第25話 ひとでなし
「良く出来た話だったな。自分で考えたのか?」
いい感じに夜も更けていた。
ドロシーの話で今日の集まりはお開きになり、店に残る客はまばらだ。
「本当だぞ! 私なんか怖くてチビってしまった!」
マーブルに抱きつきながら、言わなくていい事をセリアンが言う。
「あぁ。大したもんだ。今夜はみんな、震えながら寝る事になりそうだ」
ジャッドも感心している。
なにをやっても上手くいかないヘボ勇者官だと思っていたが。
意外な才能を秘めていやがった。
ムカつくところの多い奴だが、良い所は素直に褒めるのが冒険者の流儀だ。
「はぁ? なに言ってんよ。本当の話だって言ったでしょうが」
話代として冒険者達から巻き上げた大量の酒を浴びるように飲みながらドロシーが言う。
「そういうていだってのは分かってるけどよ。作り話なんだろ?」
「あんたねぇ、このあたしにそんな器用な真似出来ると思ってるわけ?」
ドロシーは馬鹿にするような目をした。
俺達は顔を見合わせる。
怖い話ではあったが、内心誰もが作り話だと思っていた。
だからまぁ、怖くはあるが笑っていられた。
「冗談はよせよ。俺達は仕事でスラムに入る事があるんだぜ。そんな話聞いた事ねぇし、もし本当なら笑えねぇぞ」
「そんな事言われても知らないわよ。先輩から聞いた話だし」
なんだそうか。
ホッとして俺達は胸を撫でおろす。
「なによその顔。あたしが騙されてるっていいたいわけ!?」
「いやまぁ、そういうわけじゃねぇけどよ」
思っているがわざわざ言う気はない。
この女にそんな事を言っても面倒になるだけだ。
「気にする事はないぞドロシー! 私もよく騙されるからな! はっはっは!」
と、セリアンがいらない慰めをする。
お陰で変な火がついちまったらしい。
ドロシーは勢いよくジョッキをテーブルに叩きつける。
「いいわよ! そこまで言うなら確かめに行きましょう!」
こうなると思ったから余計な事は言わなかったんだが。
◆
スラムは魔都だ。
穢れた精気が紫煙のように淀んでいる。
辺りの建物は朽ちて果て、負の感情を帯びた精気の影響を受けて高熱を出した時に見る悪夢のように変容している。
道の先に、襤褸切れを纏ったスケルトンが五体こちらを威嚇するようにカタカタと顎を鳴らしている。
元はスラムの住人だ。
犯罪者か貧乏人かは知らないが、どちらにせよ手にかけるのは気が引ける。
仕事ならいざ知らず、遊び半分の肝試しとなればなおさらだ。
まだ声にだす者はいないが、俺達の間には迂回しようという気配が漂っていた。
ただ一人を除いて。
「うらららららぁ~!」
全身に景気よく精気を漲らせ放たれた矢のように突っ込む。
腰にさした片刃の剣――勇者官の支給品で片方の刃は潰してある――を素早く抜くと、何の躊躇もなく哀れな白骨死体の頭を叩き割った。
「しゃらぁああああ!」
楽し気な雄たけびを発すると、血も涙もない女勇者官はあっという間に五体のスケルトンを原型がなくなるまで砕き切った。
「ふぅ~! どうよ! あたしの強さに驚いて声も出ないかしら?」
額に滲んだ汗を拭うと、誇らしげな顔でドロシーが振り向く。
「いや、ドン引きして声がでねぇだけだが」
「仮にも勇者官だろ。嬢ちゃんには人の情って奴がないのか?」
「ひぇぇぇ……そんな事をしたらバチが当たるんだぞ!?」
「……野蛮ですね」
「なんでよぉおお!?」
口々に非難され、ドロシーは納得がいかないとばかりに頭を抱える。
あの後なんやかんやあってドロシーの言う廃病院を確かめる事になった。
やる気満々なのはこいつだけで、俺達は全員耳垢程も気乗りしてなかったんだが、駄々をこねる事に関してだけは超一流のドロシーだ。
どうあがいても俺は逃げられそうになく、一人でこんな馬鹿と廃墟探索なんか死んでもごめんだから他の連中も巻き込んだ。
で、ドロシーの胡散臭い案内に従って歩いている内に魔物と出会ったというわけだ。
「なんでってなぁ……知らないかもしれねぇが、お前がたった今粉みじんにした魔物は元は俺達と同じ人間だったんだぜ?」
物分かりの悪い子供に言い聞かせるようにして俺は言う。
「それくらい分かってるけど!? 馬鹿にしないでくれる!?」
「分かってるなら余計にやべぇだろ……」
「あんた達こそどうかしてんじゃないの? こんなの人の骨に精気が宿っただけのただの魔物じゃない! 人間は死んだら無になって何も残らないんだから! いくら壊したってバチなんか当たんないし悪い事みたいに言われる筋合いもないの!」
ムキになって言うとドロシーはげしげしと足元に散らばったお骨を踏みつけた。
「だぁ!? やめろっての馬鹿野郎!」
慌てて止めに入り、全員でお骨を回収する。
どうしてこんなやべぇ奴が勇者官になれたんだ?
仲のいい冒険者にイーサ教の僧侶がいる。
この骨は後でそいつに供養して貰い、無縁墓地にでも埋めるとしよう。
げんなりしながらドロシーの後ろを歩く。
魔都化しているせいか知らないが、スラムは市街よりも蒸し暑く感じた。
「……精気が濃くなってきてるな」
訝しむようにジャッドが呟く。
言われてみればそんな気がした。
「……嫌な精気ですね。なんだか、胸がムカムカしてきます」
マーブルは苦しそうに胸を抑えている。
「や、やだ、おおお、脅かさないでくれ!」
ビビりのセリアンはマーブルの背に隠れるようにして肩に手を置き青くなっている。
邪悪な精気に負けないよう、俺達は精気を練り上げて身体を満たす。
「見て! あれ!」
程なくして、ドロシーは場違いな程明るい声で薄靄の向こうを指さした。
かなり昔に設置されたのだろう。
その辺りには半ば朽ちてボロボロになった杭が等間隔に並んでいる。
杭にはロープだったものの切れ端が残っていた。
足元に薄汚れた板切れを見つけ、俺は靴の裏で埃を拭った。
ペンキの滲んだ看板は読みづらいが、書いてある文字が読み取れない程ではない。
立ち入り禁止。
確かにそう書いてある。
それから少し歩いて、俺達は禍々しい精気を発する廃病院を発見した。
「ほらね! あったでしょ!」
ドロシーが嬉しそうに胸を張る。
夢であって欲しい。
言葉を失って、俺達は誰もがそう思った。
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