進歩したってことだと思うからさ』

 

 さらっと言ってくれるな。これでも心臓バックバクだぞ。途端に景色の話題になったけど、もう桜の良さなんてわかんねえよ。

 

女子との会話なんてどんな話題を上げたらいいかわからないし、ましてや状況が状況だ。彼女にとっては日常の一コマかもしれないが、俺にとっては非常事態でイレギュラー。どんな行動をすればいいかすらわからない。

 

 「…………、つ」

 

 「吉原さんは――――――――」

 時が止まる。

 本来会話ってのは自分の考えや意見を相手と共有したり、自分自身の新たな知識・経験として蓄える作業のことだと思う。

 それがコミュニケーションとして楽しさや得意不得意のあるものへと派生していっただけで、分類として会話が一種の知識披露の場であることは事実なはずだ。

 

 なら、俺がこの場で彼女に投げかけるべき話題は―――――――!!

 

 「ひ、人と話す時って、何か心がけていることはありますか!?」

 一歩前に進み、緊張を声音に宿しながら、ずっとしたかった質問を彼女に投げかける。

 『ちょっと、新?会話をしてとは言ったけど…………』

 待ってほしい。俺も考えなしに言ったわけじゃないんだ。


 『せっかく吉原さんと話す機会があったんだから、聞けるときに聞いとかないと困るかなぁって…………』

 

 俺は自信なさげに柊に反論する。

 

 確かに、俺と吉原さんの関係性を考えれば、今の発現は明らかに不自然に思われる質問だろう。

 ただのクラスメイト。それも会話もあまりしたことのない間柄だ。

 いくら、女子のクラスメイトで話した回数が多いのが吉原さんだとはいえ、それは全体的な統計でそうなるだけで、元々女子と話すことが滅多にない俺としては吉原さんとの会話であっても回数で言えば少ないのだ。


 けれど、たとえ不自然に思われたとしてもこの質問をしたのは、それが貴重な機会だと思ったからだ。

 クラスヒエラルキートップの彼女からコミュニケーションの秘訣を教わるチャンスなのだ。これを大事にとらない手はない。

  

 『まあ、それ自体は良い向上心なのかもしれないけど』

 あまり納得のいってない口調で柊が言う。

 

 まあ、ここまで理論を並べたとしても吉原さんが答えてくれるとは限らないし、半分ダメ元みたいな感じだ。

 

 『確かに、咄嗟の判断としては良かったのかもしれないね』 

 そこまで言ったところで柊も賛成してくれた。

 

 実際問題、吉原さんがいくら優しい方とはいえ、こんな素っ頓狂な質問、真面目に答えてくれるかどうかわからない。

 適当にはぐらかされるかもしれないし、首を傾げられるかもしれない。

 

 さあ。どうでる?


 「ふふっ、何それ?どういう質問なのかな?」

 何かおかしかった様子で吉原さんがくすくすと笑いだす。

 その可憐で清楚な立ち姿。後ろの木々と相まって一枚の絵画のような光景に俺はそっと踏み出した一歩を元に戻していた。

 

 「いや、クラスメイトに聞くような質問じゃないとは思っているんだけど、吉原さん話し上手だし、何か人との会話で気を付けていることがあるのかなぁって…………」

 若干の早口で説明する。

 沈黙の空気が無性に恥ずかしかったのだ。

 

 「私、そんな話し上手だなんて言われたの初めてだよー?それに…………」

 彼女は一瞬視線を下方に逸らすと、、、、、

 

 「こんな見透かされたような気分も初めてかな?」

 

 「……………………ぇ?」

 

 

 

 

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