九話 戦慄!?
「―――――――え?」
まったくもって状況がわからない。
俺は今、はたして何をしているのだろうか。
あの雅がまさか静止して、話しかけてきたのもおかしいと思うが、それよりも明らかに顔を赤らめている、常軌ではない様子。
「―――――――――みーやーびっ!」
明るい照らす太陽のような声音が響く。
椅子に腰かけていた雅に乗りかかるように後ろから抱きつき、首元に腕を纏わせる。
「な、渚っ!?」
珍しく雅が取り乱している。
いつもならば、取り巻きのグループを仕切り、静観しているというか会話の中心にはいるが決して揺るがない立場を築いていた彼女だが、この時だけはいきなりの訪問者に心のそこから驚いているようで、集まる視線も彼女の予想外の反応に戸惑っているようだ。
「なになに~、何話してるの?珍しい組み合わせだよね、この二人って」
どれだけの荒れ果てた土地にでも花が咲きだしそうな恵みの雫。
そんな情景を想起させる彼女の雰囲気は俺と雅の特異点を静かに溶かしていた。
「そ、それは昔、おさなな…………」
ついナチュラルに答えようとしてしまったところで、雅の視線が俺を刺し殺す。
「言ったら殺す」と。いやもう殺してんじゃん。
「…………?」
「いや、たまたま話してただけだよ。ほんと、たまたまっ!」
「ふーん…………そうなんだ!」
言いよどんだ俺に吉原さんは不審に思っていたようだが、すぐさま俺が曖昧にごまかす。
もう手とかぶんぶん振って、そういう人形かよ。
…………え?わからない?そうか。
「ふーん、そうなんだ」
なんだか俺の誤魔化しに不満でもあると言わんばかりに雅がつーんと顔を背けている。
いや、なんでお前が嫌そうなんだよ。
幼馴染と言われるのが無理なのはわかったから、機嫌直してほしいよ。
「でも、意外だなー、ふたりともすごく仲良さげだから、元々友達なのかと思っちゃったよ!」
「っ!?」
「はあああ!なんで私がこんなやつと仲良くしないといけないの!」
憤慨を全身で露わにする。
まあ、そんな反応は予想していたけれど、すこし心にくるものがある。
クラスメイトと話す経験のない俺は、ましてや女子との会話もないというのに、こんだけ直球で否定されたら、少しは傷つきますわ。
もうアイデンティティもくそもないですわ。誰かー慰めてー。
二人とその周りにいた女子たちは雅の真っ赤になった顔を見て何やら、いじり倒している。こういう一面もあるんだな、と元とはいえ幼馴染とは思えないことを考えたりしたが、実際問題話したのなんて本当に久しぶりなのだ。
小さい頃の思い出補正がかかっているのかもしれないが、昔の彼女は年相応というか純真無垢で、話しているこっちがいつの間にか笑顔になっているような、そんな明るい子供だったのに、いつの間にか変わってしまった。お父さん悲しいです。
それにしても吉原さんはなんで話しかけてくれたんだろう。
最近吉原さんと会話することが少しだけ、本当に少しだけ多い気がする。
なんならそれ以外の女子で喋ることがないからかもしれないが。
『絶対にそうだよ』
耳元で柊が呟く。うるさい。
わかってるよ、女子で会話なんて家族でもあるかないかだからな。
「ところで阿久津君さ、週末ショッピングモールにいたよね?それも三人組で歩いてたって聞いたよ!」
「え?」
突然周りの会話に巻き込まれて、思わず声が上ずる。
渚さんが俺を見かけた!?
それって…………!
「―――――――それもイケメン二人と一緒に!」
……………………え。
俺の頭の中でその言葉が繰り返される。
イケメン二人と……イケメン二人と……イケメン二人と……イケメン二人と……
これは、俺いないもの扱いですかね?
完全な誤算だ。
本来であれば、俺が知人に発見されて話題に上がること自体は問題ではないのだが、今回は三人組であるという状況があまり好ましくない。
なぜなら、実際に吉原さんが興味を引き出した会話の種として出してきたのは俺ではなくその他の二人………つまり、主人公である彼らに対してのものだからだ。
何も矢じりは俺ではなく彼らに向けられている。
『魔王』
俺が頭の中で、今までの人生で出したことのないドスの利いた声で話しかける。
『はっはっは、我でも見誤ることがあろうとな』
『…………』
『い、いやー、はっはっはっ…………すまん』
まあ、過ぎたことはしょうがない。魔王が珍しく謝ってるし。
「それで?その二人とは仲が良いの?」
「ま、まあね、友達みたいなもんだよ、あはは…………」
なんだろう、実際にいるわけではないのだが、近くで聞かれていると思うと、無性に恥ずかしくなってくる。俺、友達なんていたことねえし。
「…………ともだち?しんちゃんに友達?」
「みやび?どうしたのー?」
「え?いや、なんでもないよ!ほんとに!」
「えー?なんか怪しい!何隠しているのかなー?」
「だから、何でもないってー!」
そういって、雅の座っている席に渚さんが無理やり座り込む。
「ちょっと、狭いってー」と言いつつも笑っているところを見ると女子の間ではこのようなタッチは日常茶飯事なのだろう。肩に触れたり、ほっぺとほっぺがものすごい近い距離で急接近…………ごちそうさまです。
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