四話 いつの間にかのマリオネット

「うぉお!敵が、敵が迫ってくるぞ!こやつは黒龍ではないか!」

 

 手元のコントローラーを体ごと激しく動かしている魔王。

 続く画面上では武器を持ったプレイヤーが巨大なモンスターに立ち向かっている。さながらリング〇ィットみたく敵が攻撃してくるたびに上半身を横に倒しながら応戦している。まあ気持ちはわかる。

 

 「くっ、小癪なっ!我が攻撃魔法で蹴散らしてくれるぞ!」

 「それは、翼を重点的に攻撃しないと過ぎに必殺技でしてくるから気を付けてよ」

 「なにっ!?」

 「ほら、モーション入ったよ。攻撃、攻撃」

 「ま、まずいっ!直ちに緊急回避を」

 「無理、間に合わない。………はい、撃墜」

 「く、我の魔法が使えればこれしきの翼竜風情、たやすいものを…………」

 「ま、さっきよりはうまくなってたよ。もっかいもっかい」

 「はっはっはっ、我が凡人と同じスピードだと思うなよ、すぐさまに攻略して見せるわ」

 

 いつの間にか出自の差からは想像もできないほどに普通の会話をしている主人公二人。なんなら仲良い部類に入ると思うんだが?

 

 高らかに笑う魔王の服装は前回の別世界―――――つまりザ魔王の豪勢な格好とは違ったラフなもので、Tシャツを羽織っている。

 

 なんか見覚えのあるデザインだな………。

 ぱっと見は白いただのシャツなんだが胸のところには派手派手しいドラゴンのプリントがされている。

 

 というか、俺のやん。

 

 見てすぐには気づかなかったがあれはまさに俺のクローゼットに静かにしまわれていたものだ。つい中二心をくすぐられるデザインに惹かれて買ってしまったはいいものの買ってびっくりめちゃくちゃダサいことに気が付きそれ以降着る機会のほとんどなかったシャツ。

 

 奥底に眠ることもなく、かえって日の目を浴びることもなく中途半端にしまわれていたのだろう。

 

 俺が着た時との違いはそのドラゴンのシャツが小さいのか魔王のガタイが良すぎるのか見るからにパツパツなこと。

 引き伸ばされたドラゴンは、ぱっと見では何がプリントされているのかわからないほどだ。

 

 「ぬぅ、少し胸が苦しいな」

 

 ふと、シャツを着ぐるしそうにして魔王が不満を漏らす。

 

 いや、それは巨乳キャラが言うセリフだから。

 もうドラゴンわけわかんなくなってるから。これじゃあカビゴンのプリントです、って言われた方がしっくりくるわ。

 

 確かに俺の貧相な胸筋とは比べ物にならないものをお持ちのようですが。

 

 「お前ら、何やってんの」

 

 ついにそこで俺は苦言を言い放つ。

 ほんの数分扉の前で立ちつくしていて忘れていたがここは俺の部屋なのだった。

 

 「おおぉ、やっと帰ってきたか、小僧」

 

 今しがた気が付いたと魔王はこちらを一瞥すると、すぐさま画面へと向き直る。

 それだけ?

 

 「というか、お前は途中から気づいていただろ」 

 

 俺はベッドの上で魔王と同じく画面を眺めている相沢柊に向けて言う。

 

 「まあ、その方が面白いかなって思って」

 「なんだよ、そりゃ」

 「というか、お前らどこに行ってたんだよ。昨日は突然どっか行ったのにまた戻ってきたり」

 

 俺が問い詰めるように聞くと、柊が「ああ」と思い出すように喋り出す。

 

 「昨日は間が悪かっただろう?妹さんが入ってきたりとかさ。それに自分たちがどんな状況に置かれているのかもわからなかった。だからまあ、簡単に言えば今日一日はそこの魔王に乗せてもらって、色々と探索していたんだよ」

 

 「………はあ」

 

 よくわからない相槌を打つ。

 なんだか、さも当然のように探索とか言ってるけど、何?

