第27話 邪神の守り人

「ドロシー!?」


 思わず叫ぶ。


「平気よ! それより明るくして!」


 上に跳んで避けたのだろう。

 視線を上げると逆さになったドロシーが天井に立っている。

 前衛の連中がたまに使う足裏に集めた精気で壁や天井に立つ技だ。


 女性勇者官の制服はスカートだ。

 熊の柄が入ったガキ臭い下着が丸見えだが、お互いに気にしている余裕はない。


光球ライティング!」


 俺は術を唱え直し、光量を上げた光球をドロシーの近くに飛ばした。


「なんだこいつ!?」


 そして見た。


 長い廊下の先、逆さ吊りのドロシーと対峙するように、見た事もない化け物が立っている。


 シルエットは人に似ていた。

 ぱっと見は筋肉質の大男といった所だろう。

 肌の色は死体に似て、四肢の先が触手のようになっている。

 頭はなく、首から胸元にかけて歯のない口のような穴が大きく開き、内側では黒い内蔵の詰め合わせめいた何かが激しいリズムで脈打っている。


「邪神の成れの果てにしてはちょっと地味ね。変な色の火を噴くわよ!」


 ドロシーが剣を抜く。


「うわああああ!? なんだあれは!?」


 追いついてきたセリアンが悲鳴を上げる。


「下がってろ! このバケモノ火を噴くぞ!」


 セリアン達に言うと、俺は手早く精気を練り上げる。

 ヤバそうなバケモノだ。

 怪我人が出る前に始末した方がいい。


「爆炎矢!」


 大抵の魔物を爆殺してくれる便利な術を唱える。

 建物の中で使うような術じゃないが、石造りの廃病院だ。

 火事の心配はないし、壊したって文句を言う奴はいない。


 見るからにヤバそうな魔物だ。

 魔術を使って防いでくるかと思ったがそんな事はなく、それどころか避けもしなかった。


 俺の放った爆発する炎の矢は魔物のどてっぱらに突き刺さり、すり抜けるようにして体の中に吸い込まれる。


「はぁ?」


 わけがわからない。

 こんな事は初めてだ。

 透過したのか?

 そう思った矢先、バケモノの身体が膨れ上がった。


 この魔物、俺の魔術を吸収しやがったのか!?


 直後、黒い内蔵の詰まった咥内が怪しく輝き、紫色の炎を吐き出した。


「――っ!? 魔壁!」


 両手を突きだし精気の壁を張る。

 黄昏色の壁が紫色の炎を食い止めるが、炎は紙を焼くようにして俺の張った防壁を焼き焦がした。


 んな馬鹿な!? 精気で編んだ壁なんだぞ!?


