十話 お嬢様のギャップは可愛い

 帰り道。

 俺は部活には所属していたいのでそのまま直帰する。

 うちの高校には比較的部活動の盛んな学校だが、帰るやつはそのまま帰るのだ。

 

『いやー、ほんとごめんねー。まさか僕たちが他の生徒に見られているなんて思わなかったよ』

 

 柊があっけらかんとした様子で語りかける。

 本心から謝っているのかは不明だが、はぐらかした魔王よりかは幾分かましと言えるだろう。

 

 「もう、いいよ。もう過ぎたことだし」 

 

 俺としては、特に怒ることでもない。主人公である二人の方が注目を浴びることに多少なりの理解があるのだ。それに自分が考え、創り出した彼らがこの世界でも通常よりも活躍というか、輝いているのならそれはそれで本望だ。

 

 『それにしても、新に幼馴染がいるとは思わなかったけどね。それにすごい美人さんだったし』

 

 「元、な。けど昔からあんな感じじゃなかったんだぞ。昔はもっとこう、清楚な感じだったな」

 

 そう言いながら昔の思い出を振り返る。

 小さい頃の雅と言えば、泣き虫であまり人目に着くのを好ましく思わない内気な性格のやつだった。

 学芸会や何かの発表会となれば、いつも誰かの後ろに隠れていて、声も小さい。外で運動をするよりも、何かと読書や家の中での遊びに興味を示していたように感じる。いつも二人で遊んでいたけれど、遊びに誘うのはいつも俺。

 彼女は一度もその誘いを断ったことがなかった。

 

 こう考えると今と真逆だな…………。

 

 今の彼女は、どうにもこうにも明るすぎる。

 元々笑顔のない子供ってわけではなかったが、クラスの中心人物ではなかった。

 彼女の率いるグループや取り巻きは吉原さんたちのグループと並んでうちのクラスのカースト上位となっているし、女王様といった印象だ。

 

 「というか、自分で考えてても違和感しかないな、誰だよそいつ」

 

 『けど、話を聞いてた感じ、結構話せてたけどねー』

 

 「そうか?びくびくしていただけなんだが」

 

 中学生以降の彼女は怖かった。

 それはもう破壊光線出しそうだったもん。

 

 『ふむ、貴様の中ではかなり会話のできる分類にはいると思うが、それでも足らん!貴様には努力と気合が足らんぞ!』

 

 「いや、そんな熱血教師でこられても…………」

 何八先生ですか?

 というか、魔王城に長らく引き籠っていたコミュ障に言われたくないんですけど。

 

 『でも、魔王の言う通りではあると思うよ』

 

 「え、気合とかはちょっと…………」

 

 『じゃなくて、その前。確かに幼馴染ともあって、かなり話そうとはしていたと思うんだ』

 

 「まあ、あの状況だと嫌でも喋らざるを得ないというか、圧迫感の中じゃ口を閉じている方が苦しいよ」

 

 殴られたら怖いし。

 それに、脳内なら無限耐久女子との会話、その他諸々も余裕だけど、脳内と現実は違うんだよ。(これテストに出ます)

  

 『ならさ、当分は彼女と接することで段々とコミュニケーションに慣れていけばいいんじゃないかな?トップカーストの彼女と会話ができれば、吉原さんとの会話のチャンスも増えると思うし』

 

 「うーん、確かに。けどなあ」

 

 言わんとしていることは分かる。

 雅と十分に話せれば、俺がこのまま底辺カーストにいるよりかは、同じカーストにいる彼女とは話す機会は増える。

 

 「あの雅だぞー?俺が話しかけても絶対罵詈雑言で跳ね返されるのが目に見える気がするんだが」

 

 だいたい魔王と同じ匂いがするんだよなあ。

 話聞いてくれないし、態度でかいし、すぐ怒るし、それもなぜか俺だけ。

 

 「私がどうかしたって?」


 「っ!?」


 ちょうど家の前に差し掛かったところか。

 玄関の向かい側にある電柱の陰にもたれている雅の姿が映ったのだ。

 

 「まだ家はそのままだったんだ。引っ越しでもしてたら困ったけど」

 

 そのまま少し跳ねましたリズムで俺の元へと歩を進める彼女。

 けれど、クラスでの雰囲気とはどこか違った感じだった。

 

 「引っ越したのはお前だろ。まあそれも小学生の頃だけどさ」

  俺は喉元に引っかかった悲鳴を必死で抑えつつ、そう答えた。急に話しかけられるとめっちゃビビる。

 

 雅の言っていることは小学生五年生くらいのこと。

 別に嫌いになったわけでも、大喧嘩をしたことがあったわけじゃない。

 けれど、それからの数年間、俺たちに関りはほとんどなくなった。

 あれからというもの当たり前のことだが二人はそれぞれ成長した。

 まるで重なり合っていた道筋が、枝木のように分岐し、離れ離れになったかのようで。

 

 「なにそれ?私と離れ離れになって悲しかったの?」

 子供をからかうような視線で雅が問いかける。

 

 「…………寂しかったよ。少なくとも昔の俺にとってはな」

 

 毎日のように遊んでいた俺たちの関係がなくなってしまったことに対して、納得できていなかったから。

 それがまるで、何か正体の知れないものに奪われてしまったみたいで。

 まだガキだった俺には理不尽に対しての回答も、それへの受け取り方も、立ち直り方もわからなかったんだ。

 

 「まあ、もう過去のことだよ。忘れてくれ。…………って、どうしたんだ?」

 

 俺が感傷に浸りながらも話していると、彼女は何も言えずにただこちらを見つめていた。

 

 「え………え!あっ、なに恥ずかしいこと言ってんの馬鹿ぁっ!」

 

 顔を真っ赤にしてこちらを罵る雅。

 

 えー…………。

 せっかく人が真面目に話していたのに、どういう態度?

 

 『よくもまあ、臆面もなくそんなセリフ言えるよね。いや、ここはさすが「鴨かも?先生」ってところかなー?』

 柊が何か、にやにやしながら(そんな気がする)喋っているが気にしない。

 魔王は『うぬのそれは無自覚なのか…………?』と驚きが隠せないようだ。だから何だよ。

 

 「それで?何しに来たんだ?」

 

 思えば彼女がここに来ることなど引っ越してから以来訪れることのなかった機会なのだ。もっともらしい理由がなければありえないことだと思っていた。

 

 「…………なさいよ」

 

 「え?」

 

 「だーかーら!久しぶりに遊びに来たんだから家にあげなさいよ!」

 

 「えー…………」


 存外、友達を誘うのが苦手なお嬢様なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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