八話 最近はヒロイン一択でつまらない

 「本当、大丈夫なんだろうなぁ?」

 

 俺は、訝しげに言う。

 不安げに呟く声は周りの人に聞こえるものではない。

 けれど、どことない背徳感というか、みんなと違ってずるをしているような気がして、いつもよりも縮こまってしまう。

 

 『案ずるな!我が純正の魔力より構築した高速伝達魔法、そうやすやすと看破できるものではないわ!』

 

 「別にそういう心配はしていないんだけど…………」

 

 魔王が助言相手であることが何よりの不安要素だよ。って言ったら、こいつ普通に凹みそうだよなあ。

 ショッピングモールでの買い物以降、俺の中では曖昧な形をなしていたものが少しずつ現実的なものに少しずつだけれどなっていっていて、魔王の言うことが実際にできるかはわからないけれど、それでも後ろめたいものは無くなった……気がする。

 

 「それより何?このハイテク機能は」

 

 今会話しているのは、直接ではない。

 俺自身は学校にいつも通り登校しているのだが、かくいう彼らは俺の家で留守番をしてもらっている。

 それもこの魔王の魔法によって通話しているからだ。

 あちらからの意思伝達はもちろん、喋らずとも会話をすることができる、なんともまあ無駄にハイテクな魔法があったもんだと思ったが、今はそれ頼ったているので何も言うまい。

 

 「まあ、これ伝いにアドバイスをしてくれるんだから、これ以上ない手厚い対応なんだけど」

 

 『新。聞こえてる?』

 

 『ああ、聞こえてるよ』

 俺は胸中で話す。

 聞こえてきたのは柊の声だ。

 

 『魔王の言うアドバイスがどれだけのものか当てにならないから僕も参加するよ。構わないかな?』

 

 『一向に構わないさ。というより、お前が頼りだ』

 

 俺は天に感謝する。

 魔王の指示に従っていたらろくなことがない。それだけは確信を持って言える。

 

 『おい、でしゃばるな人間!我の出番が失われるであろう!』

  魔王は不満気だが、これ以上俺の口からお前の悪口を言わせないでほしい。

 いや、いいやつだと思うよ?ただちょっと、あれなだけで…………。

 

 『もういい!我が指示する!よいか、貴様は先日の旅路において衣服というアイテムを手に入れた。それにより見据えるのは目指すべき障壁なりよ。ならばそれに挑むのみ』

 魔王はいいセリフを言ったといわんばかりに、ドやっている。もうこれは顔を見なくてもわかるぞ。


 『なんか、僕のセリフに酷似しているんだけど…………』

 

 『やかましい!貴様の第一の障壁は、その空間におる何者かと対話せよ。議論は問わん』

 

 柊のツッコミを無視して、魔王が続ける。

 対話か。

 なるほど、なるほど。

 うーむ。

 

 『どうした話しかけんか!行動なくして結果は訪れんぞ!』

 耳元で魔王が声援?を送っている。というか激励?よくわからないが。

  

 『そんなこと、おいそれとできるわけないだろぉ!いちいちハードルが高いんだよ』

 

 今までまともにクラスメイトと会話してこずにこの新学期の二カ月を過ごしてきた俺にとって、いきなり名前と性別くらいしか把握していない相手に話しかけるのは難しい。

 というか話しかけられた本人も俺のこと知らないと思うし。

 「こいつだれ?」ってなるのがオチ。

 

 いや、ね?言わんとしていることはわかるよ? 

 今までろくに会話をしてこなかったのだから、人とのコミュニケーションに慣れる必要があるってことは納得ができる。

 けれど、それまでの道のりがあまりにも急すぎるというか、RPGでいきなり始まりの村を出たら中ボスいた~みたいな、せめてスライムぐらいは倒してから行きたいぜ。

 

 『確認なんだけど、誰でもいいからこのクラスに知り合いはいない?』

 落ち着いた声音が耳朶を打つ。

 柊はまるで子供をなだめるような感じで俺に聞いてきた。

 

 『知り合い……いないことはない、というかなんというか』 

 

 『いるのなら、そのあたりを中心に会話していくのが最善だと思うよ。やっぱり初めての人は荷が重いと思うし』

 

 うーん、と俺は頭を悩ます。

 正直、気は進まない。

 もしかしたらだけれど、普通に初対面の人に話しかけた方がいい気すらするんだよな…………。

 

 『話すって言っても、どうやって話せばいいかわからないというか…………』

 獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とはいうけれど、さすがに放任主義過ぎやしないか?もう少しアドバイスが欲しいよ。それに立場的には俺が親だしな。

 

  俺は細々とした心持ちで、クラスのある一角、そこにいる女子生徒に話しかける。

 「な、なあ、雅」

 

