五話 初めてのお使い

  来る日の週末。


 「「「…………」」」


 無言で歩く。

 その歩幅はどうにもちぐはぐで合っておらず、付かず離れずを繰り返しては先頭を行くものに誰かが追いつこうと勢いをあげ、またそれに対して躍起になるという、よくわからない攻防を先ほどより無言の最中行っていた。

 なんて子供っぽい…………。

 

 俺と魔王と柊は、大通りに接するようにして建てられた大型ショッピングモールの中を歩いている。傍から見れば静かに並んで歩いている三人組に見えるだろうが、魔王が街中の風景を見て落ち着いていられるはずがなく、電車に乗るときなんか騒いで大変だった。

 

 まず、電車が何かわかっていないのでそれについて聞いてくるのだ。

 

 「あれはなんだ!?兵器か!?」

  

 と、周りの人の怪訝の目もお構いなしに質問してくるのだ。

 そんなわけない、と説明しても頑なに納得しようとしない。ましてや自分の手で確かめなければ気が済まないと言ってきかない。とんだ困ったさんだ。

 

 乗ってからも某何ちゃらの刃に登場するキャラみたいに「速い……速いぞ!」と、興奮気味に窓から顔を出そうとしては、競争すると言って電車から降りようとする。恥ずかしいのでやめてほしい。

 

 よって、急遽の策として俺がたてたのは目的地に着くまで絶対に喋らないゲームだ。

 ルールも何もタイトルのまんまであるこのゲームだが、目的地自体を把握していない魔王にとってはこちらから指示があるまでは口を開けないに等しい。

 

 一番の問題は魔王がこの勝負に乗ってくることなのだが、案の定渋り「なぜ我がそのようなげーむとやらをしなければならない」と不満げに言っていたのだが、「じゃあ、勝負を最初から降りるのかー。魔王ともあろうものが決着のついていない勝負を最初から放棄すると、そういうことですか~」と挑発したらすぐ乗っかってきた。もうマッハで。

 そして現在ホール内を歩く俺たちだが、よく見れば魔王の視線がとても爛欄に輝いているのが見える。移り行く景色のそれぞれに反応して興味を示して、そのたびに口を開こうとしてはゲームの内容を思い出して口を噤むのを繰り返す。


  「そろそろ、ゲームを終了してもいいんじゃないか?」

 

 俺からの提案にいち早く反応したのは魔王その人だった。

 

 「ふ、ははははははは!負けを認めるというのだな。あれだけのたまっておいて自らが勝利を目指さないとは嘆かわしい!」

 

 うわー、めんどくせえ。

 お前が勝ちなんだから素直に喜べばいいのに。

 

 「いや、魔王も先に喋ったから僕の勝ちだよね」

 

 ひょこっと、出番を待っていた風に柊が顔を出す。

 すぐ横で勝ちを誰よりも確信し、喜んでいた魔王の顔が崩れ落ちる。

 

 「というより、俺としては目的を早く終わらせたいんだよ。自分で提案しておいてなんだが知り合いに会いたくないし」

 そうだ。

 俺は今回の目的を再確認する。

 普段ならば殆ど来ることのないショッピングモールにまで来たのにはわけがあるのだ。

 

 「服を買いに来たところなんて見られたくないだろ」

 

 ―――――――――――***――――――――――


 「して、小僧。貴様は雄として求められていることとはなんと心得る」

 

 「お、おす……!?」

 

 俺の部屋で、魔王が聞いてきた言葉だ。

 

 だけれど、あまりに直球すぎるその表現につい俺は顔を顰めて聞き返してしまう。あと小僧って言うな。

 

 「しかり。人類において最も原始的な分類は雄か雌かであろう。ならばその列に連ねる一人として貴様は何を重要視するのだ」

 

 魔王は俺の前に立ち、仁王立ちになってこちらに問いかける。

 

 「要するにモテるためには何が大事かってことだと思うよ」

 

 「ええっと、………顔?い、いや!優しさと気遣いとか……かな?」

 

 「そこは自信もって言おうよ…………。途中から受け身に入ったのバレバレ」

 

 柊が呆れたようにして落胆する。

 実際大事でしょ?優しさとは真心は。必要だよ、ね?

 

 「まずは、その身にまとう仮布を選別せねばなるまい」

 魔王の目線は俺の着る私服に向けられている。

 

 「いや、別に学校では制服だし、外に出ることもないから新しく服を買う必要はないと思うだけど」

 

 「たわけ。雄の魅力というのは外側でなく内側より漏れ出るものなのだ。服装はその手段にすぎん。だが貴様にはそれ以前に内面が足りておらん。ならばほかで補うしかあるまい」

 

 「おお、それっぽいこと言ってる」


 「いや、絶対違うと思うよ…………」


 もうバカにするな!とも怒れない。嫌にもこの魔王の口ぶりにも慣れてきたものだ。しかし、服なんて最後に買ったのはいつだろう。先に言った通り、別段服がなくとも困らない。

 外出することは実際問題ほとんどないし、あったとしても母親に買い物を付き合わされる程度のもの。

 

 「やっぱり、買ったとして、着る機会がなかったら意味がなくないか?」

 自分で言ってても悲しくなるようなことをさらりとながしてしまった。


 「ゆえに、だからこそ普段では使用しないものこそ、その者の品性や格付けが現れるのだ」

 

 「な、なるほど」

 最近ではギャップが重要視されてるもんな。

 

 「何に納得してるの…………」

 

 「よって、貴様は第一にその身にまとう服装をそろえよ!場所は貴様に任せる」

 びしっと指をこちらにさす魔王。

 

 しかし、服をそろえるか。

 このあたりでは近くのショッピングモールが妥当といったところか。

 さほど遠くもなく、かといって住宅街に建てられるほど小さなものでもない。あそこなら大抵のものは揃えられるだろう。

 

 「して、貴様。名はなんという」

 改めて、と言った方がよいのかはわからないが、魔王たちからしたら俺だけが主人公である彼らのことを知っていて、俺のことは知らないのだった。

 

だけれど少々遅い自己紹介の申し出に、その言葉を聞いたときに胸のふちに出てきたのは、「今さら聞いたのかよ」といった不満ではなく。

 

 「…………阿久津新」

 

 やっと、本当にこちらを見てくれたという喜びでもあった。

 

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