十二話 謝罪の重要性

 「あいつ、思い切り蹴りやがったな…………」

 次の日。

 鏡の前で未だに痕の残った頬を見めながら、魔王に称賛されるレベルの蹴りを幼馴染に叩き込んだ彼女のことを思い出す。

 

 確かに、あれは俺が悪い。

 ごめんなさい。

 漫画やアニメの間違ってキスより先に胸を触ってしまった主人公のことも、これで俺は一生責めることができなくなってしまった。

 「発情期の猿じゃねえんだから、がっつきすぎだろー」も言えない。アーメン。

 ラブコメ主人公すげえよ、あの状況でヘタレるんだもん鋼の精神だよ。できることなら錬成してもらいたい。


 けれど、やりすぎだと言えなくもなくなくない?

 人の顔蹴るって、顔蹴るって!

 あの後、魔王には一日中笑われていじられるし、柊は柊でずっと『あれはないわー』と妙に白い目で見てくるし、わかってんだよ選択肢ミスったことくらい!

 

 あー、もう無理だ。

 学校に行ける元気が今の俺にはない。できることならバ〇コさん顔を交換してほしいくらいだ。

 『はよ行け』

 『ここで休んだら、もっとダサいよー』

 

 そんな俺の胸の内はお見通しなのか、二人が半分励まし、半分馬鹿にした口調で脳内に語りかけてくる。(ちなみに比喩的表現ではなく本当に頭に聞こえてくるのだ)

 なお、今日二人はネットゲームをやりこむそうです。俺も混ぜてほしい…………。

 

それからというもの何度も学校に行かなくても良い理由を探したりしながらも結局見つからず、いつもより若干遅れて学校に着いた。

 己を鼓舞して戸を開け、教室に入ると普段なら何とも感じない中の雰囲気が妙に感じられる。

 

 たとえ、自分の勘違いだと知っていても、後ろから聞こえてくる話し声が、なんだか自分のことを話しているような気がしてくるし、その都度自身へのとてつもない嫌悪感にさいなまれる。

 自意識過剰の悪い点は、自分でも過剰だとわかっているのにそれを自身では改善できない点にある。

 

 そこにオタクという属性がミスマッチして、外の世界からの侵入を極に拒んでいる。

 笑い声が聞こえれば、自分を嘲笑っているように聞こえるし、机が傾き音がなれば何か投げつけられるのではないかと、恐怖する。

 大人からの視線も怖い。

 だからこそ、二次元という膜で自分を覆い隠すことで、そこにワンクッション挟んで少しでも刺激を和らげようとする。

 オタクがアニメの名言とかをモットーにするのには理由があるのだ。


 『疑心暗鬼ねえ………。別に悪いことではないと思うけど』

 柊が優しく呟く。

彼のそういうところは正直ありがたい。魔王のような勢い任せの荒療治が必要な場面が大切な時もあるだろうが、それでも彼の絶妙な距離感が俺は心地よかった。


 でも、簡単じゃないんだ。

 そんな単純で明確なことじゃない。

 取扱説明書に書かれている事柄もなければ、サイトに載っている裏技もない。


ああ、もう。

まだ現役の高校生なはずなのに、何故こうも歪んだ人生観が出来上がっているのか、自分で自分が恥ずかしくなってくる。

一時期、中二病の延長で哲学がかっこよく感じる時があった。

その時はネットを漁ったものだけれど、それでも漫画に載っていたことだけ、自分の興味のあることだけをつまんだ程度の浅い知識だった。


当時は誰も哲学なんて自ら触れる同学年がいなかっただけで、高校に上がれば嫌でも哲学を学ぶ機会がある。

その時愕然とするのだ。自分が今まで感じてきた優越感に似た何かは、あっという間に没個性の内に沈んでいくのだと。


俺はただ、中二病の一環で他人の興味のないことに詳しくなって得意げになりたかっただけなのだ。その他にも何かと難しい漢字を覚えてみたり、心理現象について調べて見たり。

