第4話 幸せなパンケーキ

 「で、舞子まこのお母さんって大学の教授なんだよね? ここの、新治にいはり大学の」

 「あ」

 覚えてた。

 「准教授だけどね」

 しかも准教授になったのも最近で、舞子が小学校の四年生ぐらいまでは「ポスドク」という謎の地位だった。やっていることは変わらないけど、ともかく准教授になって給料は上がったらしい。

 「お父さんは?」

 わりと根掘り葉掘りきくやつだな、と思う。でも、自分の家が本家争いで負けたという話までしたんだから、他人もそれぐらい話して当然という気分なのかな。

 「TSKKティー・エス・ケイ・ケイってね」

 「うん」

 ……言われてもわからないよね。

 「WiSワイエスって使ってるでしょ?」

 「うん」

 稲子いねこは嬉しそうに言う。いや、使って嬉しいサービスでもないでしょ?

 使ってないとさびしいけど。それ以上に不便だろうけど。

 「それ開発して、運営してる会社」

 WiSは、舞子が小学校に入った年にサービスが始まり、あっという間に、ほんとに老若男女、みんなが使っているサービスになった。あとからお母さんから聞いた話によると、お父さんの会社は、それまで時代おくれの通信装置とかを作っている会社で、十中八九倒産すると言われていた。それが、ちょっとした副業として始めたWiSのSNSサービスが当たり、いまでは大IT企業になっている。

 そのおかげで、お父さんも出張が多くなって、舞子は一人っ子なのに両親がなかなか家にいない。

 「へえーっ。そうなんだ」

 稲子は感心したらしい。

 それは、毎日普通に使ってるSNSというものを運営しているところの人間が身近にいたら驚くよね。

 「だったら、舞子がWiSに書いたことって、ぜんぶ親に筒抜けになってるんだ」

 ぷっ。

 口に残っていた、融けたアイスクリームを吹きそうになる。

 しかも、黒い目を大きく開いて、まじめにきいているみたいだ。

 「それは、わたしのも筒抜けになるかも知れないけど」

 だから意地悪を言ってやる。

 「おんなじくらい、稲子のだって見られてるかも知れないよ」

 ほんとうは、倫理なんとかいうのがあって、よほどのことがないかぎり、社員はユーザーの書いたものは見られないのだけど。

 相手が娘であっても。

 もちろん、公開してるのとか、親宛のメッセージは別だけど。

 「いや、わたしのなんか見られてもいいんだけどさ」

 うぅむ個人情報保護の意識の低いやつ。

 「じゃ、いまわたしに見せてみ?」

とさらに意地悪を言おうかと思ったけど、ほんとうに見せてくれてもうっとうしいので、やめる。

 「あ、WiSって言えばさ」

 アドレス交換するとか、そういう話?

 まあいいけど。

 「このパンケーキの写真、撮っとくんだった。忘れてた」

 ……そんなのか!

 そんなことで、と思ったのが伝わったのか。

 「それは舞子はいつでも食べられるだろうけどさ」

 言って、名残り惜しそうに、生クリームとつぶあんがまじったものをすくい、パンケーキにかけている。

 「新治附属に来たらいつでも食べられるよ」

 舞子は最後の一口を食べてしまった。稲子はパンケーキを几帳面に切り取って口に運んでいる。もう湿ってぐにゃっとなっているはずのパンケーキを、稲子はやっぱり幸せそうな顔で時間をかけて噛んでいる。

 稲子のパンケーキ、舞子のより幸せかも知れない。

 味わって食べてもらえて。

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