第22話 真夏の決闘

 店の真ん中に用意された特設ステージ――ただ椅子とテーブルを二つ並べて周りを空けただけ――に座る。


 隣には酔っぱらって目の座った糞馬鹿勇者官。

 俺はそこまで酔っちゃいないが素面には程遠い。

 周りの連中も同じだ。


 オッズは俺が優勢だ。

 激辛だかなんだか知らないが所詮はただの早食いだ。

 男の俺の方が食えると踏んだ奴が多いのだろう。

 浅はかな連中だ。


 性格はともかく、顔と身体の作りだけは特注の人形みたいにきっちりした――こいつに対しては可愛いだの綺麗だのといった言葉は使いたくない。今日みたいな日は特にだ! ――ドロシーだ。


 華奢な身体をしているがこいつは立派な前衛タイプで、高練度の肉体強化を使いこなす。

 セリアンがそうであるように、その手の連中は大体みんな大食いだ。

 派手に動き回る分燃費が悪いんだろう。


 今日一日サボり通している――普段からろくに仕事をしている所を見かけないが――ドロシーがどれだけ食うか未知数だが、油断できない相手ではあった。


 と、俺は真面目に分析する。

 勝負事にはなんだって真剣な俺だ。


 そうでなくとも、この毒舌ヘタレわがまま勇者に負けたら暫くはしつこくからかわれる。

 今だって野菜教に捕まった時の事を恩着せがましく言われてるんだ――命を救われたのは確かだから勿論感謝はしているが――絶対に負けたくない。


「さぁやってきました! 竜の尻尾亭主催! 第一回、夏の暑さをぶっ飛ばせ! 灼熱の激辛大食い勝負! 司会はミルシャ、実況はジャッドでお送りします! ジャッドさん、早速ですがこの勝負、どちらに軍配が上がりそうですか?」


 おたまを片手にミルシャが料理が出来るまでの時間を繋ぐ。


「そうだな。ドロシーの嬢ちゃんの実力は未知数だが、自分から言い出したんだ、それなりに自信はあるんだろう。普段のフーリオは大食いってタイプじゃないが、食おうと思えばそれなりに食えるタイプだ。下馬評通り、フーリオがやや有利にって感じだが、こいつはただの大食い勝負じゃない。激辛大食い勝負だ。ガブスがどれくらい辛い料理を用意するか知らないが、それによってはかなり荒れる勝負になるだろうな」


 面白半分で実況を買って出たジャッドが訳知り顔で毒にも薬にもならない事を言う。

 脳みそに酒しか入ってない冒険者共は雰囲気で大盛り上がりだ。

 暫くして他の女給が料理の盛られた皿を運んでくる。


「さぁ! 一品目がやってきました! おおっと、こちらはパスタでしょうか? 見た目は夏野菜が沢山入った美味しそうなペペロンチーノです。ざっくりと刻んだナスと細く切ったピーマンが夏を感じさせてくれますね。トウガラシは特に多いようには見えませんが?」

「見た感じは特別辛そうには見えないが、料理好きのガブスの事だ。なにか仕掛けがあるんだろう」


 二人の視線に誘導され、厨房のガブスに注目が集まる。

 一人裸エプロンの――この暑さだ。扇風機は品薄で客のいるホールの分しか調達できなかったらしい。火を扱う厨房で働くガブスだ。野郎のプリケツなんて見たくないが、文句を言うのは可哀想だろう――店主が意味深な笑みを浮かべる。


「これは期待できそうですね! それでは早速、スタートです!」


 コーン! とミルシャがオタマで鍋を叩く。

 一品目だ。

 そこまで辛くはないだろう。

 ペペロンチーノを辛くしている輪切りのトウガラシだって多くはない。

 こいつはサクッと片付けて次に行きたい所だ。


 ざくりといい感じに火の通った野菜ごと絶妙な加減で茹で上がったパスタをフォークで突き刺し、くるりと巻く。

 俺とドロシーは同時に一口目を頬張った。


「「――ブッフォッ!?」」


 そして同時に思いきり噎せた。


 なんだこれ!?

 辛ぇんだけど!?


 咳込みならが水を飲む。

 トウガラシはそんなに入っていないのに、噛めば噛むほど辛くなる。

 どうなってるんだ!?


