第23話 夏の夜の風物詩
「……うぅぅ、お腹痛い……お尻が焼ける……」
テーブルに突っ伏し、椅子からケツを突きだすように座ってドロシーが呻く。
激辛勝負は引き分けだった。
三品目のドラゴンフライとかいう見るからに邪悪な形をしたトウガラシの素揚げ――ガブスは馬鹿だ――を食っている最中にドロシーが吐いた。
その上腹を壊し、悲鳴を上げながら便所に籠った。
こうなっちまうと流石の冒険者達も興ざめだ。
負けてない! まだ続けると言い張るドロシーを引き分けで納得させて今に至る。
俺の腹も調子が悪い。
マーブル特製の胃薬をたっぷりの牛乳で流し込んだが、明日の朝は尻が火山になると遠回しに忠告された。
ドロシーに関わるといつもこうだ。
本当にろくなことがない。
ただ、馬鹿みたいに辛い料理をしこたま食ったお陰で涼しくはなっていた。
他の連中も、悲鳴を上げながらガブスの拵えた激辛メニューを試している。
日は落ち始めていたが暑さが引く気配はない。
マーブルは日中に暖められた建物や道路が熱を放射するからだと言っていた。
なんでもいいが、とにかく不快で暑かった。
ミント油の効果はとっくに切れている。
激辛料理の涼しさだって明日の朝までは持たない。
また寝苦しい夜を過ごすと思うと憂鬱だ。
今日一日、あれやこれやとクーラーに頼らずに涼しくなる方法を探し求めた俺達だ。
自然と話題はそちらに寄る。
「夏の夜と言えばやはり怪談だろう」
ジャッドの一言で怪談大会が始まった。
女どもがキャーキャーと可愛らしい悲鳴を上げ、ガブスが気を利かせて店の照明を落とす。
薄曇りの夜だった。
竜の尻尾亭は歓楽街にある。
窓から差し込む他所の店の明かりを通行人が遮るたび、長く伸びた不気味な影が店内を駆け回った。
一端の冒険者なら怪談噺の一つや二つ持っている。
冒険譚、武勇伝の延長だ。
新しいネタを酒場で語らい、あるいは耳にするのは冒険者の楽しみでもある。
俺達はとっておきのネタを持ち寄って語り合った。
ある街の墓地で埋めたばかりの死体が消えてなくなる不思議な事件が頻発した。
墓地は場所柄精気が淀みやすい。
放置すれば、死体はアンデットと化して歩き回る。
そうなれば、管理する教会の面子は潰れる。
口の堅い冒険者が雇われ、事件の調査に当たった。
結果を言えば死体がアンデットになったわけではなかった。
墓泥棒の仕業だ。
それだけならば肩透かしだ。
もちろん、それで終る話じゃない。
墓泥棒にしてはおかしな所があった。
普通は金持ちの墓を暴く。
あるいは魔術士や学者等。
連中は死体と一緒に埋葬される金品が目的で、死体自体が目的なわけじゃない。
ところがその墓泥棒は、貧乏人だろうが構わずに墓を暴き、死体を盗んでいった。
勘のいい冒険者は死霊術士の仕業だと推理した。
術の練習をするのに死体を盗んでいったのだと。
惜しいが、間違った答えだった。
その冒険者は捜査を続け、その街で不審な行方不明者が続出している事に気づいた。
被害に合っているのは身寄りのない貧乏人ばかりだ。
誘拐事件であれば、貧乏人を狙う意味はない。
さらに調査を続けると、街のゴロツキ共の仕業だと分かった。
彼らは誘拐しているのではなく、貧乏人を殺してどこかに連れ去っている。
ある時、ついに冒険者はその現場に出くわし、犯人を尾行した。
たどり着いたのは街の郊外にある大きな屋敷で、ゴロツキ共は入口の大きなポストにそれを投げ入れた。
執事の男が現れ、ゴロツキ共に金を渡す。
金持ちが死体を買っているのだ。
死体ならなんでもいい。
だから墓場の死体が盗まれた。
盗む死体がなくなると、身寄りのない人間を殺して売りつけたというわけだ。
だが、どうして?
危険と知りながら、その冒険者は屋敷に忍び込んだ。
怪しい地下室を見つけた冒険者が部屋に入ると、中は血の海で溢れていた。
中には、嬉々とした表情で死体を弄ぶ狂気の男が一人。
冒険者は恐ろしくなって逃げ出した。
後の調査で、その屋敷にはある高名な医術士が住んでいる事が分かった。
医術士は人体の仕組みを解明し、自らの医術を高める為に死体を集め、解剖を行っていたのだ。
それに気づいた冒険者は勇者官に通報したが、その頃には屋敷はもぬけのからで、無残に切り刻まれた大量の死体が残るだけだった。
その医者は今も生きており、どこかの街で死体を切り刻んでいるかもしれない。
「うわああああああああ!?」
セリアンのクソデカ声に全員が飛び上がった。
「馬鹿野郎! 脅かすんじゃねぇよ!?」
「だ、だってぇ……」
涙目のセリアンは小さくなってマーブルに抱きついている。
「よしよし、大丈夫、怖くありませんよ」
マーブルはそんなセリアンを微笑ましく眺め、頭を撫でている。
「う、ぅう、これじゃあ今日は怖くて一人で眠れない! マーブル、私の家に来て一緒に寝てくれないか?」
「――っ! せ、セリアンがいいなら、喜んで……」
頬を染めてマーブルが言う。
いつの間にか呼び捨てだ。
セリアンが両刀――特に女に対しては節操がない――なのは有名な話だ。
下品な冒険者達がヒューヒューと囃し立てる。
「妬ましいわね……あたしも呼んでくれないかしら」
親指を噛んでドロシーが嫉妬する。
この街の女は両刀だらけだ。
「それよりお前も話せよ。勇者官だって怪談の一つや二つ持ってるだろ」
話を振る。
勇者官がどんな怪談を話すのか興味がある。
他の連中も同じだろう。
注目されている事に気づき、ドロシーは嬉しそうに平らな胸を反らした。
「まぁね! 当然よ! 詰所の連中には裏でオカルト陰キャ女って呼ばれてるあたしなんだから!」
……いや、それは悪口じゃね?
誰もがそう思いつつ、口に出さない程度の慈悲が冒険者にもあった。
「それは悪口じゃないのか?」
セリアンにはなかったようだが。
幸いドロシーの都合の良い耳には聞こえなかったらしく、気にせず怪談を始める。
「これはあたしが職場の先輩から聞いた話で、この街で本当に起こった事よ」
定番だが、心惹かれる導入だ。
現役の勇者官が口にすると一味違う。
俺達は息を飲んで聞き入った。
夜は更け、通りの雑踏も遠くなった。
それすらも、扇風機の低い唸り声に掻き消される。
熱帯夜が生温い手を伸ばし、誰かの喉がごくりとなった。
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