第26話 廃病院の怪
「悪かった、お前が正しい。廃病院は確かにあった。それでいいだろ、もう帰ろうぜ」
俺の説得を無視して、ドロシーはずんずん先に進んでいく。
「嫌よ。ここまで来たんだし、中がどうなってるか気になるじゃない!」
後ろのジャッド達が溜息をつく。
最初から気乗りしない話だった。
ドロシー以外の全員が帰りたがっている。
勿論俺もだ。
この病院はマジモンだ。
あたりに漂う精気は濃く、胸糞の悪くなる負の感情に塗れている。
その辺のスラムとはわけが違う。
こんな所に女一人を置いて帰れる程俺達は無責任じゃない。
なし崩し的にこいつの保護者扱いをされている俺だ。
さっきからどうにか説得しようと頑張ってはいるが、ドロシーは勇者官とは名ばかりの性格破綻者だ。
明らかに俺達が嫌がっているのを見て楽しんでいる。
こうなると、行き着く所に行くまで満足しないだろう。
廃病院の中は暗い。
仕方なく、俺はドロシーの頭の上に魔術で光の球を浮かべている。
中は完全な廃墟になっていた。
金目の物や使えそうな家具は根こそぎ奪われ、がらんとしている。
朽ちた建物にはあちこちに大きなひびが入り、壁には何かが暴れた後のような爪痕や、広範囲にわたる焦げ付き、呪術的な落書きや血しぶきの飛んだ跡がある。
「どうなってるって、ただの廃墟だろ。なにもありゃしねぇよ」
「はぁ? あんた、あたしの怪談忘れたの? 言ったじゃない、例の邪神の死にぞこないがうろついているかもしれないって。見つけてぶち殺したらボーナスが出るわ! 職場であたしの事を馬鹿にしてる連中もあたしの事を見直すに違いないんだから! 最近サボってばっかりなせいでちゃんと働いてくださいとか嫌味を言われてて辛いのよね。本当、可哀想なあたし」
「……いや、嫌味じゃなくて正論だろそれ」
本当にカスだなこの女は。
「なんでよ!? あんたらと違ってあたしはお給料で働いてるの! 働けば働いた分だけ損しちゃうのよ! 馬鹿みたいじゃない!」
「……じゃあなんで勇者官になんかなったんだよ」
この女と喋っていると頭痛がしてくる。
「公務員なら食いっぱぐれないし、女の勇者官は少ないからモテるって聞いてたのよ! 先生の嘘つき! 声をかけて来る奴は多いけど、ちょっと話すとみんなすぐにどっか行っちゃうのよ!? こんな超絶美少女を前にしておかしいと思わない!?」
おかしいのはてめぇの頭だ。
ドロシーと話しても埒が明かない。
俺は肩越しに振り返り、冒険者仲間に言った。
「ドロシーはこの通りだ。お前らは先帰ってていいぜ」
俺以外の三人はドロシーと大して面識もない。
俺だって別に親しいわけじゃないんだが。
それはそれとして、ジャッド達は俺を気遣って付いて来てくれているようなものだ。
ビビりのセリアンをこれ以上連れまわすのは可哀想だし、マーブルだってセリアンと甘い夜を過ごしたいだろう。
ジャッドだってこんな一ストーンにもならない茶番に付き合うくらいなら家で寝ていたいはずだ。
「そうしたいのはやまやまだがな。この廃病院はまともじゃない。もしかすると、本当に邪神の成れの果てとやらがいるかもしれん。そうなると、お前たち二人だけじゃ手に余るだろ」
苦笑いでジャッドが答える。
なんだかんだ、友達甲斐のある奴なのだ。
「まぁ、お前がその嬢ちゃんと二人っきりになりたいって言うのなら空気を読むが?」
「勘弁してくれ……」
げっそりして俺は言う。
「とまぁ、そういうわけだ。流石に三人いればどうにかなるだろ。お前らは付き合わなくていいぞ」
ジャッドがセリアン達に言った。
「そ、そうか? それでは私達はお言葉に甘えて……」
「帰っちゃうんですか?」
残念そうにマーブルが言う。
「ぇ?」と、セリアンは意外そうだ。
「いえ、その……私もちょっと、この手の怪談には興味があるので。邪神の成れの果てというのが本当にいるのなら、見てみたいなと……勿論セリアンが嫌なら大丈夫ですけど……」
セリアンが助けを求めるような涙目でこっちを見て来る。
俺は肩をすくめた。
悪いが、してやれる事はなにもない。
がっくりうなだれると、セリアンは覚悟を決めたらしい。
「奇遇だな! 実は私も同じように思っていた所だ! 邪神の成れの果て、楽しみだ! はっはっは!」
震える声で虚勢を張る。
そんなセリアンにマーブルはうっとりして身を寄せた。
「……ありがとうございます」
「……う、うむ」
「ちょっとぉおおおお! 人をダシに使ってイチャイチャしないでくれるぅううう!?」
良い雰囲気をドロシーがぶち壊した。
他人の幸せを喜べないタイプのクズなのだろう。
知ってたが。
そういうわけで、俺達は廃病院の探索を続ける事になる。
「それはそうと、どこまで行ったら満足するんだ? まさか、全部の部屋を調べて回るとか言わないよな」
けっこうでかい建物だ。
数時間はかかるだろう。
夜も遅い。
連日の暑さで寝不足だ。
終りくらいは決めておきたい。
「勿論化け物を見つけるまでよ! と言いたいけど、あたしも明日は仕事があるし。とりあえず怪談に出てきた地下室を探してみて、何もなかったら今日の所はおしまいね」
意外に堅実なラインで安心した。
今日の所はという言葉が不穏だが、突っ込んだら藪蛇だろう。
聞かなかった事にして話を進める。
「そうと決まれば、さっさと地下室とやらに行こうぜ。どこにあるんだ?」
「あたしが知るわけないでしょ。馬鹿なの死ぬの?」
殴りてぇ~。
力の入る右手を必死に左手で抑える。
「うわあああああああ!?」
「うぉっ!? なんだよセリアン!?」
突然の悲鳴に驚いて振り返る。
セリアンは泣きそうな顔で右手の薄闇を指さしていた。
「いいいいまあそこに誰かいた!?」
「誰かって、人か?」冷静にジャッド。
「わからない! 変な格好で、き、きっと邪神崇拝者だ!?」
ドロシーが飛び出した。
「馬鹿! 一人で行くんじゃねぇ!」
光球は俺が操っている。
自動追尾なんて器用な真似は出来ないから、俺から離れればドロシーはお先真っ暗だ。
「そう思うなら早く来なさいよ!」
振り向きもせずドロシーが言う。
あのクソアマ。
このまま帰ってやろうかと思うが、流石にそういうわけにもいかない。
舌打ちを鳴らし俺は駆けだす。
突発の事なので月光瓶など誰も持っていない。
俺が魔術で生み出した光球だけが頼りだ――ジャッドは暗視が使えるが――当然、俺が離れればジャッド達を照らす明かりがなくなる。
「やだぁ!? ままま、待ってくれぇ!?」
情けない声をしてセリアンも追って来る。
残る二人も後に続いた。
「敵よ!?」
先行するドロシーが叫ぶ。
直後、紫色の炎が女勇者官を飲み込んだ。
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