第21話 不良勇者官

「う、うう、まだ、さみぃ……」

「あぁ、すごい効き目だな……」


 二人で呻く。

 多少は落ち着いたが、まだ身体は凍えている。

 サウナに入っても普通の湯につかっても寒い事に変わりはない。

 あまり長湯をすると待たせてしまうので、程々で切り上げた。


 セリアン達は既に上がっていて、休憩場のベンチに腰掛け、レモネードを片手にくつろいでいる。

 なんだか妙に距離が近い気がするのは気のせいか?


「…………」


 マーブルは様子が変だった。

 心ここにあらずと言った感じで、セリアンの肩に身を寄せながら、うっとりと夢心地で呆けている。


「マーブルの奴どーした? のぼせたか?」


 隣のセリアンに尋ねる。

 こちらはこちらで栄養満点の美味い料理を腹いっぱい食べた後みたいに満ち足りた顔で艶々している。


「ま、そんな所だ」


 なぜか得意気だ。


「こいつら、風呂場で乳繰り合ってたのよ」


 隣に立つ小生意気な顔をした黒髪の貧乳女が呆れた顔をして二人を指さした。

 そのセリフが気になるが、その前に突っ込む事がある。


「……いや、なんでお前がここにいるんだよ」


 青い制服を着たその女は、勇者官のドロシーだった。


「あら、ご挨拶じゃない。誰のお陰でステーキにならずに済んだか忘れたわけ?」

「うぐっ……」


 痛い所を突かれて俺は呻く。

 

 以前、街で肉食に反対する怪しい宗教が流行った事があった。

 どうしても肉が食べたかった俺は隠れて肉を提供する怪しい店を訪ねたんだが、それは野菜教の罠で、毒入りの人肉を食わされて危うく食材にされかけた。

 偶然とはいえ、その時助けてくれたのがドロシーだった。


「それについては感謝してるって」

「感謝なんかいらないから態度で示しなさいよ。具体的にはあたしの足を舐めて三回回ってワンと鳴きなさい」

「いいのか!? 本当にやるぞ!?」


 足元に這いつくばると、ドロシーはひぃ!?

 と悲鳴をあげて飛び退いた。


「な、なにすんのよこの変態!?」

「てめぇがやれって言ったんだろ! ボンクラ勇者!」


 とまぁ、俺とドロシーはこんな関係だ。

 ドロシーは無暗に高圧的な癖にヘタレな奴で、よくわからんが目が合うと絡んでくる。

 勇者官の制服を着たチンピラみたいな女だ。


「ボンクラって、そこまで言う事ないでしょ!?」


 涙目になって言ってくる。

 人には散々暴言を吐く癖に、ガラスよりも撃たれ弱い女だ。


「で、なんでお前が俺の仲間と一緒にいるんだよ」

「別に一緒にいたわけじゃないわよ。こんなクソ暑い中パトロールなんかしてられないでしょ? 汗かいちゃったし、サボってお風呂屋さんに来てたわけ。そしたらこいつらが急にイチャイチャしだすから眺めてたのよ。はぁ、あたしも家事をしてくれて養ってくれるかっこよくて胸の大きいちょっとエッチで頼れる彼女が欲しいな~とか思いながら。で、なんとなくそのまま追いかけてたらあんたが出て来て、なんか知り合いみたいだから突っ込んだだけよ」

「怖っ」


 なに言ってんだこいつは?

 マジで脈絡がなくて怖いんだが。


「引く事ないでしょ!?」

「うるせぇボケ。勇者官だろ。サボってないで働けっての」

「だからぁ! そこまでいう事ないでしょ!?」

「そうだぞフーリオ! 彼女は私のファンなんだ! 意地悪を言うのはやめて貰おう!」


 妖怪女食い散らかし女が言う。


「うるせぇよ! 言っとくが、お前がマーブルを食っちまった事については見逃してねぇからな!」

「お前だってマーブルと寝たじゃないか! 私はちゃんと憶えているぞ!」


 それを言われると言い返せねぇ!


