第14話 男と女

「……素直に私を戦わせた方がよかったんじゃないか?」


 不貞腐れるのを通り越して、呆れた様子でセリアンが言う。

 大カマキリはなんとか倒したが、俺もジャッドもボロボロだ。戦えない程ではないが、あちこち怪我をして精気の消耗も激しい。

 大人しく左腕の折れたセリアンに頑張って貰えば楽は出来ただろう。冒険者は実力主義で、男も女もないという事になってはいるが、そうは言っても手負いのセリアンを化け物と戦わせて自分達だけ安全な後方に隠れていては男の沽券に関わる。

 見栄っ張りの馬鹿と言われればそれまでだが、女の股から生まれた身としては、気にしないわけにはいかない。そんな事を言えばセリアンの冒険者としてのプライドを傷つけるだけなので口にはしないが。


「……うるせぇな。勝ったんだからいいだろ」

「女だからと言って守られるのは気に入らない。格闘戦でも身体の頑丈さでも剣士である私の方が上だ。お前達には私が死にたがりの戦闘狂に見えるかもしれないが、私だってまだ死にたくはない。お前達が私を守っているように、私にもお前たちを守らせてくれ。そうでなければ不公平だ」


 珍しく真剣な顔をしてセリアンが言う。

 どうやら見透かされていたらしい。

 俺とジャッドはバツが悪そうに視線を合わせ、声を揃えた。


「「悪かった」」

「うむ。次からは気を付けるように」


 セリアンの言う通り、前衛は前衛で背負っているものがあるのだろう。同じように、女には女の意地がある。そうでなくとも、確かな実力があるのに一方的に庇われて怪我をされては面白いはずがない。俺達のやったことは身勝手な男のエゴだった。

 それでも俺達は、同じような事があったら同じように庇うだろう。

 理屈は分かるが、俺達は女の股から生まれるのだ。

 冒険者としてのセリアンを認めていないわけではないが、そう簡単にはこちらも変われない。


「ふふ。そうしょぼくれるな。私だって女だ。お姫様扱いされるのは嫌な気分じゃない」


 慰めだけの言葉ではなさそうだ。甘えようと思えば甘えられるが、それをしないのは女の意地なのだろう。

 男も女も意地っ張りだ。どちらか一つしかなければシンプルでいいんだろうが、それじゃああまりに味気ない。

 ジャッドに魔核を射貫かれて塵になった大カマキリと一緒に大広間で短い休憩を取る。因みに俺は超重量の力場で足止めをした。本当は圧し潰すつもりだったんだが、流石に無理だった。惜しい所まではいったんだが。

 休みすぎると根が生えそうだ。程々で尻をあげ、俺達は先に進む。

 大広間を越えれば苗の部屋はすぐそこだ。

 大カマキリとの一戦で全員負傷しているが、大蟻程度ならなんとかなる。

 とりあえず苗の部屋まで行ってみて、何もなければ始末すればいい。

 ヤバそうな魔物がいたら無理は禁物だ。悔しいが、一旦店に戻って増援を頼むしかない。

 幸い道中に魔物はいなかった。大カマキリが食ってくれたのだろう。もしそうなら、もう少し泳がせてもよかったかもしれない。

 蔓だらけの廊下を抜け、俺達は苗の間にたどり着いた。

 入口から少し覗いただけでジャッドが首を横に振った。

 そんなにヤバい状況なのか?

 俺とセリアンが横から顔を突きだして中を覗く。

 悲惨な光景に頬が引き攣った。

 一昨日まで小樽に収まる程度の大きさだった苗は立派な大木に成長し、天窓を突き破って空色の蔓を伸ばしている。屋敷の中に生えているのだ。倒れた時の事を考えると切り倒す事も出来ない。切った所でどうやって運び出せばいいんだ?

 それだけなら植木屋と相談してどうにかなる話だが、苗の間には精気を含んだ樹液を求めて大量の大蟻で溢れていた。ざっと数えても十以上。本体に近いと樹液の精気が濃いのか、これまで相手にしてきた大蟻の倍以上の大きさがあり、外殻は禍々しく変異している。

 大カマキリ程は強くないだろうが、負傷した俺達の手に負える相手じゃないのは明らかだ。

 流石のセリアンも戦おうとは言い出さない。しかめっ面でジャッドに頷くと、俺達は回れ右をして屋敷の外へと引き返した。



「あ、フーリオさん!」


 意気消沈した俺達が玄関から出ていくと、マーブルが表で待っていた。

 へちゃむくれの可愛い女冒険者は、虫眼鏡を片手に這いつくばって足元の蔓を観察している。

 どうやって運んできたのか、背後には水樽が三つ置いてある。


「マーブル? 手伝いに来てくれたのか?」

「はい♪」


 驚く俺に、マーブルは立ち上がって、嬉しそうに胸元で手を合わせた。


「って、怪我をしてるじゃないですか!? だ、大丈夫ですか!?」


 ボロ雑巾のような俺達を見て、マーブルが顔色を変える。


「大蟻だけじゃなくカマキリの化け物までいてよ。そいつがまぁ強いのなんのって。ぶち殺したが、お陰でボロボロだ。苗のある部屋までは行けたんだが、中は魔物化した蟻だらけで、苗は屋根より高く育ってる。流石に手に負えないんで、暇な連中に手伝って貰おうと思って引き返してきた所だ」