 案の定魔法によって何かしらの方策をとったのは確かだろうが、どのような方法をとったかは検討がつかないな。

 

 「おかげでだいたいのことはわかったつもりだ。まさか俺たちが本になって出版されてるとは思わなかったけどな」

 

 軽く笑みを浮かべる柊からはイケメンの波動があふれだしていてつい眩しくて目を覆いたくなってしまう。

 なんてナチュラルな笑顔なんだ。

 

 「な、なるほど。それで?どうしてまた戻ってきたんだ」

 

 「ふはははははは!それには我が応えよう」

 

 いきなりけたたましい大音声とともに魔王が立ち上がる。その両手にはコントローラーが握られたままだ。

 

 「そのブレス避けないと即死だぞ」

 「なにいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 視線を少し横にずらして画面を見ると今まさに魔王の使うプレイヤーのHPがゼロになったところだった。

 

 「ま、まあいい。こやつは後で我直々に鉄槌をくらわしてやるわ…………」

 

 見るからに項垂れるようにして進行を続ける魔王。

 死んだの悔しかったんだな。

 

 「ふっ、ははははははっ!今日、貴様の世界を観察し、我の取り巻く環境について調査した。何分我はこの世界の住人ではないのでな。よって、その結果。この世界と我の関係は断絶されたものであると判断できる」

 

 「ん?」

 「要するに、帰れないんだよ」

 

 意味が理解できずにいる俺に柊が補足して教えてくれる。

 なんでさも当然のように俺のベッドに足組んで座ってるかな。

 

 「ああ、なるほど」

 

 魔王の発言からどう読みとったらそういう結果になるのかがわからないが、理解はできた。というか、帰れないことを直接言いたくなくてわざと遠回しに言ってるだろ、この魔王。

 

 「しかり、それにより我はそこにいるもうひとりの転送者と共に、さらなる調査、そして結論へと至ったのだ」

 

 「ま、それで俺と一緒に、今度はこの世界についてのことを知ろうってことになったわけ」

 再び補足して説明する柊。

 

 「え、でも、前はそんな事必要ないって言ってたじゃん」

 

 俺の記憶が正しければ、魔王がそんな風なことを口走っていたはずだ。

 高らかに「そんな面倒事するに足りず」みたいな感じのことを。

 

 「ふ、ふはははは!何を言うか痴れ者め。そのようなこと、当の昔に忘れたわ」

 こ、こいつ。

 散々人の事バカにするくせに自分に対して甘ちゃんすぎやしないか。少しは謝罪とかないのか。

 

 「それで、魔王と僕がこの世界について詳しく知ろうとしたわけ。自分たちが小説のキャラクターだってこともその時に知ったんだ」

 

 端的にかつわかりやすく要所要所を教えてくれる柊。

 そのあまりの真摯な対応に俺の話を聞く姿勢は明らかに魔王への方向ではなく補足としての柊の方へと向き直っていた。

 

 「なるほど。それで、何かわかったのか?」

 「き、貴様、明らかに我ではなくこやつから事情を聞こうとしてはないか?」

 「その方が早そうだ」

 

 俺は目線すら向けずに現実を告げる。

 

 「まあ、僕としても帰れないのは困りものなんだ。なにせ待たせている人もいるしね」

 主人公相沢柊の世界には作品のヒロイン以外にもさまざまなキャラクターが登場する。それらがすべて現実に会えるのなら、ぜひ会ってみたいものだが、この状況ならば厳しいだろう。

 

 「けれど、この世界が気にならないわけじゃないよ。なんで僕たちがこの世界に呼び出されたのか、その理由がわかればおのずと還る方法もわかるはずだしね。魔王だってそう考えているんじゃないかな?」

 

 滔々と語られる話はどれも道理の通っているもので、納得せざるを得ないが彼らを呼び出した存在となると必然的に俺阿久津新となる。

 確証らしい確証があるわけではないが、主に俺が二人の登場する作品の作者であり、召喚された場所からして間違いないだろう。

 

 だからといって解決策がすぐに浮かぶわけもなく、その視線は何となく魔王の方へと向けられる。

 

 「ぬ………?」

 

 同時に柊もそれに続くようにして視線を向ける。それに気づいたのか、魔王もこちらを見つめ何やら言葉を回そうとして口を開いた。

 

 「我を誰と心得る。魔王にかかればこのような問題解決するに造作もない!」

 

