六話 着せ替え人形は退屈です

  ―――――――最悪だ。

 

 「ならん!それでは木偶人形のようだ!もっと派手なものにしろ!」

 「何をしている!装飾品が圧倒的に足りておらんではないか!もっと着飾れ!欲を見せろ!」

 

 ―――――――最悪な気分だ。

 

 今俺は、試着室の中で、魔王というこの世界には過ぎたファッションセンスの塊に襲われている。

 俺と主人公二人は、新しい服を買いにショッピングモールへと来たわけだが、阿久津新は完全に魔王の着せ替え人形になり果てていた。

 

 開始から数十分。

 

 全身にかけられた服や装飾品の重みは際限なく増え続けている。

 壁につけられている全面鏡を見るとシルエットが二回りほど大きくなっているのが見えた。

 

 「…………これは、ひどい」

 

 俺でもわかる。これはダサいや似合わないといった評価を通り越してもはやファッションとは言えないものだ。

 パリコレの衣装だと言われれば、何とか納得できるか五分五分だが、それでもまだ俺のクローゼットに入っているダサダサコーデの方がましだ。

 きっと、小さな子供に遊ばれるリカちゃんはこういう気持ちなのだろう。

 

 「なあ、笑ってないで助けてくれよ、柊」

 

 俺は試着室の外で腹を抱えながら笑い続ける彼を見る。

 

 「く、ごめん……あまりに似合ってないから、面白くて」

 「これが似合うやつがいるなら、教えてほしいくらいだよ」

 「それもそうだね」

  

 「何を不満げなのだ貴様。せっかく我が監修しておるのだ。もっと胸を張り、誇らしくしておれ!」

 

 もう勘弁してくれ。

 

 「なあ、イケメンのお前なら、もうちょいましな格好できるんじゃないか?」

 「急な無茶ぶりだね、その根拠は?」

 「ほら、リア充ならこういうのだってお手の物だろ?」

 

 「随分と横暴な理論だね、それ…………」

 うーん、と一瞬悩んだ様子を見せるイケメンだったが、すぐにこう言った。

 「別に僕は、自分自身をイケメンとか、リア充とか思っているわけじゃないんだけど」

 「ははは、おもしろい」

 何か言ってらぁ。

 「冗談じゃないってば、確かに彼女もいるし、君が考えた僕自身は君の思うリア充そのものなのかもしれないけれど、新だって僕自身がリア充であると自覚しているとは考えていないでしょ?」

 若干の早口で説明することは、まあ確かに、と言ったところだが少なくともここにいる二人よりかは、リア充に近い人間だと思う。

 考えてみたら主人公が「俺はリア充だ」と自信満々の作品も少ないか。

 

 リア充の基準をどこに置くかは個人によりけりだが、一般的に考えられるのは彼女がいるかいないかだと思う。もしくはクリスマスに女性との予定が入っているかいないか、とも言い換えられるだろう。

 

 「まあ、柊がリア充であることは事実であるとして、どうなんだ?着せ替えができないにしても、こう、ファッションの入門みたいなアドバイスはもらえないのか?」

 

 正直、魔王と俺ではまるで勝負にならない。服装は誰にでも平等な部門だと思うので、少なくともその点においてはスタートラインに立てるようにしたいとは思う。

 

 「別に、手助けをするのは構わないんだけど。実際にどうなの?」


 「実際って?」

 

「新は今、魔王の口車に乗せられて、君の好きな子を本気で落としにいこうとしているけれど、冷静に考えてみて、納得してここにいるのかな?」

 

 その表情は今まで以上に真っすぐとこちらを見つめていて、なんだか心の内側までが見透かされているような不思議な感覚になる。

 

 柊はどんな意図でこの質問をしてきているのだろうか?

 俺はテレパシーなんて魔法は使えないからこのイケメンの心の内は読み取れない。


 けれどきっと、心配してくれているのだろう。 

 少なくとも俺の知る相沢柊とういう主人公は自分の優越感のために人を笑わないやつだ。それは俺が陰キャの高校生で作家という一面を持ち合わせているだけのどこにでもいるやつであっても決して変わらない。

 

 なら、これに答えるのは、思ったことをそのまま伝えるべきだ。

 

 俺が納得しているのかどうか――――――それに対する答えは。


 「いいや、まったく?」

  

 ずこー!という大きな効果音が付きそうなほどに柊の顔が点になる。

 

 「え、話聞いてた?」

 「聞いてた」

 「意味わかった?」

 「わかった」

 「ええー…………」

 

 「正直な話、俺は吉原さんに好かれる未来がまったく想像できない」

 あの人気者の彼女と彼女?想像できる方が失礼だ。

 まず一、俺に彼女ができたことはない。

 彼女いない歴=年齢の最前列にいると言っていい。

 そんな俺が吉原さんと付き合う?はっはっはっ、ありえない。魔王もびっくりの大声で笑ってしまうぞ。

 

 「君の好きな子、吉原さんって言うんだ」

 「うるさい」

 柊の小言に適当に構いつつ、話を進める。

 

 「だけど、魔王の口車に簡単に乗せられているわけじゃない………と思う。実際問題吉原さんが他の男子とすでに付き合ってたら、この話は実現不可能だと思うし」

 

 「それはどうかな、ってやつだよ。新。別に今現在彼氏彼女がいる人を狙っちゃダメなんてことはないぞ」

 

 「え?いや、俺そんな人の彼女盗むみたいなやつになりたくないんだが…………」

 

 「発想が極端すぎるよ………。恋愛ってのはそんな一生続くものじゃないんだ。無常だよ。む・じょ・う。付き合うはイコールで結婚じゃない」

 

 「まあそうだけど」

 物語を完結させた俺としてはヒロインと結ばれた柊に言ってほしくないせりふだなそれ。

 すごい身もふたもない話だし。

 

 「それに、本当に付き合ってるかはわからないんでしょ?吉原さんは。じゃあいいじゃん。もしかしたら付き合えるかもしれないよ」

 

 「叶ったのなら光栄だよ」

 俺の堅苦しい発言に柊は納得いってない様子だったけれど、数刻間があった後で、

 

 「よしわかった。そういうことなら、僕も本格的に手伝うよ。えっと?まずはその服装でしょ?」

 と言って、俺のコーディネートを任されてくれた。

 

 

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