 いつになく震えた自身の声が、体の中で木霊する。

 こいつに話しかけるのは危険だと体が警鐘を鳴らしている。

 

 「…………何?」

  鋭い視線が俺を射抜く。

 

 俺の声を聞いて振り返るのは一人と、今しがたご歓談中であった数人の女子。

 俺を見ては、「だれー?」と首を傾げている。

 

 「あ、いや、その…………」

 完全に怯えきってしまった俺は特に言いたいことが決まっていたわけではないため言葉がつまり、何も言えなくなってしまう。

 

 「…………」

 雅は依然こちらを静かに、まるで遠くに置かれた模型かのように見ていて、俺は額に汗をにじませる。

 何か言わなければならない。

 それは話しかけた俺に課せられた当然の義務であるのだが、こうも圧をかけられては(少なくとも俺にはそう感じる)言いづらい。

 

 俺の沈黙を彼女は許しはしない。

 

 「なに、用があるならさっさとして」

 

 「あ、ええっと、久しぶりだなぁ…………と思って」

 

 「はあ?クラス同じなんだから久しぶりでもなくない?」

 

 ですよねえええええ?

 もう、何言ってんだよ俺、取り乱したあまり自分でも意味不明なこと言っているし、いや理解はしているんだけれど、続く言葉が出てこないというか。


 「そんなことを聞くために話しかけてきたの?気持ち悪い、話しかけないでくれる?」


 冷え切った目線は俺の心を凍死させる。

 これはあれだ。両親を殺されでもしなければ、抱かれないレベルの憎悪の視線な気がするのだが。

 

 『知り合いなのか?』

 

 『一応、幼馴染。元だけど』 

 

 『元?』 

 

 『今の感じ見てただろ?あいつにとっては俺はもうただのクラスメイト。いや、それ以下なのかもしれないけれど、これでも小さいことは仲が良くて、よく遊んでいたんだ』

 

 明石雅(あかしみやび)。

 今ではこんなギャルみたいな、怖い雰囲気のある見た目だけれど、小さいことはそんなことなかった。

 特に家が近所で、小学生のころなんかはよく遊んでた。

 俺自身、遊んでいたという曖昧な記憶で何を~だとか、どの様に~とかはあまり覚えてはいないのだけれど、確かに雅と遊んでいた。


 信じられないかもしれないけど、昔は彼女から「しんちゃん」なんて呼ばれていたんだぜ?


 でもあいつが引っ越してからは、遊ぶことも無くなって、学校が別々になったとかそういうわけじゃないんだけど、中学ではクラスも別々になって、話すことも無くなった。

 おかげでこの嫌われよう。

 俺としては原因らしい原因は見つからず、なぜここまで目の敵にされているかもわからないんだが。

 

 もう、昔の頃みたいな仲が良かった俺らには戻れないということだろうか。

 隔てられた壁は明らかに俺の登れる高さを超えていて、雅は随分と遠いところまで行ってしまった。

 

 「ご、ごめん…………」

 俺はそう言い残して、自席に帰ろうとした。

 もうこれ以上この場にいても泣きたくなるし、何より彼女に迷惑をかけたくないという思いもあったのだ。

 

 彼女は俺のことを心底嫌っているようだけれど、実のところ俺自身としてはそこまで彼女に険悪な感情を抱いているわけではない。

 

 自覚がないだけど彼女を傷つけたことがあるのかもしれないし、それに対して俺のできることは彼女との距離を取って、なるべく視界に入らないようにすることだったからだ。

 

 「それで?本当にそれだけなの?」

 ふと、彼女の声が俺の行動を阻害する。

 時が止まったような感覚。

 背けようとしたときに、何か予想外のことを言われたような。


 「え?ん、………え?」

 

 「だから、何か別の用があったんじゃないかって、聞いてんの!」

 半ば強引に俺を問い詰める雅。

 

 え?ええ?

 別に用なんかないし、なんなら会話すらも拒否されると思ってたから、話す内容なんてない。

 でも、どういうこと?

 質問の意図が読めないし、どんな回答を求めているのかがさっぱりだ。

 

 「いや、ええっと!雅と話すのに理由なんかないし。考えてもなかったというか、俺の意思で話したかったというか、その…………」

 

 勢いあまって何言ってんだ俺!ちゃんと会話しろ、八倒されたいのか!適当なこと言って怒られたらどうするんだ!

  

 「え――――――――」

 

 俺が内心頭を抱えて、落とされるであろう雷を構えているも、一向に降ってこない。

 恐る恐る雅の方へと顔を向けると、その顔は怒りに燃え上がるでもなく、唖然というか、固まっていて。

 その頬はうっすらと紅色に染まっていた。

 

 「…………へ?」

 

 狂気!?俺も固まる。

 

 

 

 

 

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