第8話
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翌朝、匠斗は早めに起き、一階のリビングで、スマホを触っていた。 そこへ、着替をして身だしなみをきちんとした凪穂が降りてきた。
洗面所に行くんだろうと思ったら、リビングに入るなり、部屋を一回り見てから、匠斗の背後から抱き着き、耳元でささやいた。
「おはよう、た~くと........、うふふ....」
耳元で擽(くすぐ)られた感触がして、匠斗が体ごと ゾクっとした。
「うはぁ~....、なぎほぉー」
「うふふ、どう?」
「不意打ちはひきょうなり」
「えへへ、感じちゃった?」
「はい、とっても」
そう納得したように見せかけたが、次の瞬間に匠斗の右手が凪穂の首の後ろに回ったと思ったら、引き寄せて、4~5秒間の深いキスをした。....、したのだが.....。
「た....、匠斗、凪穂ちゃん........、もう、朝っぱらから、やってくれるわねー」
リビングに昨日のお茶セットを取りに来た、母親の恵が二人を見ての一言だ。
「あわわわわわ........」
凪穂の顔が真っ赤っかになり、両手で顔を隠した。
「は、恥ずかしいー....」
「あーららら、凪穂ちゃん、この分だと、私たちの孫も早まりそうね~」
母 恵からの追撃が来た。
「母さん、やめてくれよ、凪穂の顔が真っ赤だぞ」
「あらいいじゃない、あなた達の仲がとってもいい事の証明よ、わたしはとっても嬉しいわ」
「お、お母さん....」
話を変える様に、恵が続ける。
「さあ、朝食まだでしょ? 早くキッチンに来なさい二人とも」
「分かった。行こうか凪穂」
「うん」
すごい所を見られてしまった。 その恥ずかしさで、凪穂は匠斗の父一樹(かずき)にも、まともに顔向けが出来なそうだった。
◇
4回生の日々がスタートした。
4人はもう殆ど単位は取得しているので、現在の課題は匠斗と亮の就活である。
自分に向いている企業からの内定を、いかに取得できるかがここ3ヶ月の勝負所である。
なんとか、7月中までには決めたい匠斗と亮だった。 そんな時期がもうとっくに過ぎ去って、就職が内定している凪穂と葵は、後の一年は、殆ど消化試合である。
そんな中、亮が企業から2社の内定をもらい一息ついたのに、匠斗が7月になっても1社も内定が取れずにいた。 さすがにこれは不味いと思い、凪穂も心配になって来た。
拓海との希望する職種は、建設関係の現場監督である。
大きな構造物を作り上げていく職業に、父の一樹が携わっている。 一樹の職業は建設会社で課長をしている、次期の部長もほぼ決まっていて、若い頃は現場監督をしていたが、早めの出世で、近年 部長に昇進の予定だ。
その父から、大型構造物のモノ造りの苦しさ、完成した時の工事に携わった人達との喜びを小さい頃から聞かされていた。 なので、匠斗は大学に入るときは工学部がある大学を選んだ。
△
「ねえ匠斗、なんでいまだに内定がないの? 匠斗なら普通に4~5社からの内定があっても良いと思うんだけど」
「ゴメンな凪穂。 確実に就職したいなら、すでに3~4社は内定していると思う。 だけど、実際に面接を受けて、今まで受けた会社の面接担当の人との話をしていると、その会社の社風だったり、企業意識だったりが、いまいち自分にしっくりしこなく、未だに決めかねているんだ」
最も気になる点が多いのが、大卒はいきなり先輩現場監督の助手を2年するものだという事だった。
普通はそうであるが、本当に実際の現場での作業をいち早く知るためには、現場の作業員としてから始めるのが、一番現場に近く、隅々まで見られて、後になって役に立つ事が多いと思ったからだ。
早く一人前になりたい匠斗は、苦労してでも早く仕事を覚えて、現場監督の所長になるべく、そう言う会社を探していたのだ。
そんな中、家で様々な企業のパンフレットを見ていたら、父親の一樹が聞いてきた。
「まだ内定は決まらないのか?」
今となっては、やや焦っている匠斗に対してはキツイ言葉だが、正直に言った。
「うん、実はまだなんだ。 色々と面接は受けているんだけどね」
「そうか....」
「何なの?、父さん」
言い辛そうに、一樹が話始めた。
「匠斗、ウチの会社の面接を受けてみないか?....」
驚きの一言だった。
それから一樹の話を聞くと、来年の新卒の入社の一人が、他の会社に変更したとの事だった。