 こんな風に壁を焼かれるなんて想定外だ。

 慌てて逃げようとするが手遅れで、壁を焼き尽くした炎が俺を襲う。


 ――やべ、死んだ。


 そう思った瞬間、誰かの手が俺の足首を掴み、凄まじい力で後ろに引っ張った。


「うごぉっ!?」


 俺は引き倒されるように顔面から床に倒れ、物凄い速度で後ろに引きずられる。

 後頭部の少し上で邪悪な炎の燃える気配がした。


「大丈夫ですか!?」


 言ったのはマーブルだった。

 彼女の右腕には緑色の太い蔓が巻き付いていて、その先端は俺の足首に巻き付いている。

 マーブルは植物使いで、特殊な植物の種を成長させ、操る術を使うのだった。


「おかげさんでな、助かったぜ!」


 鼻血を拭って立ち上がる。

 思いきり顔面をぶつけたが、焼け死ぬよりはマシだ。


 大砲だって余裕で受け止める強度の壁を焼いたんだ。

 直撃したら骨も残らないだろう。

 そもそもどうやって精気の壁を焼いているのか分からんが。


「ちょっと!? こいつ、強いんだけど!?」


 ドロシーが悲鳴じみた声をあげる。

 俺の爆炎矢を食らって一回り大きくなったバケモノは、触手状の四肢を鞭のように伸ばしてドロシーを襲っている。


 ドロシーはゴムボールみたいに壁や天井を跳ねまわり、剣一本でさばいているが、避けるだけで精一杯の様子だ。


「まさか、本当に邪神の成れの果てだって言うんじゃないだろうな……」


 呟きながらジャッドが弓を構える。

 魔核を透視しているのだろう。

 ジャッドの目が細まる。


「――っがぁ!? クソッタレ!」


 ジャッドが毒づき、弓を下ろして目を覆った。


「どうした!?」

「魔核を視ようとしたら目を焼かれた! あの野郎の内側は、一ヵ月放置した生ごみみたいに汚ねぇ精気がつまっていやがる!」


 毒づきながら、ジャッドは弓を構え直す。

 魔核を狙うのは諦めて、精気で強化した矢を放った。

 その行方を俺は見守る。


 魔物は俺の魔術を吸収した。

 矢がどうなるか気になる所だ。


 バケモノが反応して、左の触手でジャッドの矢を振り払おうとする。

 ただの矢ならそれでどうにかなったろうが、ジャッドが精気で強化した矢は特別製だ。

 鉄板だって余裕で貫く。


 矢は触手の中程を貫き、そのまま魔物の胴体に深く突き刺さった。

 衝撃で魔物がたたらを踏む。


「チェストォオオオ!」


 雄たけびを上げながら、跳ね回っていたドロシーが背後から斬りかかる。

 魔物が相手じゃなけりゃなんて卑怯な奴だと呆れる所だ。


「シャオラー! あたしが最強! くたばれバケモノ!」


 背中をVの字に斬り裂き、ドロシーが距離を取る。


「って、なによこれ!?」


 手の中の剣の異変に気付き、ドロシーがギョッとする。

 魔物の血なのか、剣にはべっとりと黒い泥のようなものがこびりつき、黒い煙を上げながら剣を焼いていた。


「キモイキモイキモイキモイ!」


 ブンブンと剣を振り回して泥を払う。

 魔物の血の付いた部分は溶解し、黒く焼け焦げている。


「ちょっとおおお! これ支給品なのよ! どうしてくれんのよ!

 魔物に叫ぶが、伝わるわけないだろ!


 バケモノはと言えば、ジャッドの矢や剣の攻撃は効くらしく、背中から粘ついた血を零しながら身を捩っている。

 再生能力があるようで傷はみるみる塞がっていく。


飛翔刃フライングエッジ!」


 完全に回復される前に攻撃する。

 唱えたのは力場の刃を飛ばす術だ。

 三日月状の斬撃が高速回転しながら魔物の胴体を狙う。


 魔物は足の触手をバネのように使って跳躍するが、避け切れずに左足が膝下から斬り落とされる。

 火を吐く魔物だ。

 もしかしたら炎が効かないのかと思って切り替えたが、予想はあっていたらしい。


「そうと分かれば!」


 片足を失って跪くバケモノに右手を突きだす。

 魔砲弾でぶっ飛ばしてる!

 と。


「――――――――――」


 魔物が叫んだ。

 胸まで裂けた大口をばっくり開き、黒い内蔵が煮立ったように震えている。


 それは奇妙な叫びだった。

 音としては聞こえない。

 夜の廃病院は不気味な程に静まり返っている。

 それなのに、俺達は耳を抑えて悶え苦しんだ。


 声なき声、音のない絶叫が俺達を苛み、そこに宿る邪悪な意志が精神を壊そうと揺さぶりをかける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 セリアンが叫んだ。

 苦しみの悲鳴かと思うが、そうじゃない。

 それは挑発タウントに似ていた。


 意思を込めた精気を声に乗せて放つ技。

 そこにはただ、負けてたまるかと言う力強い決意の想いが込められている。


 セリアンの放った鬨の声ウォークライが魔物の絶叫を打ち消した。

 それも長くは持たないだろうが。

 その隙を見逃す俺じゃない。


「魔砲弾!」


 突き出した手の先から、超圧縮した精気の砲弾を放つ。

 魔物は右手の触手を壁に伸ばし、反動で避けようとする。

 が、足元に絡みついた蔦のせいで失敗に終わる。


「逃がしませんよ!」


 頼れるマーブルの声が響いた。

 おかげで魔砲弾は直撃し、キモイ魔物は膝から下を残して消し飛んだ。

 魔砲弾は貫通して、突き当りの壁に丸い穴を空ける。


「……ふぅ。なんつぅバケモノだ」


 どっと疲れて俺は言う。


「全員でかからなきゃ危なかったな」


 ジャッドも苦笑いだ。

 さっきセリアンとマーブルが帰っていたら俺は死んでいた。そう思うとゾッとする。


「あたしの見せ場だったのに! なんであんたがトドメさしちゃうのよ!?」


 ドロシーが悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 付き合い切れん。

 勝手に言ってろと俺は適当に手を振った。


 ◆


「魔物じゃない?」


 セリアンの言葉に俺は聞き返す。


「あぁ。暗くてよく見えなかったが、あんなバケモノでなかった事だけは確かだ。赤いローブのような物を着た人間だ」


 セリアンの言葉に俺達は顔を見合わせた。


「ほら見なさい! 邪神崇拝者の残党よ! きっとここで、怪しい儀式をやってるに違いないわ!」


 少し前なら寝言は寝て言えと言っている所だが、あんなバケモノを見た後じゃそうもいかない。


「肝試しのつもりが大事になったな」


 ジャッドが苦く笑う。

 これでタダ働きなのだから笑い話にもならない。


「そんな奴らがいるのなら、野放しにはしておけないな」


 セリアンが正義感を発揮する。

 マーブルの背に隠れてなけりゃかっこよく見えただろう。


「でも、何の為に?」


 自分自身に問いかけるようにしてマーブルが呟いた。


「犯人に聞いてみればいい。そうだろう?」


 俺の言葉にドロシーが獰猛な笑みを浮かべる。


「拷問してでも吐かせてやるわよ。この手の奴らがなにを考えてるのか、前から気になってたのよね」


 そして俺達は視線を一つにする。


 足元には、どす黒い精気の淀む階段が、地獄への入り口のように続いていた。

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