第9話
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「ただいま~」
「こんにちは」
匠斗と凪穂は週末の土曜日、村上家に来ていた。
凪穂の父 駿(しゅん)と、母親の友美(ともみ)が、二人の就職が決まった事で、夕飯時に、ささやかながら、祝いをしたいとの事で、呼んだのだ。
「いらっしゃい、匠斗くん。凪穂も、就職先が決まって良かったわね、私達もコレで安心したわ」
母の友美はふたりを安堵したように、破顔した眼差しで見る。 隣に居る父の駿も、同じ表情で二人を招き入れた。
「さあ入ってくれ、匠斗くん。 今日はささやかながら、君と凪穂の就職祝いをさせてもらうから、ささ、上がってくれ」
「はい。お言葉に甘えて、お邪魔します」
そう言って、玄関でのやり取りの後、リビングに案内され、少し時期は早いが、若い二人の社会への門出の祝いをした。
△
実は、高校3年の時、匠斗と凪穂の交際に、駿は あからさまではないが、最初は良い返事をしなかった。
目に入れても痛くない程の一人娘なので、いつかは彼氏が出来て、結婚と言う事を頭では分かり、思ってはいたのだが、いざ、彼氏が出来たと聞いた時、母親は賛成したが、父は渋い顔をした。
それこそ、ベタではあるが 〈どこの馬の骨〉 と言う状態だった。
匠斗が家に来ても、露骨にイヤな表情と言葉は出さなかったものの、いざ男同士で対面すると、口数が少なくなり、気まずい雰囲気の時期が長かった。
その雰囲気が一転したのは、二人が大学2年の初冬の時期だった、就職と言う言葉がそろそろあちこちで出始めるころだった。
突然の事に、匠斗に対する接し方が違っていったのには、偶然と言うには都合の良い事だが、何と、凪穂の父 駿と、匠斗の父 一樹とは、勤務先が一緒で、しかも同じ歳と言う事と、会社の中では時々飲み歩く事もある、良き友人だったのだ。
その友人の一樹の息子が、駿の娘と交際中である事に気が付いた時に、一樹の息子ならば、間違いはないと思い、父親同士は二人の事情を知っているが、子供たちは、まさか父親同士が同じ会社で同じ歳と言う事とは全く知らず、正に今日、知らされる事となった。
△
「そうなんですか。 全く知りませんでした」
「済まないな。 会社の方針で、当然だが、面接は公平にしなければならないという事を考えると、私情を挟むわけにはいかない。内定は実力で得るのは至極当然であり、面接時の自己のアピール次第で合否が決まる訳だが、君と凪穂は、見事に内定を掴んだ、これは双方の七光りでは無い事を、改めて言おう。そう言う事だ」
匠斗が正座をして、駿に向き、挨拶を交わす。
「ありがとうございます。 自分も父の影響を受けずに、内定をもらいたかったので、それを聞いて何となく少しだけあった、罪悪感が一気に無くなりました。 これで安心して、入社出来ます」
「そうか。 そう思ってもらって、話した甲斐があった。 来年は二入ともウチの社員だ、しっかり邁進して、会社の功績に力を注いでくれ。一樹もそれを望んでいる」
「はい。しっかりと精進します」
「私も頑張るから、お手柔らかにね、お父さん」
凪穂の拍子抜けした返答に、駿と匠斗はそれこそ、拍子抜けした。
「何その返事。 凪穂、お父さんだからと言って、今のは無いだろう?」
「あ、ごめ~ん、家の中に居ると、いつものお父さんのイメージから離れられなくって」
「しょうの無いヤツだな。だがその位の気持ちの方が、肩に力が入らずに、いいかもな。 ま、とにかく、しっかりとやりなさい」
「は~い」
「だから、その返事....」
匠斗が、凪穂を戒める。
「えへ」
分かっている様で分かって無い、凪穂だった。
◇
祝いの後、匠斗と凪穂の二人は、二階にある凪穂の部屋に居た。
「だけど、びっくりしたな、まさか おじさんと父さんが同じ会社でしかも、同期なんて。 家に帰ったら、父さんに改めて聞いてみようかな」
「何で知ってるんだって、言われそうだね」
「まあ、何となく勘繰られて、すぐに理解しそうだけど」
「そうだね。 人の上に立つ役職だからね、人を見る目は長けていると思うな」
ここで匠斗は、不意に凪穂との父の あることが事が気になった。
「ところで、おじさんって、役職名ってなんだっけ?、そう言えば知らないや」
「え~っとね、確か........、来年の春から次長だって言ってたかな....?」
「わ!凄いな、凪穂の父さん。 ウチの父さんは、今現在は課長だから、おじさんって一つ上だな」
「え、そうなの?」
「あれ?会社の地位って知らないの?」
「それは入社したら、おいおいと....」
「それは入社前に知っておいた方が良いと思う、常識だからな」
「そうなんだ」
「なに、その返し。 凪穂って、学力は葵と一緒で凄いけど、それ以外がなー....」
「なによ!バカにして」
「ごめんなさーい、なぎほさーん」
「うふ、いいわよ。 許してあげる....、けどぉ」
「けど??」
そう言った途端、凪穂は匠斗を押し倒し、そのまま匠斗の唇を貪(むさぼ)った。
暫くそのままで、 一段落した後に、凪穂が。
「匠斗、覚悟しなさい!」
と、言うと、匠斗がふざけて。
「あ~れ~....」
と言い。
その後の二人は、一段と仲が良くなりました。 (なにが?)
