第24話 本当にあったドロシーの怖い話
街の東がスラムになってるのはみんなも知ってると思うけど。
その理由はあたしも知らない。
あたしが生まれる前からあそこはスラムよ。
職場の先輩に理由を聞いたら怒られたわ。
それについて聞いたり調べたりするのはこの街のタブーなんだって。
仮にも街の平和を守る勇者官がそれはどうなのかってあたしは思うけど。
あそこには怪しい連中や、家のない貧乏な人達が住み着いているの。
穢れた精気の渦巻く危険な場所よ。
魔物は出るし、精気を操る術を持たない人はただいるだけで病気になる。
知られてはいないけど、毎年大勢亡くなってるわ。
無念でしょうね。
あたしだったら耐えられないわ。
酷い事に、放置された死体はアンデッドになってうろついている。
本当、酷い話よ。
浄化出来たらいいんでしょうけど、規模が大きすぎるし、そんな事したってお金にならないから、教会の連中も見てみふりよ。
でも、みんながみんなそうだったわけじゃないの。
中にはどうにかしようとした人もいたらしいわ。
これは、そんな人のお話。
その人は街の有力者で沢山お金を持ってたの。
スラムの実情を知ってその人は嘆いたわ。
自分にも何かできないだろうかって。
そこで、その人はスラムに救済病院を建てたのよ。
犯罪者でも貧乏人でも、分け隔てなく治療する無料の病院よ。
立派な話よね。
ろくに働きもしないで贅沢三昧の金持ち共に爪の垢を飲ませてやりたいわ。
スラムに住んでるような犯罪者はまっとうな病院にはかかれない。
大金を払って怪しい闇医者にかかるのね。
それでも医者に診て貰えるだけましよ。
お金のない人たちは苦しみながら死ぬしかない。
そんな人たちにとって救済病院は希望だったわ。
怪我をした人、病気になった人、レイプされて子供が出来ちゃった人なんかが大勢押し掛けたそうよ。
本当にもう大盛況で、それだけの人達の面倒を見るにはかなりお金がかかったでしょうね。
それでも、その金持ちは喜んで私財を投げ出したわ。
自分は金持ちの家に生まれたってだけで物凄く幸せな生活を送っている。
少しぐらい不幸な人に分け与えてもなんてことはない。
むしろ、そうするのが当然って感じでね。
犯罪者まで助けるのはどうなのかって話もあったみたいだけど、それを言うならスラムに住んでるお金のない人たちはみんななにかしら良くない事をして生計を立ててるし、見逃す事にしたみたい。
勇者官にだって、そのくらいの情けはあったのね。
別に自分の財布が傷むわけじゃないし、好きにすればって感じ?
そのお金持ちは尊敬されて、救済病院の話は街の美談として広まったわ。
ところがそれから暫くして、妙な噂が囁かれるようになったのよ。
救済病院に行ったっきり、帰ってこない人達がいるって。
そりゃいるでしょうよ。
病院だもの。
誰もが生きて戻れるわけじゃない。
中にはお医者さんの力及ばず、死んじゃう人もいるでしょうね。
ところがある日、勇者官の詰め所にスラムの人間が助けを求めに来たのよ。
あの病院は邪教の館だ!
治療するふりをして、患者を生贄に捧げてる!
自分も危うくそうなる所を死に物狂いで逃げて来たって。
そんなまさか。
巷では聖人君子と呼ばれてるそのお金持が、どうしてそんな事するの?
きっと、別のお金持が名声を妬んで悪い噂を流そうとしているだけでしょ。
そう思ってその勇者官は取り合わなかったわ。
けど、似たような話があちこちで囁かれるようになり、スラムに妙な格好をした連中や、見た事もない強力な魔物が出るようになって、ようやく勇者官はなにかがおかしい事に気づいたのね。
ある夜、仲間を引き連れてガさ入れに向かったのよ。
そこで彼らは目撃したわ。
噂は本当だった。
病院の地下は邪神を崇める教会になっていて、そこには血みどろの祭壇が広がっていたの。
人の肉と骨を組んで作った悪趣味な祭壇よ。
祭壇の先には、大きな魔術陣が広がっていたわ。
そこには、赤ん坊が横たわっていたの。
とても大きな赤ん坊よ。
赤ん坊の形をした肉塊と言った方が近いのかもしれないけど。
そこで金持ちは、人の肉を食らい、死体を犯して、自らの信仰する邪神を育てていたのよ。
駆けつけた勇者官の働きで悪魔の心を持った金持と邪神の赤子は始末されたわ。
でも、その時の騒ぎが原因で一帯の精気は酷く穢れてしまった。
その金持は街の政治にも関わるような有力者だったから、この事件を表に出す訳にはいかなかった。
金持ちは事故で死んだ事にされて、そのどたばたで救済病院とその一帯は閉鎖されたわ。
当時は怪しむ声もあったけど、その手のゴシップは幾らだって湧いて出る街でしょ?
すぐにみんな忘れたわ。
廃棄された救済病院だって、そんな所街の人間は誰も行かないからバレっこない。
こうして凄惨な事件は闇から闇に葬られたわけだけど。
その病院は、確かに今もスラムにあるわ。
そこでは今も、生贄にされた人達の怨念を帯びた精気が暗く淀んで、殺しきれなかった邪神の子供の慣れの果てが徘徊しているんだそうよ。
先輩は言っていたわ。
いつかその魔物は、スラムの精気を食いつくし、街に出てくるかもしれないって。
――あぁぁ!
俺達の背後にいる何かを見てドロシーが悲鳴を上げた。
「うわああああああああぁぁぁ!?」
セリアンが悲鳴をあげる。
俺達も驚いて一斉に振り返った。
……そこには。
……なにもいない。
「あはははは! ひっかかってやんの~!」
ドロシーが手を叩いて爆笑する。
悔しいが、すっかり肝を冷やした俺達だ。
文句を言える奴は誰一人としていなかった。
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