二話 開かれたゲート
「え…………?」
困惑の声を漏らすのは自分自身。
驚くほどにパニックだった。
「な、なんだ。ここは…………!?」
「うっ…………」
目の前で同じく状況が飲み込めない主人公が二人。
「『魔王アルベル・ラインツベル』に『相沢柊』………?」
俺は思わず二人の名前を口にする。
どこから見ても紛れもない俺の描く主人公二人だ。
「貴様が我をここに招いた者か?」
鈍重な威圧感を放つ声が部屋に響く。
「え、な、なに」
「我をここに呼び出した不届き者は貴様か、と聞いている」
完全な敵視。
これが何かの演技なのだとしたらそれだけでアカデミー賞くらいとれてしまうくらいには鬼気迫っているものがある。
これほどの圧迫感。空気が淀んでいるようにすら感じる。重力がこの部屋の中だけ何倍かに重たくなったような感覚。
これは勇者パーティーも気圧されるわけだ。
そして俺はこの時どんな反応をとるのが正解なのだろうか。
二択だ。
【はい】か【いいえ】
この場合どちらにせよ情報が欲しいのが建前。本音は滅茶苦茶怖い。
な、なに、この恐ろしい魔王は。視線だけで泣きそうなんだけど。というかこっちをまじまじと見ないでほしい。観察しているのかもしれないけど、破壊光線が出てきそうで怖いんだよ。
というか、相沢柊。お前は何かしろよ。
突っ立ってないでアクションをとってくれ!
リア充か?所詮口だけのリア充なのか!?
いや、違うんだろうけど俺が作ったキャラを俺がバカにしてどうすんだよ。
ああああああああ!
この場合どうするのが正しいんだよ。
そんなことならもっと異世界転生ものの作品に目を通しておくべきだった!
「…………」
「おい、どうした。早く答えぬか」
やばい。
時間はもう残されていない。
判断するんだ俺。
冷静になって考えろ。この場合ルートがどの様に分岐するかを考えるんだ。
【はい】
『そうか、ならば死ね』
ダメだ。死ぬ未来しか見えない。
【いいえ】
『そうか。ならば口止めとして、死ね』
どっちにしろダメじゃねえか。
くそぅ。魔王にいいイメージねえなぁ、俺。
だらだらと、時間が経過するごとに汗が背中に張り付き心拍数が上昇する。
「ちょっと、待ってくれ。まったく話が見えないんだがまずは状況を確認しないか?」
そう言って俺と魔王の間に入ってくるのは相沢柊。
「なに?」
さすがラノベ主人公。
何という協調性。
これがリア充の輝きか。さっきは悪く言ってごめん。
「ほら、自己紹介でもしないと何もわからないだろ」
さわやかに場を和ませようとする彼からはまるで何かしらのフェロモン並びにオーラが出ているのだと思う。
そもそもこの状況で顔色一つ変えずに魔王と話そうっていう行動がすげえ。俺の描いていた相沢柊のまんまだ。
これでは非行少年もつい耳を傾けたくなっちゃう。
だが、一方の魔王はその発言に一瞬眉を動かしたかと思うと、はっきりとこう告げた。
「貴様らに教える名などない。即刻消え失せろ」
真っ向からの拒絶。
こちらの説明など受け付けないであろうその態度に愕然とする。
魔王は俺の方に向きを変えると、眼前より見下ろして告げた。
「何より我を呼び出した貴様の腑抜けた顔が気に入らん。なんだその雄として終わっている貧相な体は。それでは種族間での競争には到底勝ち残れまい」
イラッ。
大体なんで俺がキャラクターである魔王にそんなことを言われなきゃいけないんだ?
まだ、ごりごりリア充主人公であるならまだしも、あいつはめちゃくちゃ威張る割には引っ込み思案の拗らせ陰キャだろうが(作者個人の意見です)
「第一、状況など気にする必要がない。こやつを拷問し、元の世界に還る。それだけだ。それにその方が効率が良さそうだ」
と、こちらを一瞥し、ふっ、っと笑う魔王。
イライラ。
ぶちんっ。
「はあああああ!!!!!てめえ言いやがったな、一方的に聞いていれば馬鹿みたいに悪口ばっか並べやがって!お前らを作ったのは俺なんだからな!!!!!」
「何を言っている下等生物が」
完全にキレた俺は不快そうにこちらを見つめる魔王に指をさして真っ向から言い放つ。
「まずお前!魔族の長、魔王アルベル・ラインツベル。最後の魔王にして、最恐最悪の悪の象徴。その絶対的な魔力保有量から放たれる必殺技は【大いなる破滅の羨望】《アルティメット・バースト》大地を裂き、天を穿つ大技だ!」
明らかに動揺を滲ませる魔王に構わず、だがな――――と俺は言う。
「そんなことはどうでもいい!そんなことより、こいつは勇者と恋仲だ!」
「な、なにっ!?なぜそのことを知っている!貴様暗部の者か!」
顔を激しく赤面し、先ほどまでの堂々たる態度とはかけ離れた取り乱しようの魔王。
「へっへっへ、お前たちがどんな甘々なシチュに陥ってきたのかは俺が全部、先から先まで把握しているんだよ!なぜなら俺が一から考えたんだからな!」
「な、何を言っている?…………貴様は何者だ!」
いいリアクションを取ってくれる魔王に気分絶好調の俺はそのまま続ける。
「随分お楽しみでしたなぁ~、傷を負った二人が背中合わせで互いの体を温め合うのは~」
「ぐ、ぐああああああ!!!!!」
魔王、悶絶。
どうだ。恥ずかしいだろう。なんせ考えた俺だって滅茶苦茶恥ずかしがって書いたんだからな。
