第28話 真夏の夜の悪夢

「勇者官よ! 抵抗するなら容赦しないわよ!」


 階段の先、鍵のかかった両開きの扉をヤクザキックで蹴破ってドロシーが叫んだ。


「……マジかよ」


 生臭い熱気と共に、噎せ返るような血の匂いが出迎える。


 そこに広がる凄惨な光景に目を疑う。


 最初に目に入ったのは血みどろの祭壇だ。

 人間の死体を張り合わせて作った悪趣味な寝台に、少なくとも三人分の惨殺死体が散らばっている。


 祭壇から流れた血は地面の溝を伝って、奥の魔術陣に流れ込んでいた。


 そこには、家賃を払って住めそうな程巨大な黒い心臓がビクン、ビクンと脈打っている。

 内側にはなにかがいた。


 鳥の様でもあり、牛の様でもあり、猫の様でもある。

 それでいて、そのどれとも違う奇形的な姿をしたそれは、巨大な胎児のように身を丸め、太陽のように輝いてその姿を透けさせている。


 それが放つ精気は禍々しく、全てを焼き尽くそうとするような激しい怒りに満ちていた。


 部屋の端には、スラムから連れてきたのだろう、生きているのが不思議なくらい痩せた、男か女かも分からないような人間が数人、生気のない目で座っていた。


 心臓の周りには、セリアンが見たと言っていたような、赤いローブを着込んだ怪しい連中が五人、三又の燭台を手にしてこちらを睨んでいる。


 どいつもこいつも絵に描いたような邪教徒だ。

 頭は剃り上げ、肌は生まれてから一度も太陽を浴びた事がないかのように青白い。

 身体は痩せ細って、目には狂気的な光が宿っている。


 酷い光景に、後ろのセリアンが胃の中身をぶちまけた。


「現行犯よ。言い訳があるなら聞いてやるけど」


 ドロシーはさして動揺した様子もなく、いつも通りの口調で尋ねる。

 勇者官がこの手のグロい光景になれているのか、ドロシーが特別なのか。

 俺は後者だと思うが。


「「「「「生きる炎よ! キルギルニスに栄光在れ!」」」」」


 声を合わせると、邪教徒共が燭台を掲げた。


 咄嗟に魔壁の準備をするが、その必要はなかった。


 邪教徒の身体は黒い炎に包まれて、灰も残らず燃え尽きた。


 自殺したのだ。


 心臓が鼓動を早め、内側から野太い赤子の鳴き声が聞こえた時、俺達は奴らが自らを生贄に捧げた事を知った。


 異常な状況の中、俺達が茫然として立ち尽くしていると、ドロシーがつかつかと心臓に歩み寄り、何の躊躇もなく腰の剣で心臓を引き裂いた。


 大量の粘ついた黒い血が溢れ、じゅうじゅうと音を立てながら床を焦がす。

 それを踏まないように注意しながら、ドロシーは流れ出したバケモノを動かなくなるまでめった斬りにした。


「――これでよし、っと」


 黒いねばねばを振り払い、剣を鞘に戻すと、額の汗を拭い、やり遂げた表情で言う。


「……いや、お前、すげーな……」


 割とマジで心から感心して俺は言った。


「なにがよ」

「……そういう所がだよ」


 なんでこんな奴が勇者官になれたのか不思議だったが、理由が分かった気がした。

 毒を以って毒を制す。

 そういう事なのだろう。



 その後俺達は、生き残りの人達を病院に送り届け――これも何かの縁だ。入院費と当面の生活費くらいは握らせてやった――それぞれの家路についた。


 長かった一日が終わる。


 あんなことがあったせいで俺は悪夢を見ないか心配だったが、そんな事もなく、むしろ久々に泥のように眠った。


 最初は疲れていたからだろうと思ったが、朝風呂を浴びに表に出て、そうではない事に気づく。


 涼やかな風が吹いていた。


 この世の終わりのような酷暑は去り、それまでに比べれば控え目すぎる程優しい夏の日差しが心地よく街を照らしていた。


 奴らがなにをしたかったのかは分からない。


 今となっては、全てが真夏の夜の悪夢のようだ。

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いわゆる普通の冒険者の日常物 ぇ、全然普通じゃない? 割とこんなものですよ? 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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