△
その仲良くなった後に、再び二人は凪穂の部屋でまったりしていた。
お互いがスマホを弄っている時に、ふと 凪穂が思い出した事があった。
「ねえ匠斗」
「フモッ?....」
沈黙からいきなり呼ばれたものだから、変な返しになってしまった。
「何その返事」
「いきなりだから、すまん....、で、何?」
体制を整えて。
「最近、例の小説アプリ、やってる?」
いきなり振って来たなと、思いつつ、匠斗は今現在の状況を話す。
「ああ、気長にやってる。 凪穂の方は? ちゃんと続けてる?」
「う、うん。 一週間に1~2話程度だけどもね」
「そうか........、今読んでもいい?」
コレに、素早く反応した凪穂。
「ダメ!ダメよ絶対!」
「え~、いいじゃん」
と言いながら、匠斗は持っているスマホの画面をスライドし、小説アプリを開こうとした時、凪穂にスマホを奪われた。
「匠斗、もし読むんだったら、私の居ない所で呼んでよ。 ハズイから」
「え~、いいじゃん」
「同じ事言わないの!」
「すんません....」
◇
こう言う大学生活も終わり、春になり、いよいよ社会人としてのスタートを切る事になった。
生活は一転し、学生気分などは何処かに吹っ飛んでしまった。
匠斗は毎日建設現場で、現場監督になるため、作業員からのスタートとなった。だが、それは自分が希望した事であり、何よりも、誰よりも、現場サイドに立った物の思考が出来る監督、所長になるべくの、学習期間だと思い、日々作業員と共に汗を流した。
一方の凪穂は、事務職の仕事を覚えるべく、日々先輩OLに指導してもらっている最中だ。
匠斗と凪穂は、同じ会社に双方の父親が居るという事は、他の社員に知れ渡っているので、とにかく、七光りでは無く、将来、自分の実力を、当然だが、一切親には頼らずに、この会社で発揮できるように、現場、事務ともに、邁進(まいしん)中だ。
そうなると、いくら同じ会社に居ても、なかなか会える時間も少なくなってきて、入社して半年も経つ頃には、会える日が隔週になる時もあった。 その理由が、特に現場作業で体を使う作業内容に加えて、匠斗は大学在学中に、2級土木施工管理技士の資格を取得するために、勉強してきた事を、近い将来その資格を取得し、現場監督を目指し、作業員が帰った後も、事務所に残り、PCでのデスクワーク作業も割り当てられ、ほぼ連日、21時になる事は珍しく無かった。
そんな日々が続いた10月、珍しく、匠斗が18時にすべてが終わった金曜日の日、社内の休憩室で、自販機のコーヒーを座って飲んでいると、凪穂の父 駿も休憩室に入って来た。
匠斗と駿は挨拶を交わし、暫く話をした。
「匠斗くん、頑張っているみたいじゃないか、噂は聞いている」
躊躇なく返事をする、匠斗。
「はい、ありがとうございます。でも、まだまだです、作業員さんたちの足手纏いにならないようにするのが精一杯です」
「はは、まあ最初はそんなもんだ、でも作業員たちの評判は、いいみたいだな」
「ありがとうござます」
「でもな、ゲンノウ を持って来いと言われた時に、バールを持って行った最初の頃から比べたら、格段に進歩だな」
「それ言わないでくださいよ次長、ちょっとした黒歴史なんですから。 今でも時々話の途中でからかわれるんです」
お互いが一口分、缶を傾けて、飲み干してから、駿が聞いた。
「凪穂とは会っているのか?」
「あ....」
「だろうな、その返事では....、実は家に帰ると、最近の凪穂が沈んでいてな、最近殆ど会ってないだろう、現場とデスクワークで、君も帰りが遅いみたいだからな」
「はい。はっきり言って。会う時間よりも、一日が終わるとバタンキューな日々です」
「まあそれは、監督になる者たちは、みんなやって来た事だ。君だけがそうなんじゃない」
「連絡だけはしています」
「ところで、久しぶりに現場もこの週末は土日が休みだろ? だったら、娘と一緒に居てやってくれないか、娘の沈んだ顔を毎日見るのはつらい、家内も心配している」
「はい、じゃあ、今から連絡とってみて、会う約束をします」
「それは必要ない」
「は?....」
駿は扉の無い休憩室の出入り口に顔を向け、外で待っていた人物に声を掛ける。
「入って来い」
合図を待っていたのか、呼ばれて入って来たのは凪穂だった。
凪穂は帰社しないでいた。
「匠斗」
そう言うと、なぜか恥ずかしそうに匠斗に近寄って来る凪穂に、匠斗もどことなく気恥ずかしさがでてしまう。
そんな二人に、凪穂の父の駿が、そっと言った。
「後は任せたぞ、匠斗くん」
そう言った後、凪穂の背中を押して、匠斗に押し付け、休憩所を出て行った。
久しぶりに二人きりになる匠斗と凪穂。 家とは違い、会社で二人きりになると、何かしら気まずいような、若干だが、背徳感があるような、恥ずかしい様な気分になる。
ちなみに、休憩所を出たいった駿だが、実は廊下には、匠斗の父、一樹も居た。
駿は廊下にいた一樹と目が合い、サムズアップをしあった後、拳を軽くぶつけ合い、一樹が。
「多分俺たちの 孫は、 近いかもな」
それに駿が。
「ああ、俺たちも、もう時期に、爺さんか~」
そう言って、二人肩を叩きながら、自分たちの部署に、残りの仕事をしに行った。
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