そんくらいのダメージは食らってもらわないと困る。
自分の恥ずかしい部分を他の人に知られているのは、その事実を知ってしまった時が一番ダメージが出る。
母親に「あなたのベッドの下の本、片付けておいたよ」と小さく言われる時が知られていたことよりも恥ずかしいのと同じだ。
「そして、お前もだ!」
「え、僕も?」
「お前は相沢柊。神林高校の二年Ⅽ組。幼馴染の神田姫(かんだひめ)とは幼いころからの付き合いで、最初はいがみ合っていたが高校での出会いをきっかけに距離を縮める―――――ああ、まどろっこしい!文化祭の時に心情描写長くしないで、さっさとキスしろよ!」
「ぐああああああ!!!!!」
イケメン、砕け散る。
だけれど、同時に作者自身への恥ずかしさも襲ってきて、とてつもない自責の念にかられる。あそこのシーンはかなりの盛り上がりなのに、調子乗ってページ数稼いだら、読者からの批判がすごかったんだよ。
「「「はあ、はあ、はあ…………」」」
三人の男子の息が切れる音が部屋に響く。
一人は久しぶりに叫んだ反動で近頃、体力の衰えを感じている男子高校生。残り二人は、度重なる羞恥によるダメージによって自尊心が粉々に粉砕されている魔王とイケメン。
「なんで、僕まで……」
いや、俺も途中からなんで別に悪くもないこいつを辱めてるんだろうなって思ってたよ。………まじすまん。
ちらりと魔王の方へ目線を向けると、顔面を羞恥に染めた魔王が今にも噴火しそうにプルプルとこぶしを握り締めていた。
「貴様の無礼、我慢ならん!消し炭にしてやる」
怒り心頭の魔王がおもむろに片腕を前に差し出して、こちらへと掲げる。
明らかに魔法を詠唱しようとしている。
「いいぜ、やってみろよ」
新はお構いなしに挑発して見せた。
だいたいこういう漫画や小説のキャラが現れた時は能力が十分に発揮されない決まりだ。魔力がこの世界にはないからそれを元にして攻撃する魔法が出せないとか、出せたとしても魔力の密度が薄くて暴走するとか、そういうオチだろう。
「【紅蓮よ】《ラファイア》」
魔王の手の内から光球が収束した方思うと、放たれる。
それは直線状にいる俺の腹部へと直撃し、後方の壁際へと吹き飛ばされる。
あ、そう。
―――――――――魔法、使えるんですね。
「ぐあっ!!!」
「ん?おかしい………本来ならば脆弱な人間が生きていられるはずがない」
俺は衝撃をもろに食らって、壁に当たった衝撃に耐え切れずにうずくまれる。
だがしかし、本来の威力ではないのは確かだ。
魔王の実力は本物で、それこそ勇者一人でも太刀打ちできないのだから俺みたいなやつが食らって生きているはずがない。
弱体化はされているようだ。
いや、痛いけどね。
けれど、今の一撃完全に俺を殺そうとして放たれたものだ。
それは確信できる。
これからどうする。
俺では歯が立たない。
いくら何でもできる超人主人公の相沢柊でも世界を滅ぼしちゃうほどの魔王には敵わないだろう。
「お兄ちゃーん、ご飯」
うずくまる背後からそんな声が聞こえてきた。
妹の声。
時計に目をやれば、時刻は午後七時を過ぎて、半分ほど回っている。
まずい。
この反対側に妹がいる。
妹。最近思春期に入ってきたのかまったく構ってくれなくなった中学三年生の妹。
けれど大切な家族だ。
「我を侮辱したことをその身で償ってもらうぞ!」
「妹や家族に手を出したら、ただじゃ置かないからな!」
咆哮する。
魔王の攻撃を数十発も食らえば、致命傷は避けられない。
けれど、守りたいものはある。
俺は目の前の脅威に奮い立った。
「お兄ちゃん?開けるよ?」
「え!?ちょ、まっ」
勢いよく開かれる扉。
決意を決めたのにあっさりと振り向く新。
開けさせまいと手を伸ばし、そのまま扉を閉めようとする。
「―――――――何?急に」
怪訝な視線をこちらに向けるのは、やや上目遣いでこちらを見つめる妹。
思わず伸ばした手が開かれた隙間から妹の頭を撫でる形で、頭上に置かれていた。
「いや、何でもない。というか、ここ危ないから先に戻っておいてくれ」
「はあ?危ないって何が」
「ま、魔王が出てきて…………」
「どこに?」
「え?」
ずっと背を向けていたことに気づき部屋の中へと振り返るも、そこには誰もいない。
開きっぱなしになったノートパソコンと二冊のラノベが落ちているだけの何ともない男子高校生の自室だ。
間違っても恐ろしい魔王やイケメンの超人高校生はいない。
「あ、あれ?」
投げかけた疑問の答えはいつまで経っても現れない。
「いつまで乗っけてんの。ちょっと気持ち悪いんだけど」
いい加減痺れをきかせた妹が頬を少し膨らませながらこちらを見上げる。
それと今、しれっと悪口を言われた気がするんだが。
「あ、ごめん………すぐ行くよ」
いつもより少し優しく言って、静かに扉を閉めた。
「い、いるのか………?」
恐る恐る問いかける。
けれど、閑散とした風景に変化が訪れることはない。
誰もいない。
普段なら何とも思わないこの空間が妙に気持ち悪くて、すぐさま俺はリビングへと向かった。
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