第2話 きみは?

 外に出るとすぐにもわっとした空気が体を包みこんだ。曇っていて日は射していないけれどそれで十分に暑い。この子は太っているから暑さはもっとこたえるだろう。制服は胸のリボンをゆるめられるだけゆるめて、胸ぐりをいっぱいに開けている。だらしないと思うけど、ふしぎとこの子には似合っている。

 何より、この子が胸のところを「ぐりっ」と開けていると、「それでこういうのを「胸ぐり」っていうんだ!」としぜんに納得できる。違うかもしれないけど、舞子にとってはそれが真実だ。

 大げさだけど。

 その胸ぐりをいっぱい開けた胸の肌が白い。鎖骨が目立っていて、太っているにしては骨張っている印象がある。見ると顔も色白だ。日焼けしない肌質なのか? 頬がほんのり紅色で、顔だけ見ればお姫様っぽい。

 この子は自分の顔がじろじろ見られていると意識したらしい。それで舞子まこのほうから声をかけた。

 「大学の食堂、行かない? 日曜も三時までなら開いてるはずだから」

 「あ」

 やっぱり細い目をまたとても細くして答える。

 「わたし、よくわからないから、ついて行く」

 そんな主体性のないことでいいのか? 舞子が続ける。

 「一人?」

 「うん」

 「親、来てないの?」

 「うん」

 「うん」しか言ってない。このでぷっとした子はそれだけで元気がはち切れそうだ。

 「親、旅行業だから。いまカキ入れどきだから」

 目をさらにとても細くしてふふっと笑う。

 この子が「カキ入れどき」というと、ほんとうにくまでか何かでいろんなものをざざーっとかき寄せてその全部を自分のところの大きい袋に入れている感じがする。

 「で、きみは?」

 「きみ」?

 ……ま、いいか。

 「お父さんと来たんだけど、お母さんがここの大学の隣の研究所で加速器っていうのにつきっきりで実験しててさ、ずっと泊まりなんだ。そのお母さんに会いに行った」

 舞子の両親という名の現役ラブラブカップルにとっては、そっちが主目的だ。娘のオープンスクールはそのついで。

 さっき、あのアクセントが一オクターブ飛ぶ先生が言っていたスーパーサイエンスハイスクールの話もその母親からきいてだいたい知っていた。

 「加速器って何?」

 なんでそこに食いつく?

 「アトリエそねっとっていうところから『国際リニアコライダーがわかる!』って本が出てるから、それ読めばわかるよ」

 そう願いたいものである。

 「あ、それで知ってるんだ」

 何を?

 「大学の食堂が三時まで開いてるってこと」

 「ああ」

 それが普通の考えの道筋なのか、この子が変わっているのか、まだわからない。

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