七話 きゅん
「新って、服とかファッションについてど、れだけの知識がある?」
「え、まあ多少はある………かも、しれない、です」
「ないね、それは」
ははは、と柊が笑う。悪かったな。なくて。
「まあ、これは予備知識みたいなところがあるんだけど、そもそも男性と女性の服って根本的に違うんだよね」
「根本的?」
「重要視することではないんだけど、まず男性はファッションの王道が季節問わず大体決まっていて、逆に女性は一年くらいで変わっちゃう。『その年一押しのファッション』ってほとんどが女性向けのキャッチコピーでしょ?」
と、店内にある服装を吟味しながら俺にファッションについて教えてくれる柊。
ちなみに魔王は気に入らないのか外で膨れっ面になっています。
「女性のおしゃれな人は、その年その年で服を買い替えるから、女性の服ってのはなるべくリーズナブルに値段設定されているんだよ。高いものはべつだけど。だから女性はおしゃれっているとすごく難しい。逆説的に言えば、男性は王道のファッションさえ頭に入れておけば、まず大丈夫だと思う。酷い結果にはなりにくい。新、今日の予算はどれくらいに考えてる?」
「あ、えっと、俺お金あんまつかわないから、ある程度なら払えるけど、多くて一万円くらいだけとダメかな?」
今まで服を買う機会がなくて、値段なんて考えることがなかった。
たまに見た服の値段を見て、こんな高いのかと絶句したことがある。
「いいや、一万円もあれば、十分。冬服になるともう少しないと厳しいけど、これから夏に入るし、高校生だからね。そこまで高いものでも今度は周りから浮いちゃうと思うし。できることなら周りと同じところで買ってそこでも話題を広げられる方がいいでしょ?」
「おお!それめっちゃいいな!」
なんだか本格的なリア充の会話みたいで思わずテンション上がってしまった。
「となると、ここらへんかな。ちょっとこれに着替えてみて」
差し出されたのは一式の服。
俺は何も疑わずにそれをもって試着室へと向かった。
比較的温暖な春にも、これからの夏場にも着れそうな通気性のあるパンツ。
上に着るシャツも白Tで、無地のものなんて初めて着たよ。
さらにその上から軽いチェックの半袖を羽織ってみるとなんとびっくりイケメンに…………。
「うーん」
鏡を通して今の自分の姿を俯瞰的に眺める。
なんだか、しっくりこない。
選んでくれた柊のチョイスが悪いとは思わないし、自分でもこんな服装のイケメンは街で見かけたことがあるというか、イメージそのものな気がするから納得できないわけではないのだが、妙に浮いている気がしてしまう。
「着れた?」
「う、うん」
考え込んでいたところにかけられた扉越しの声に内心驚いながらも戸を開ける。
「どう思う?」
恐る恐る聞いてみた。
「試着している本人としては、どうなの?」
まさかの質問返し!
この際どう答えるのがいいんだろう。素直に思っていることをいうべきなのか、めちゃくちゃ言いづらいけど…………ええい、ままよ!
「あんま、自分では似合ってないなーって思うというか……選んでもらったのに悪いんだけど、そのアドバイスもらうとか、人から受けたものでコーデするとか、パクッテるみたいなのがいけないのかもしれない、っていうか…………」
どんどん声音は小さくなる。
どんな感情よりも申し訳なさが勝っていた。
ここまでしてもらったのに、似合わない俺はもう手遅れなんじゃないか、ファッションだけでどうにかなるとは思っていなかったけれど、見込みなしなのか、と。
自分の意見を言うのが、酷く怖い。
どこかに正解不正解が転がっていて、予め答え合わせができればいいのに。
けれど、俺はそのとき、忘れていた。
目の前にいるイケメンが、ただのイケメンではなく。
ひとりの主人公であると。
「別に何かを真似したりして、格好つけることは悪いことではないと思うよ」
まるで自身の心情を語るかのように喋る柊。
それはどこか、落ち着いた口調で、懐かしさを醸し出していた。
「新が思っている通り、確かに今の感じじゃお世辞にも似合っているとは言えない。どちらかというと、君が服を着せてるってより、服が君に着させられてるって感じがしてしまうからね」
まったくもって同感、ぐうの音もでない。
今の俺ではおしゃれではあれど、そこらへんにあるマネキンを丸パクリしたことがバレバレで、何というかキャラクターの装備を変更しただけで、それ自体が相応しくない感じがするのだ。
そう考えると、俺ファッション向いてねえな。
「けれど目標や目的を明確にすることは大切だと思うよ。あの魔王様がどう考えてこのことをさせているのかは分からないけれど、今新しい服を買ったことで目指すべき目標が定まったと、僕は思うしね」
「?どういうことだ?」
「この服が自信を持って着られるようになればいいんじゃないかな?それは今の君にできたひとつの変化であり、成長だとおもうよ僕は」
その台詞をいう柊の姿はまさに主人公そのもので、あやうく俺がヒロインに落とされるところでした。
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