「ちょっと、あたしは別にあんたのファンじゃないんだけど!?」


 ドロシーが割って入る。


「む? そうなのか? だったら庇う事はないな。フーリオ! 好きなだけ悪口を言っていいぞ!」

「ばーかばーか給料泥棒お前のかーちゃん糸ミミズ―!」

「は、はぁ!? な、なによ! あんた、いい加減にしないと泣くわよ!?」


 ほとんど泣いてるだろうが。

 不良勇者官とくだらないコントをやっていると、ハッとしてマーブルが現実の世界に戻って来る。


「お、気づいたか。マーブル、ミント油凄かったぜ!」


 マーブルは俺の言葉に目をパチパチさせると、ポッと頬を赤くして言うのだった。


「はひ……こっちも凄かったです……」


 いや、しらんがな。



 そんなこんなで竜の尻尾亭に戻って来た。


 ミント油の効果は絶大で、灼熱の太陽に照らされながら帰ってきても汗一つかいていない。

 流石に時間が経つと効果が落ちて凍える程ではなくなっているが、それでも十分に涼しい。

 マーブルが言うには涼しいと身体を勘違いさせているだけなので過信すると熱中症になるとの事だ。

 まったく物知りな奴である。


 俺達が風呂を浴びている間にガブスが大型の扇風機を仕入れていて、涼しいと言うにはまだ物足りないが、冒険者が下着姿じゃなくなる程度には暑さを和らげていた。


「クーラーが壊れたと聞いた時にはどうなる事かと思ったが、案外どうにかなるもんだな」


 扇風機の首がこちらを向くのを待ち遠しく思いながら、冷えたビールを傾ける。


「うむ。ミント油は素晴らしいな! 涼しいだけじゃなく香りも良い。流石は私のマーブルだ!」


 いつからお前のになったんだ?

 マーブルもすっかりセリアンに懐いて身をもたれている。


 ……別に悔しくなんかない。

 たった一回寝ただけだ。


「そんなに効くんならあたしも入っとけばよかったわ」


 言ったのはドロシーだ。

 どういうつもりか友達みたいな顔をしてついてきた。

 四人掛けのテーブルを五人で使っているから狭くてしょうがない。


「だからなんでお前が居るんだよ」

「サボりだって言ってるでしょ。馬鹿なの死ぬの? あたし職場に友達いないし、一人でプラプラしてても寂しいだけだから混ぜなさいよ」

「……自分で言ってて悲しくならないか?」

「悲しいって言ったらお酒奢ってくれる? ギャンブルで負けて今月苦しいのよね」

「本当にクズだなお前は」

「は? 泣くわよ?」

「可哀想だろ。奢ってやれよ」


 ニヤニヤしながらジャッドが言う。

 五〇〇%面白がってやがる。


「やだよ。懐かれたら面倒だろ」

「もう手遅れだろ」

「そうだそうだ! 私にも奢れ!」


 セリアンが言うと、関係ない連中まで後に続いた。


「じゃあ俺も!」

「あたしも!」

「お、今日はフーリオの奢りか?」

「あざーす!」

「違うって言ってんだろ!?」


 誰も聞いちゃいない。

 こんな事なら最初から素直にドロシーに奢ってやればよかったと思わせるのがこの女の恐ろしい所だ。

 明らかに理不尽な要求をしておいて、断ると余計に面倒な事になる。

 トラブルメーカーでは生温い。

 疫病神だこいつは。


 いつの間にかドロシーは他の連中と飲み比べを始めている。

 ……どいつもこいつも人の金だと思って!

 悔しいから俺もビールのおかわりを頼んだ。


 いつも通りのバカ騒ぎをやっていると、酔っぱらって制服を着崩したドロシーがこっちに戻って来る。


「フーリオ! あらひと勝負ひなはい!」

「いま大富豪してんだけど」


 俺とジャッドにセリアンとマーブルを加えて四人で脱衣大富豪をやっていた。

 マーブルが強すぎて、三人とも下着姿にさせられている。

 これで負けたら俺はフリチンだ。

 フリチンなんか恥ずかしくもないが、負けっぱなしは悔しい。

 せめて一勝くらいはしておきたい。


「う~~~~!」


 唸り声を発すると、ドロシーがテーブルにダイブして子供みたいに駄々をこねた。


「勝負するのするのするのするのするの~!」


 なんなんだこの女は?

 魔術で眠らせて生ごみの日に出してやりたい。


「付き合ってやれよ」

「そうだそうだ! お前が飼い主だろ!」

「その人とどういう関係なんですか?」


 ジャッドとセリアンが底ぬけに無責任な事を言う。

 マーブルはなんか目が怖いし。

 とりあえず、なんの関係でもない事だけははっきりと説明しておく。


「で、勝負ってなにすんだよ」

「ほれはね!」

「激辛大食い勝負だよ!」


 ミルシャが割って入った。


「ちょっほ!? わらひの台詞とらないれよ!」


 酔っ払いを適当に押しのけてミルシャに聞く。


「どういうことだ?」

「暑くてみんな食欲ないでしょ? 冷たい飲み物ばっかりだと身体に悪いし。辛い物なら食欲も湧いて、一周回って涼しくなるんじゃないかって店長と話してて。そしたらその人があたしに味見をやらせなさい! って。面白そうだからお願いしたら、フーリオと勝負するんだって言うから」


 ミルシャが厨房を指さす。

 数人の女給が取り仕切って、俺とドロシーのどちらが勝つか冒険者共に賭けさせていた。


 ……いやまぁ、この手の賭けはよくある事だが、自分が賭けの対象になると微妙な気分だな。


「で、ミルシャはどっちにかけたんだ?」

「勿論フーリオ! 期待してるからね!」

「当然。俺が勝ったら取り分寄こせよ」


 ダブルピースでミルシャが答える。


 よくわからん事になったが、俺はノリのいい男だ。


 こうなりゃ勝負でもなんでもやってやる。

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