第18話 冷風機

 堪えきれず駆けだして、転がるように店に入る。


 服を仰ぎ、冷えた空気を浴びようとして俺は愕然とした。


 涼しくない。

 というか、蒸し暑い。

 どうなってんだ!?


「待ってたぞフーリオ!」


 茫然とする俺にジャッドが声をかける。


 仲のいい冒険者で弓使いの優男は、ランニングに短パン姿で首にタオルを巻いている。

 とてもじゃないが、冒険者には見えない。


「おいジャッド! なんで暑いんだよ!?」


 裏切られた気分で尋ねる。


「連日の暑さでクーラーが壊れたんだとよ」

「はぁ!? 嘘だろ!?」


 俺のオアシスが……。

 まだまだ夏ははじまったばかりだってのに!


「って、壊れたなら直せばいいだろ!」


 カウンターの奥で働くガブスに振り向く。

 厨房が熱いのだろう、奴は上半身を裸にしてエプロンを着ている。


 ……カウンターのせいで見えないが、下を履いている保証はない。

 

 想像して俺は吐きそうになった。

 山賊みたいな大男の裸エプロンなんて誰得だよ!


「勿論修理は頼んだよ。けど、この暑さでクーラーをやられたのはうちだけじゃないみたいでね。業者が来るのは暫く先になりそうなんだ」


 目が合っただけで子供を泣かせるガブスが柔らかな物腰で喋る。

 相変わらず見た目と中身の一致しない奴だ。


「暫くってどれくらいだよ」


 ガブスが厳つい肩を縮めて人差し指を立てる。


「一週間だぁ!?」


 ガブスが首を振り、苦々しくジャッドが言った。


「一ヵ月だとよ」

「……嘘だろ。この暑さの中クーラーなしで一ヵ月とか死んじまうよ!?」

「だからお前を待ってたんだ。凍らせる術を使えただろ? そいつでちょちょいと店を冷やしてくれよ」


 ジャッドが言う。

 気がつけば、店の連中が期待するような目で俺を見ていた。


「……いや、いやいやいや! ちょっと待てよ! 確かに冷やす術は使えるが、クーラーじゃないんだ! 一日中冷やすとか無理だぞ!」


 そんな事が出来たら自分でやっている。

 魔術とは、可能性の力である精気を操り束の間の奇跡を起こす技だ。

 簡単な術でその術の達人ならある程度持たせる事は出来るだろうが、俺はその手の術の達人じゃない。

 基本的に俺は広く浅くの魔術士だった。


「それでもいいさ。部屋を閉め切ればそこそこ持つだろ。それで、また暑くなったらかけ直してくれればいい」

「あのなぁジャッド……」


 呆れて呻く。

 そんなのは俺も試した。

 氷雪系の術を使えば一瞬部屋は涼しくなるが、すぐに暑くなる。

 ほんの少ししか冷やしてないんだから当然だ。

 長く冷やすには、単純に温度を下げるしかない。

 凍てつくような極寒の風だ。

 今度は寒くて店にいられなくなる。


「お願いフーリオ! ちょっとでいいの! 暑くてどうにかなっちゃいそう!」


 ウェイトレスのミルシャが泣きついてくる。

 制服が暑いのだろう、元から大きく開いた胸元を仰ぐように伸ばすので、中の下着がもろに見えた。


「私からも頼む!」

「一杯奢るからよ!」

「頼むぜフーリオ!」


 と、セリアン他、店の常連が頼んでくる。

 とてもじゃないが断れる雰囲気じゃない。

 口で言っても分からないだろうし、実際にやってみる他ないだろう。


「わーったよ。そこまで言うならやってやるけど、駄目でも文句言うなよ」

「言うわけないだろ」


 ウキウキ顔でジャッドが言うと、冒険者共が窓や扉を締めた。

 それだけの事で熱気が籠り、店の中は蒸し風呂になる。


「よし、やってくれ!」

「あいよ。氷風グラシャラスウィンド


 適当に唱える。

 本来は極寒の風で相手を凍らせる術だが、そのまま使ったら死人が出るので限界まで力を抑える。


 心地よい涼風が部屋を駆け巡った。


「お~、これこれ」


 店の連中が立ち上がり、うっとりとした顔で服の裾をまくって涼風を肌に浴びた。

 三秒程して術が切れる。


「……もう終わりか?」


 肩透かしを受けた顔でジャッドが聞く。


「だから言っただろ。この手の術は長くは続かねぇんだよ」


 長く続けられる奴もいるかもしれないが、俺には無理だ。

 風が止むと、部屋はすぐに元の蒸し風呂に戻る。


「思ったよりすぐ暑くなるな……」


 どうせジャッドが言い出したんだろう。想定外という顔で考え込む。


「フーリオ! もっと冷たい風を出してくれ! そうすれば部屋も冷える!」


 脳筋のセリアンの言葉に他の連中も賛同する。


「いいけど、絶対後悔するからな。氷風」


 さっきよりも精気を増やして術を唱える。

 真冬の寒風に、薄着になっていた冒険者達は身を抱いて震えた。


「ひぃっ!?」

「さ、さささ、さむっ!?」

「冷やしすぎだろ!?」


 飛んでくる文句を睨みつけ、俺は言う。


「だから言っただろ! 俺の魔術じゃクーラーの代わりは務まらねぇんだよ! んな事が出来るなら自分でやってるっての!」

「ま、そうだよな」


 やっぱりそうかと言いたげにジャッドが肩をすくめる。


 冒険者共はがっかりした様子でそそくさと窓と扉を開け放った。


 ……俺のせいみたいな空気やめろよな!?

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