第16話 後日談

 その後について語るとしよう。

 翌日には、屋敷中を覆っていた空色の蔓と葉っぱは全て茶色いからからの塵になって床に積もった。そうなれば、植木屋を掻き集める必要もなくなる。日雇いのメイドを一塊雇って大掃除をした。

 日暮れ前には屋敷は綺麗になり、次の日には予定通り内装業者を呼んで細かい手直しをやらせた。

 元凶となった大木だが、こちらもマーブルの策が成功した。例の薄汚いタオルを巻いた所から、人間の赤ん坊程もあるお化けキノコが生えていた。

 これがまた変わったキノコだった。

 水晶のように透き通って、色は薄っすらと青味がかっている。なだらかな山のような傘の表面には細い筋が無数に入って、傘の縁は雫が垂れさがったような奇妙な形をしていた。

 キノコは日増しに大きくなり、それに比例して木は痩せ細った。四日目の昼間には自重を支えきれなくなって崩壊した。大きな木だったが、その頃には内側を全部キノコに食われていてスカスカだった。僅かに残った表皮が砕けただけで、何の被害もない。

 かくしてマダムの屋敷は元通りになり、一件落着、めでたしめでたしで幕を閉じた。

 一つだけ、ちょっとした誤算があった。

 マダムが例のキノコを気に入ってしまった事だ。

 確かに美しいキノコだと思った。

 俺が思うくらいだから、他の奴もそう感じたのだろう。

 マダムは金持ち仲間に水晶キノコを自慢し、金持ち仲間はそれを羨んで、冒険者を使って珍しいキノコを集め始めた。

 かくして、雑草ブームは終焉を迎え、世は大キノコ時代に突入する。

 俺はと言えば。

 性懲りもなく、ジャッドと共に人食い森に入っていた。

 勿論、目指すは高値で売れそうな珍しいキノコだ。

 前回の失敗からなにも反省していない?

 いいや。

 まさか。

 俺達だって馬鹿じゃない。

 素人が遊び半分で魔境の植物に手を出すとどうなるか、今回の一件で痛い程身に染みた。

 だから今回は、その道のプロを誘っている。


 ◆


「こいつはどうだ!」


 燃える炎を閉じ込めたような、真っ赤な角状のキノコを手にマーブルに尋ねる。


「灼熱茸ですね。猛毒を持ったキノコで触っただけで皮膚が痛くなります。それを触った手で目を擦ると失明するので気を付けてくださいね」

「マジかようわあああああ痛ぇええええええ!?」


 文字通り、灼熱の炎に焼かれるような痛みを感じ俺は悶絶する。大慌てで集水の術を使い、空気中の水分を集めて手を洗う。


「はっはっは! お前は馬鹿だなぁフーリオ! 派手なキノコには毒があると相場が決まっているだろうが! さぁマーブル! 私のキノコを見てくれ! すごく大きいだろう!」


 セリアンが持ってきたのは、一抱え程もある巨大キノコだ。色は純白で絹のような光沢があり、鳥の翼のような形をしている。


「天使の先触れ茸ですね。天使の羽のように美しい見た目と、食べると数日後に突然死する事からそう呼ばれています。それを触った手で目を擦ると失明するので気を付けてくださいね」

「いやああああああ!? フーリオ! 水! 水をだしてくれ!?」


 天使のなんたらを遥かかなたにぶん投げると、セリアンが泣きついてくる。こっちは痛みが引かなくて必死なんだが。可哀想なので水を出してやるとする。


「たく、お前らは本当に見る目がないな。毒キノコかどうかなんて、ぱっと見で大体分かるだろうが。マーブル、俺のキノコがいかに素晴らしいか奴らに教えてやってくれ」


 盛大な前振りをかましながら、ジャッドがキノコを差し出す。

 ……それは本当にキノコなのか?

 名状し難い姿をしたそれは、虚空から突き出した四本の赤い触手にしか見えない。

 ……てか、明らかに動いてないか?


「それはキノコじゃないですね。怖いのでこっちに近づけないで下さい」


 案の定マーブルはノーキノコ判定を出し、ジャッドから距離を取る。


「は? ――いでででで!? この野郎、噛みやがった!? フーリオ!? なんとかしてくれ!」

「うるせぇ! こっちは痛みが引かなくてそれどこじゃねえんだよ! てめぇでなんとかしろ!」

「フーリオ!? もっと水を出してくれ! なんか手がぬるぬるして気持ち悪い!」

「見てくださいフーリオさん! これ、シイタケによく似てますけど、猛毒のキノコなんですよ! 地味ですけど、凄く珍しいんです! ちなみにこれを触った手で目を擦ると失明するので水を出して貰てもいいですか?」


 マーブルまでそんな事を言ってくる。

 だぁ! めんどくせぇ!

 そんなに水が欲しけりゃくれてやるよ!

 焼けるように痛む右手を高く掲げ、ありったけの力をこめて集水の術を使う。

 人食い森の空、俺達の頭の上にだけ小さな暗雲が立ち込める。

 程なくして、バケツをひっくり返したような豪雨が俺達を襲った。

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