十一話 いくよ、まじで行くよ?

 「ど、どうぞ…………」

 

 俺は慎重な面持ちでがちがちになりながらも彼女を家へと上げる。

 

 「う、うん…………」

 

 なんでこいつはこんな塩らしいんだよ!

 いつもなら「こんな汚い家にあげるなんて煩わしい。やめてくれる?」とか言うはずだろ。今のこいつ、飼い主の家に初めて来た犬みたいにおとなしいぞ。

 なんか心なしか頬を染めてるし、調子が狂う。

 

 『というか、お前ら今どこにいるんだよ』

 俺は誰もいない廊下で今しがたここにいたであろう主人公たちに話しかける。

 

 『君たちが来る少し前に急遽隣の部屋に移動させてもらったよ。だから君の部屋には今誰もいないはずだ』

 

 『有能かよ…………』

 

 案の定自分の部屋に入ると、誰もおらず、けれど少し前までゲームでもやっていたのか何とも言えない人の気配が漂っていたような気がする。

 

 「飲み物持ってくるから、くつろいでてよ」

 半ば裏声になりながらもあくまで平然を装って、部屋を出る。

 何がどうというわけではないが、同じ空間にいられるほど、俺のコミュ力とメンタルは強くなかった。これだからエゴサできないんだよな。

 

 「う、うん」

 俺の言葉に彼女は短く応える。


 「…………」

 

 何してんの俺!?

 あまりの違和感に思わず壁殴っちゃったよ。


 お、お、落ち着けよ俺。

 こんなのミッション1みたいなもんじゃないか。

 初歩も初歩のチュートリアル。

 興奮しているほうがおかしいぞ。

 

 まずは深呼吸しろ。

 状況を把握。

 なぜか長年疎遠だった幼馴染がなぜか家に上がり込んでいて、今俺の部屋で待っている。

 

 「はい、そこおかしい!」

 なんで今さら上がり込んでんだよ。

 そしてなんで俺は上げてんだよ。

 あれじゃないか、さんざん雰囲気に流されているキャラクター達をバカにしてきたくせに俺自身がこの場に流されている気がする。

 

 というか、女子部屋にあげるのなんて何年ぶりだよ。妹ぐらいだよ入ってくんの。

 『柊、これどうすればいいの?全然状況理解できてないんだけど』

 

 『えー、今魔王と遊んでるから後じゃダメー?』

 

 「ふざけんな!switch持ち出したのやっぱお前らかよ!』


 無くなってると思ったら。

 

 『いや、今はいい。 それより俺はお前らにアドバイスを頼みたいんだよ』

 

 俺にはあまりに経験値が足りない。

 この場合の最善策が欲しい。

 

 『アドバイスって言ってもなあ。普通に話して、仲を戻せばいいんじゃないの?』 

 

 「そんな簡単に言うけどなあ」

 

 俺の躊躇を気にせず、柊は耳元で『いっきいっきいっき!」と叫んでる。隣の部屋に響くのでやめてください。

 魔王は魔王で『不甲斐ない姿を見せたら、世界滅ぼす』と言っている。勘弁してください。

 

 「でも、さすがにだろ、これは…………」

 あまりに長い時間を接してこなかったのだ。十年は経っていないがそれでも学生にとっての数年は環境や人間関係を変化するには十分すぎる。

 

 『けれど、新。彼女との関係に納得してたわけじゃないんだろ?』

 

 「それはどういう…………?」

 

 『だって、新の書いてる小説の内容、昔の君たちそっくりじゃないか。何か思うところでもあったんじゃないか?』 

 

 「…………」

 

 俺は押し黙った。

 静かに息をして、目を見開く。

 

 「そう、かもな」

 

 俺が書いた最初のライトノベル。

 柊が主人公で、幼馴染との学園生活を送るラブコメだ。

 その中で彼ら主人公とヒロインは最終的に結ばれる。


 それは彼女への思い出があったからなのかもしれない。

 別に雅と恋仲になりかたったとかそういうわけじゃないんだろうけれど。

 どこか清算できない感情があって、解消できずにいたものがあった。

 

 勝手に距離を置いて行ってしまったくせに、今さらなんでこっちから距離を詰めるようなことをしなければならないのか、という思いがまったくないわけではない。

 けれど、昔の彼女の姿をどうにも俺はまだ幻想として消しきれてない。


 「…………よし」

 

 覚悟を決めろ俺。

 