だが会社的に人員は現在足りているので、改めての新規入社の募集はしていないとの事だった。 そこに息子である匠斗を入社させると、コネ入社と言われるのが目に見えているので、一応、一樹が専務と社長に話を付け、採用を1名だけして、そこに匠斗が応募するという事にした。 だが、面接には一樹は出ない事と、あくまで自分の実力で採用を掴めという事を伝えられた。
面接当日、匠斗は父の勤める会社の面接が行われている部屋の前に来ていた。
父の一樹からは。
『普通にウチの面接係との受け答えさえすれば、お前なら内定は確実だ』
と言っていた。
(そういえば、この会社でちょうど10社目だ。 今回は我儘を言わずに、普通に接してみよう)
そう思う匠斗だった。
約20分ほどの面接が終わり、落ち着いて普通に受け答えが出来、手ごたえは良い感触だと思った。
ただ、面接係の人は。
「採用人員に一人欠員が出ているが、その埋め合わせのために、必ず合格と言うことは無いので、そこのところは了解しておいて欲しい」
とも言われた。
とにかく、合否は3日後と言う事で、携帯に朝10時に連絡するからと言われた。
△
「えぇ、?! 匠斗、私と一緒の会社の面接受けたの?」
驚く凪穂の声と表情に、その会社の面接を受ける事を、面接が終わるまで黙っていた。
「そうなんだが、親と一緒の会社に面接で、そのまま採用って事になると、七光りって言われそうで、本当はあまり乗り気じゃあなかったんだが、父の勧めで一応受けて見た」
「で、感触はどうだったの?」
「終始、いい雰囲気で事無く終わったと思うよ」
「そう。 なら多分採用とは思うけれど、ただ、匠斗の思想に会うかは分からないけれど」
一抹の不安が無い訳では無く、返事のある当日になった。
結果は 採用 と言う事だった。
◇
いつもの様に学食で、話をする 匠斗と亮。
「匠斗、お前やる気になればすぐに内定が取れるんだな、すげえな」
「ああ...、まあでも、一応内定は決まったが、まだ入社するとはきめてない」
「だろうな、お前なら。でもな、なかなか自分の希望に叶った会社って、そうそうあるもんじゃないからな?。自分から会社に合わせると言う事も大事だと思うがな」
「まあそれは自分の我儘だとは分かってはいるんだけど、とにかく、もう2~3社は受けてみるつもりだ」
「おなえな~........、ま、でも、気のすむ様にやれよ」
「ありがとう、亮」
「いいから....、あ、来たぞ、女神たちが」
4人分の飲み物をトレイに乗せ、凪穂と葵が匠斗達のテーブルに来た。
相変わらずの葵の突起した美貌と凪穂の可愛さに、周りの男子が見とれる。 そう言うを気にもせずに、普通に匠斗と亮の座る席に、女神たちが座った。
開口一番、葵が匠斗に質問した。
「匠斗、やっと内定取れたって聞いたけど、まさか凪穂と一緒の会社なんて、このこの~、ラブラブだね~」
この返事をどうしていいものか、匠斗は困った。
「ははは....、たまたまそう言う事になっただけで、意図してでは無いんだ。それ知ってるよな?」
「ごめ~ん、ちょっと茶化しちゃって。 でも、取りあえず良かったね、決まって」
「うん、ありがとう。 でも、もう少し回ってみるよ」
「そうみたいね。とにかく自分が納得できるようにしなさいよ匠斗、凪穂との将来のために」
「お、おう(ちょっと照れる)....、だけど、亮も葵も会社は違うけど、決めた会社が同じビル内の会社だって言うから、これまた面白いな」
「そうなんだ。 オレが面接に行った時に、ビルのエントランスに葵が居て、ビックリしたのは、今でも笑える話だ」
「そんな事もあるんだね~。 それならいっそ、匠斗も他の会社の面接受けないで、私と一緒の会社に入社して欲しいな~、ってのは正直あるかな、うふふ」
「何だよ、うふふ....って。 でもそれは正直に言うと、考えているけどな」
「本当! 匠斗。 嬉しい」
匠斗の腕に巻き付き、頭も肩に寄せる凪穂。
「あ。こら凪穂。 恥ずかしいだろ、こんなところで」
「いいの! 見られててもいいの。 匠斗なら」
「あ~あ、見せつけてくれるわね~凪穂」
「全く。 やってらんねぇな、お前らは」
「スマン、亮」
この後、匠斗は建築系の2社の面接を受け、その2社共に内定をもらった。
最終的に決めたのは、父親が勤める会社にしたのだが、匠斗の希望に一番沿うと言う事が決め手になり、これが正直な理由であった。
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