「両者苦戦しております! ここで種明かし! 実はこの料理に入っているピーマンのような野菜はぜ~んぶ青トウガラシだったのです! その名はベイビークライ・チリ。大の大人を赤ちゃんみたいに泣かせるのが名前の由来だそうです!」

「流石はガブスだ。一品目からとんでもない料理を出して来たな」

「ちなみに、トウガラシを入れ過ぎてしまった時は乳製品を入れると辛さが和らぎますので!」


 と、植物博士のマーブルが乱入して補足を入れる。


「びえええええええん! がらいよおおおおお! もうやだあああああ!」


 隣ではドロシーが赤ん坊みたいに泣いている。

 俺だって泣きたいっての!?


 犬のように舌を突きだし、はぁはぁと息を荒げながらペペロンチーノを攻略する。

 ガブスの野郎、なんて料理を作りやがった!

 大量の青トウガラシが辛いのは勿論だが、そこからしみ出した辛み成分をたっぷり吸ったナスが曲者だ。

 一口噛むとニンニクの効いた激辛オイルがしみ出して口の中を地獄に変える。


 それでも俺は着実に量を減らしていく。

 一方のドロシーはほとんど減っていない。


 ふっ、こいつは勝ったな。


「お~っと、ドロシー選手まったく減っていません! 勇者官の実力はこの程度のものなのか~!」

「がっかりだな」


 って、煽るなよ!?

 案の定マーブルは涙目になり、悔しそうに震えている。

 キッ! と俺を睨むと。


「もうちょっとゆっくり食べなさいよ!」


 と叫んできた。

 無視していると。


「ねぇ! ちょっと! ゆっくり食べてってばぁ!?」


 ガタガタとテーブルを揺らし、俺の足を蹴って来る。

 情けない様子に、ドロシーに賭けた連中がブーイングを始める。


「う、うっさいわね! は、ハンデをやったのよ! ここから本気出すんだから!」


 そう言うと、ドロシーは嫌いな料理が出てきた子供みたいな顔で皿の中身を睨み、目をつぶって一口食べた。

 小さな体がきゅっと縮まり、閉じた瞼の間からぼろぼろと大粒の涙が零れる。


「……おいフーリオ。可哀想だろ。手加減してやれよ」

「そーだそーだ」

「大人げねーぞ」


 途端に無責任な観客共が掌を返す。

 しめたとばかりにドロシーが乗っかった。


「そうよ!? あんた恥ずかしくないわけ!?」

「てめぇはなんで激辛勝負なんか挑んだんだよ!?」


 たまらず叫ぶ。


「タダでご飯が食べれると思ったんだもん!?」


 ベソをかいて迫りながら皿の中の青トウガラシを俺の皿に移動させる。


「てめ! 張っ倒すぞ!?」

「はっ! どんな手を使ってでも最後に勝った人が正義なのよ!」


 恥も外聞もなく開き直る。

 青トウガラシを移し終えると、ドロシーは意気揚々とパスタを口に運んだ。


「――びえええええ!? なんでまだ辛いのよ!?」


 アホが。

 ヤバいのは青トウガラシよりもエキスを吸ったナスなんだよ!

 馬鹿を尻目にどうにか俺は激辛パスタを完食する。


「フーリオ選手完食です! ドロシー選手の妨害をものともせず、見事一品目の激辛パスタを食べ切りました!」

「出された料理は残さず食べる主義の男だからな。ああ見えて意外に根性もある。嬢ちゃんは出遅れたが、手段を択ばないダーティープレイを使う事が分かった。巻き返しのチャンスは充分あるだろうな」


 ……は?


 すっかり勝った気になっていた俺は、二人の言葉に耳を疑う。


「大食い勝負なんだから! どっちかがギブアップするまで終らないんだからね!」


 俺を指さしてドロシーが言う。


 空いた手は、女給に注文した牛乳をびしゃびしゃと激辛パスタにぶっかけている。


「お~と! ドロシー選手! マーブルさんの助言を生かし牛乳で辛さの中和を計った~! これには店長も苦笑いです!」

「普通の人間なら行儀が悪くてとてもじゃないが真似できない。それを平然とやってのけるのがこの嬢ちゃんの怖さだな」


 ……いや、これ、まだ続けんの?


 げっそりとする俺の目の前に、地獄の血の池みたいな色をしたスープが置かれた。


 立ち昇る湯気だけで目が痛い。


 ……これ、食わないとダメか?


 泣きそうな心地でミルシャを見る。


「頑張れフーリオ!」


 無邪気な声援を送られて、俺は死に物狂いでスプーンを握った。

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