 そうやって自分を鼓舞するようにして、俺は飲み物と適当に取り出したお菓子を持って部屋へと戻った。

 

 「…………」

 

 扉を開けると、俺のベッドに座って何やらそわそわしている雅が見える。

 まだ俺がいることに気づいていないのか、何とも言えない空気を醸し出しては明らかに挙動不審としている。

 

 ふと、雅がそーっとベッドの下に手を伸ばしてごそごそと何かを探っている。

 

 「…………何してんの?」


 「えええっ!?」

 

 飛び跳ねる雅。

 もうそれは天井に届きそうなほどで、なんか体操の選手とかに見せたたら「ぜひ、うちの部へ!」と言ってきそうだ。

 

 「な、な、な、何してんのよ!」

 

 「…………いや、それ俺のセリフだから」

 

 逆ギレしてくる雅に俺は目を細める。

 数刻の沈黙ののち、それを突き破ったのは雅だった。

 

 「ず、随分と遅かったじゃん」

 おぞおぞとテーブルにジュース等を並べる俺に対して、目を合わせることなく告げる。

 

 「ま、まあ、ちょっと、色々あったんだよ」 

 そこを言われると弱い。ほんとに色々あったんですよ、世界救ったり。

 

 「ふーん…………」

 

 「なんだよ。そんな絶妙にむかつく顔は」

 気づくと雅が喜んでいるようなにやにやしているような形容しがたい表情で俺を見つめている。

 

 「いやー、なんでもない」

  

 なんでうれしそうなんだよ。

 

 けれど、ここからのプランは正直に言うと何もないのだ。

 

 彼女との会話もとい対話を目指す俺としても、ここからどのような運びで事に当たればいいのか、見当もつかない。

 真の主人公であれば、緊張感などおくびも出さずに喋り始めるところなのだろが、俺個人は先ほどからよくわからない痙攣に襲われ、喋り始めようとすると語頭にどうしても「あっ」や「んとっ」などの男子から発せられると、より気持ち悪い音が出てしまうのだ。

 これはよくない。

 理解したうえでもさらに気持ち悪い。


 『なんかコツとかないのかよ』 

 

 『コツ?じゃあ、僕が言ったセリフをそのまま喋ってよ』

 

 『わかった』 

  

 「雅」

  

 俺は耳元に聞こえる声をそのまま相手に伝える。

 

 「『また、昔みたいに話していいか?』ってなに言ってんだよ俺えぇええ!?」


  柊のことだから、主人公としてうまくアシストしてくれると思っていた俺が馬鹿だった!とんだ爆弾投げつけやがって、これじゃあただ馬鹿だの変態だの気持ち悪い死んでくれないだの言われて終わりだよ!やろう、ぶっ〇してやる!

 

 「…………うん」

 

 「はあ!?」

 俺は思わず叫ぶ。


 いま、なんて言った?

 俺は今、雅からブチ切れられて罵詈雑言オンパレードの刑を受けるレベルのセリフを言ったと思ったんだが。

 なんで俺の上半身はまだ下半身と繋がっているんだ?

 

 ちょっと待って、なんだ目の前にいる可愛い生き物は。

 雅ってこんな可愛かったっけ?化粧盛り盛りのケバケバ女子じゃなかったの?(それは違う)

 なんでこんな顔真っ赤にしながら上目遣いでこっち見てんの?

 これじゃあ、俺ラブコメの主人公じゃん。

 このままやることやって、エンドロールまでゴールインのハッピーエンドじゃん。

 まさかの幼馴染エンド!?メインヒロインは案外近くにいたのか?

 

 「雅…………」

 俺がその彼女の名を呼ぶ。小学生の頃はいつも呼んでいたはずの名前もどこか気恥ずかしい。

 けれど、同時に無性に可愛さが込み上げてくる。


 かの雅もこちらを恍惚とした表情で見つめる。

 

 「ちょっ、近っ、近いって!!!」

 「ぐはっ!」

 おもむろに接近した俺は、彼女の抵抗に切り捨てられる。

 思い切り蹴り上げられた彼女の足は俺の右頬へとクリーンヒットしたのだ。

 

 俺はそのまま、地面に転がった。

 

 『ふふっ、はははははははははは!ああも見事な蹴りは暫くだ!我ならば褒めてやったところだぞ。ふはははははははは!』

 

 俺の派手に赤くなった頬を見て、魔王大爆笑。

 あんた、勇者とキスもしてないだろ。言葉に気をつけろよ。

 

 

  

 

 

 

 

 


 

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