 一体どこからその自信が来るのやらはなはだ疑問だが、特に否定することもないだろう。俺と柊の二人もそれを聞き、どことない雰囲気の和らぎを感じ、とりあえず彼らの召喚や元の世界への転送については日を改めることにした。

 

 俺はそのまま制服諸共を部屋着へとシフトチェンジして、一人机に座る。

 「まあ、勝手にゲームやってんのはともかく、俺は仕事するから少しは静かにしていてくれよ」

 

 言い残すと、俺は目の前の画面へと意識を潜り込ませていく。

 

 今日は魔王と勇者がお互いの国境にある村々をお忍びで訪れて、その地での親睦や今まで長い争いの中で知ることのなかったそれぞれの文化に触れていく回だ。

 

 勇者は魔族の変装をしながら、城下町を散策しその地の食べ物を食べる。

 魔王もいつもならば誇示している双角を透過魔法で誤魔化しながら人間のふりをして、人間たちの娯楽をその身で体験する。

 そこでようやくお互いの世界の広さを痛感するのだ。

 今まで見ていた魔族だけの世界、人間だけの世界は、狭いことに。 

 そして二人はその距離を今まで以上に縮めていくのだ。

 

 喜び、驚き、発見、様々な感情の波から二人はひとつの結論へと至る。

 この世界の断絶をなくしたい。

 魔族と人間は、争いを続け、お互いの溝を深めている場合ではないのだと悟る。

 何より目の前にいる彼に――――彼女に、惹かれていくのだ。

 

 惹かれる。

 その感情をどう説明するべきなのだろう。 

 魔族である魔王と、人間である勇者。それらふたりは生まれの世界が違いすぎる。

 価値観も違えば、言語もほとんど違う。

 そんな彼らが通じ合える何かがあるとするならば、どういったものなのだろうか。

 

 俺は想像を膨らませる。

 物語を創り上げるうえで、理由や展開の必然性は大切な要素のひとつだ。

 

 だからこそ、この場面では、何が彼らの心情の変化となるのかを明確にしなければならない。

 

 「自分に置き換えてみる、か?」

 

 一番の説得力の出す方法のひとつだ。

 物事において、あまりに作者に偏った意見は読者の戸惑いを生むが、一般的なことならば、自分自身に置き換えたり、自身の経験を引き出した方がリアリティがでる。 

 

 自分の惹かれる相手―――――――。

 

 『――――――――阿久津君?』

 

 彼女の声が反芻される。

 突如、自分の頬がほのかに熱を帯びるのを感じた。

 

 いやいやいや、違う違うよ?

 俺は彼女に対して好意的に思っているだけで、別段惹かれているというわけではないし、いや人間性が素晴らしいとか、人として――――そう人として尊敬しているというだけであって、そういう感じじゃない。断じてだ。

 決して俺は彼女のことを―――――――――

 

 「もしかしてお主、その者を好いておるのか?」

 

 「は―――――はああああああああああああ!?」

 

 激震が走る。

 割れんばかりの叫び声を上げて俺は動揺する。

 気づけば、魔王が俺の耳元まで近寄っていて、思わず俺は驚きで立ち上がる。

 けれど、問題はそこではない。

 

 「そ、そ、そ、そんなわけがないだろ、ろ、ろ、ろ―――――第一俺と彼女とでは住んでる世界が違うというか、何というか」

 

 「皆まで言うな、小僧。何も言わずとも知れたことよ」

 

 手を目の前へと突き出して、そこまでだ、と合図をする魔王。

 それより小僧って言うな。

 

 「ふはははははは!貴様の恋路、我が叶えて見せようというのだ。感謝こそするのは自明の理と言えど、敬服はいらん!どうしてもというのならこれよりさらなる供物を我に捧げることだな」

 

 「か、叶える!?」

 とんとん拍子に展開が進んでいることに疑問を抱きつつも、その甘美な響きに思わず胸が高鳴り、声が上ずってしまった。

 

 「左様。我に叶えば、人間ごときの些細な心象の障害などたやすくはねのけてくれるわ!」

 

 「それ、大丈夫かなー?」

 

 柊が心配そうに――――だけれど、どこか楽しそうに言う傍らで、高らかに笑う魔王はびしっと指をこちらに指すと、告げる。

 

 「忙しくなるぞ。これより、衝撃に備えよ!」

 

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