 情けない姿を見られ、俺は苦笑いで肩をすくめる。


「それは良かったです! ぁ、いえ! そう言う意味じゃなくてですね!? その、色々と用意をしてきたので、役に立ちそうで良かったなと……って、これも良くないですね……ご、ごめんなさい、悪気はないんです!」


 涙目になってマーブルが訴える。

 見るからにお人よしのマーブルを見て皮肉を言われたと思う程心の狭い奴は俺達の中にはいない。


「それは分かるが、用意ってのは後ろの樽か?」

「はい! 知り合いの魔薬屋さんに手伝って貰って、殺虫剤と除草剤を作ってきました!」


 マーブルの言葉に、俺達の目が点になる。

 殺虫剤と除草剤だ? そんなの、考えもしなかった。


「横からすまんが、そいつは効くのか?」


 目の色を変えてジャッドが尋ねる。

 マーブルの用意した薬でどうにかなるなら大助かりだ。


「それは、その……虫も植物も種類によって毒になる成分は変って来るので、全てに大して効果があるといは言えないんですが、殺虫剤は除虫菊とアリクイ茸のエキスを元にしたので、この辺にいる昆虫を元にした魔物なら大体効くんじゃないかと……ぁ、でも、神経系に作用する毒なので、生命力の強い個体は麻痺するだけで完全には死なないかもしれなくて、それで効いていると言えるのかと言われると定義によるといいますか……」


 マーブルが人見知りなのは周知の事実だった。あまり親しくないジャッドに話しかけられ、しどろもどろになって難しい事を早口で唱える。

 そんなマーブルを見て、ジャッドは俺に、大丈夫なのか? と視線で尋ねる。


「なんだっていいじゃねぇか。んな事は試してみればわかる事だ。まぁ、わざわざマーブルが持ってきたんだ。効かないわけはねぇと思うが」


 別に俺は一度寝たからという理由でマーブルの肩を持ったわけじゃない。こいつは糞真面目で臆病な女だ。慎重と言い換えてもいい。そんな奴が自分から持ってきた薬だ。はた目にはそうは見えないが、マーブルなりに自信があるんだろう。ただ、それを人に伝えるのが致命的に下手なだけだ。

 俺の言葉にマーブルが表情を明るくする。


「そりゃそうだ。疑うような事を言って悪かったな」


 ジャッドが詫びる。奴もケツに火がついて焦っていたのだろう。


「い、いえ! 効果が気になるのは当然ですから! えっと、その、一応屋内用という事で、人体に影響の少ない成分で作ってきました。直接吸えば流石に毒ですけど、分解されやすいので、焚いた後も一時間程で無害化すると思います」

「お、おぅ」


 ジャッドが生返事をする。ちんぷんかんぷんという顔だ。勿論、俺にも意味は分かってない。安全な毒だと言いたいのだろう。


「なぁマーブル。フーリオと寝たと聞いたんだが、夜のあいつはどんな感じだ?」


 ちびっこのマーブルに合わせて身を屈め、声を潜めてセリアンが言う。内緒話のつもりらしいが、脳筋女の声は丸聞こえだ。


「ふぇ!? そ、それは、その……」


 案の定、聞かれたマーブルは真っ赤になって困っている。


「セリアン! てめぇ、聞こえてんぞ!」


 一睨みして釘を刺す。スケベ女が! せめて俺の居ない所でやりやがれ!


「いいだろう、減るもんじゃなし」


 こちらに向けて口を尖らせると、再びセリアンがマーブルに耳打ちする。


「それじゃあ今度は私とどうだ? 実は私も、マーブルの事を狙っていたんだ」

「人気者のセリアンさんが、わわわ、私をですか!?」


 丸っこい指で自分を指さし、マーブルが目を丸くする。


「だからやめろって言ってんだろ!?」


 脳みそ筋肉の肉食系女が! 頼むから場所と相手を弁えてくれ!


「別にフーリオはマーブルと付き合っているわけじゃないんだろ? なら、私には彼女を口説く権利がある!」


 ムッとすると、胸当てを叩いてセリアンが宣言する。

 ……それを言われると返す言葉がない。

 って、脳筋女に口で負けてちゃ話にならねぇ!


「俺がどうとかじゃなくて、マーブルが困ってるって言ってんだよ!」


 なぁ? と、同意を求めるようにマーブルへ視線を向ける。

 マーブルは恥ずかし半分、嬉しさ半分ではにかんだ。


「わ、私でいいなら、いつでも……」


 あ、そうですか……。


「マーブルはこう言っているが?」

「うるせぇ! だったら好きにすりゃいいだろうが!」

「はっはっは! 振られちまったな!」


 ジャッドが肩を叩く。俺は即座にその手を振り払った!


「振られてねぇし! そもそも付き合ってもねぇから!」


 自由気ままな冒険者稼業だ。付き合うと付き合わないとか、そういう面倒な関係に興味はねぇ!


「わ、私は、フーリオさんの事も大好きなので!?」


 マーブルはマーブルでなぜか泣きそうな顔でそんな事を言ってくる。

 面倒になり、俺は両手を挙げて降参のポーズを取った。

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