第13話 室内楽部の時間

 さっきの窓際の白いポロシャツ二人組の一人がきゃっと声を立てた。茶色っぽい髪の子のほうらしい。

 でも、それよりも、舞子まこの胸がきゅっとして、高鳴った。

 室内楽部?

 そんな部があるんだ!

 だったら、高校に来てもヴァイオリンと高校生活を両立させられる……。

 隣の稲子いねこを見れば、あいかわらずゆるんでいるように見えた。

 いや。

 あまり姿勢は変わらないように見えても、椅子に深く腰掛けて、背を伸ばし、というより前に丸め、その舞台の上をじっと見ているようだった。

 何?

 舞台の上には五人の生徒が出て、椅子を並べている。後ろに下げてあったピアノを二人かがりで慎重に前に出し、マイク置きの台を横にずらし、ピアノの前に椅子を置いている。ピアノの奥側に椅子を置いたのは、楽譜係の椅子だろうか。さっきの吹奏楽部が楽器を置くのに舞台の左側を使っていたのに対して、今度の生徒たちは舞台の右側から上がったり下りたりしている。

 ピアノを奥に、手前に椅子が三つというのは、どういう編成で演奏するのだろう? 室内楽といってもいろいろある。手前の椅子の前に譜面台を一つずつ置いたということは、三つの椅子に一人ずつ座って演奏するということなのだろうけど。

 「リリィ!」

 そんな声を立てたのは、白いポロシャツの二人のうち、髪の毛の茶色いほうらしかった。ロングヘアの黒髪の子がたしなめるようにこんどは肩をポンとはたく。舞台に戻って来た室内楽部の小柄な子がその白いポロシャツ二人組のほうに手を振り、軽くお辞儀をした。この子がリリィというのだろうか。この子も黒髪で、完全に日本人に見えるけど。

 手に持っているのは楽譜だろう。その黒髪の子がピアノの前に座ると、それに合わせるように、奥の椅子には背が高くて肩ぐらいまでの髪の生徒が座る。奥の子が立ち上がってピアノの譜面台まで手を伸ばすしぐさをして確認しているということは、やっぱり楽譜係らしい。二人で顔を見合わせると、二人とも立ち上がり、背の高いほうの生徒が前の椅子の譜面台に白いタブレットを一つずつ置いていく。ピアノは紙楽譜でもこっちはタブレットに楽譜を表示させて弾くらしい。ちなみに、舞子は、いまは、練習のときは紙楽譜で、発表会ではタブレットを使っている。

 三人の弦楽器奏者が、舞台の右側から舞台に上がってきた。左から、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロだ。それにピアノがいるとすると、ピアノ三重奏ではなく、ピアノ四重奏?

 舞台の下にいた司会者が、ヴァイオリンの生徒と目を合わせる。ヴァイオリンの生徒が、うん、とうなずいた。司会者が

「それでは、続きまして、室内楽部の紹介です。よろしくお願いします」

と言う。ここでさっそく拍手が起こった。

 舞子はぐっと息をのむ。室内楽部という部活があるというだけでは、まだわからない。もしかすると五秒で逃げ出したくなるようなひどい演奏かも知れない。

 「初めまして。明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校室内楽部です。まず、演奏を聴いてください」

 ヴァイオリンの生徒が早口で言ってマイクを台に置く。やっぱりその五分という制限時間を気にしているのだろう。

 ヴァイオリンの生徒とピアノの生徒が、椅子に戻る前に右手の指を一本立てて何か合図をした。あと二人にも同じ合図を送る。ヴィオラとチェロも席に着いたところで、前に座っている弦楽器三人が目線をかわし、弓と楽器を構える。

 舞子にはその緊張が伝わって来る。室内楽の合奏は、一人で好きなように弾けるわけでもなければ、指揮者がいるわけでもない。全員の息が合わないと音楽が合わないのだ。

 隣の稲子にもその緊張はわかるのか、いまは弛んだ姿などではなく、身を乗り出して演奏家たちをじっと見ている。こういうのを「食い入るように」というのだろう。

 ヴァイオリンの生徒が、ヴィオラとチェロのほうを向いて、弓を軽く上げた。ヴィオラとチェロもヴァイオリンを見返す。ヴァイオリンの生徒は、息を吸って軽く止め、そのはずみで、弓を楽器に下ろした。

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