けれど、どれもこれもそれらは広いだけで浅い。

周りのやつらが少し強制でもされてそっちに目がいけば、俺の飛べる範囲を乗り越えて行ってしまう。


「はぁ………」

ため息もつきたくなる。

悪い想像がまた次なる想像を呼び、それがぐるぐるとループする。

 まるで悪循環だ。


 「はぁ……………………あ」


 「あ」

 と、考え込んでいると視界の先で彼女と目が合う。

 それは、ちょうど教室に入ってきた雅のものだった。


 先ほどまで友達と会話していたようだが、その仲睦まじい雰囲気を一刀両断するこちらへ向けられた雅の鋭い目つき。やっぱ怒ってるよな…………。

 

 やだなぁ。

 昔からなんだかんだ巻き込まれて怒られるような子供ではあったけれど、今回ばかりは弁解の余地がないしなぁ。

 後で謝らないとなぁ…………。

 

 『それでいいんだよ、それで』

 

 直で頭に響く柊の声はいつもより穏やかな口調で聞こえてきたけれど、その時ばかりはどういう意図で言った言葉なのかわからなかった。


 『ん?今のどういう意味?』

 『内緒♪』

 

 聞いたところでどうにもはぐらかさられるし、ところで今の言葉少しえっちでした…………。

 

 決心したはいいもののそれを行動に移すまでいつまでも言い訳を探してしまうのがコミュ障というものだろう。

 ただでさえ現実より隔絶された世界を好む習性があるのだ。今までそうであったものをそうでなくするのにはたとえ良い傾向であっても難しい。

 このまどろっこしい言い方もそう。

 

 ただ俺は単純に、雅に謝るタイミングが作れずにいるだけなのだから。


 さらに時は進み、あれやこれやと機会をうかがっているうちに昼休みとなってしまった。

 いや、あれだ。これはしょうがない。

 今日は体育の授業もあって、午前中計四回あるはずの十分休憩も半分が消費されてしまった。俺まだ本気だしていないだけ。

 

 『いい加減、さっさと謝っちゃえばいいのに』

 『我はもう飽きてきたぞ』

 

 あんたたちうるさいよ。魔王は最初から関心ないでしょうが。


 ていうか、タイミング自体なくないか?

 あいつ授業合間はずっと誰かと話してるし、それこそトイレにだって友達と行くんだぜ?これじゃあ、俺が話しかけようとしたときに隣に他の人がいるのは必然。

 謝ろうとしてもあいつの面子が汚れるだけだ。


 『まあ、昨日色々と段階超えようとしてごめん、は友達の前では言えないよねぇ』

 柊が若干引き気味で同意してくれる。

 『でも、それじゃあいつまで経っても、新の言うタイミングは訪れないよ?』

 

 うー、相変わらず痛いところをついてくる。

 

 『タイミング、タイミングって、新は言うけれど実際どんな状況が良いタイミングなの?』

 

 いやー、それは、えーと…………。


 『そこ、新の悪いところだと思うけどね。具体的なイメージを持たないで先延ばしにしているところ』

 

 柊は俺が今までひた隠しにしてきた欠点を淀みなく言い当ててくる。

 『確かにタイミングの良し悪しはあると思うよ。そこを気遣っているところも良いと思う。けど、目標となるところに土台となる道がないまま歩き出すのは感心しない。それは気遣いじゃなくて逃げだよ」

 

 彼の言葉は、いつだって優しくて、いつだって温かで、俺の心の深いところをゆっくりと突き刺してくる。

 不思議と羞恥心はなかった。

 プライドの傷つけられる音もしない。


 『じゃ、じゃあ、どうすればいいと思う?』

 

 俺はまるで、母親に助けを求める子供のような心境で彼に尋ねていた。


 『じゃあ、僕が、ここぞという時のとっておきを君に授けてあげよう』

 

 『我は何もやらんぞ』

 魔王には聞いてない。

 


 

 

 


 

 


 

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