第13話 四刀流
俺やセリアンがなんと言おうが、これはジャッドの山だ。ジャッドの仕切りに従うのがルールである。
俺達は謎の大物に注意しつつ屋敷を進む。
屋敷は広いが寄り道をしなければ苗の部屋まではそう遠くない。
まずは苗を片付けて、その後にゆっくり他の部屋を見て回る予定だ。
突然視界が開ける。広さを見るに大広間らしいが、辺り一面蔓と葉に覆われ面影はない。
入口で足を止め、ジャッドが周囲を確認するが、明らかにヤバい魔物がいる事は視力を強化する術を持たない俺にも一目でわかった。
真っ暗な大広間の真ん中で、見上げるような長躯の化け物が両手に抱えた大蟻を頭からバリバリ貪っている。
鋭い鎌状の腕を持つ緑色の化け物は、元はカマキリだったのだろうが、強い精気を帯びて禍々しい魔物の姿に変異している。
虹色の光沢を宿す鋭い鎌状の腕は四つに増えている。胴体は大蜘蛛を思わせる形に肥大化し、三対の脚先は槍のように鋭い。全身を覆う外殻は厳めしく、大蟻の比ではない防御力を予想させる。四つに裂けた口元は凶悪で、脚のように動く二対の鋭い牙が、大蟻の硬い外殻をビスケットのように砕いている。頭の両側には人の頭程もあるギョロついた真っ黒い目玉がくっついて、額にはさらに小さな目が三つ、三角形を描くように並んでいる。
廊下で見た大蟻の死体はこいつの仕業だろう。
騒がしい精気の気配に振り向くと、セリアンが戸棚に隠しておいた誕生日プレゼントを見つけた子供みたいに目を輝かせていた。
馬鹿なのか? そうなのだろう。脳みそ筋肉の戦闘馬鹿だ。そんな事は分かっている。腕の良い前衛はみんなそうだ。戦う事が大好きだから場数が増え、腕が良いから死なずに済んでいる。戦う事が好きじゃなきゃ剣士になどならないし、腕っぷしの足りない奴はいつの間にか死んでいる。そうしてセリアンのような奴ばかりが残る。世の中は良く出来ている。俺には皮肉な事に思えたが。あるいは、狂気的な事のようにか。
ジャッドの確認が終わる。この大広間にいる魔物はあいつだけらしい。以前はそうではなかったのかもしれないが、奴を怖がって逃げたか、逃げ遅れて腹の中だ。
やる事は変わらない。向こうがこちらに気づく前に俺とジャッドが奇襲を仕掛ける。上手くいけばセリアンの出番はない。セリアンは不本意だろうが、後衛ポジの俺らは前衛の命を預かるつもりで動いている。悪戯に危険に晒して死なれでもしたら後味が悪い。
言うまでもなく、戦闘になった時に最初に死ぬのは前衛だ。敵の間合いに身を晒して戦うのだから当然だろう。後衛と比べれば前衛の死亡率は圧倒的に高い。前衛が死んだも後衛は逃げる事が出来る。俺もジャッドもそうして命を拾ったのは一度や二度じゃない。あれは最低の気分だ。冒険者としてだけでなく、人間としての汚点となって一生まとわりつく。だからこそ、俺達後衛は前衛を大事にしなくちゃならない。いくら言っても、脳筋共には伝わらないのだが。
この化け物とセリアンは戦わせられない。言葉にしなくとも、俺とジャッドの想いは同じだった。屋敷を傷つけないように気を使いつつ、目一杯力を込めた一撃を放つ。
俺とジャッドが同時に矢を放った。弾速は矢強化を施したジャッドの矢の方が早い。早すぎて目では終えず、それ故に回避も出来ない。どこを狙ったのかは知らないが、急所である事は確実だ。
カマキリは呑気い食事を続けてている。
俺の術が当たる前にカマキリはくたばるだろう。
俺の予想は裏切られた。
虹色の軌跡が空を裂き、ジャッドの放った矢を切り払った。
真っ二になった矢がカマキリの背後に流れ、虚空で爆発する。
「マジかよ!?」
ジャッドが目を丸くした。俺もだ。この暗闇で音もなく超高速で飛んでくる矢を切り払うとかどんな視力だよ!?
ジャッドの矢を防いだのだ。俺の爆炎矢が通る道理はない。ただし、威力はこちらの方が上だ。ジャッドの矢のように一点集中の貫通力はないが、大蟻の外殻程度なら余裕で吹き飛ばすシンプルな破壊力がある。接触によって爆発する炎の矢だ。切り払えばそのまま爆発して腕の一本くらいは吹き飛ぶだろう。
こちらの予想も外れた。
遅れて到着した爆炎矢をカマキリが切り払う。爆炎矢は派手に爆発するが、鎌は全くの無傷だった。
「嘘だろ!?」
分厚い鉄の鎧だって吹き飛ぶ威力だ。それを食らって平気とか、どんな強度だよ!
カマキリが食べかけの大蟻を投げ捨てこちらに向き直る。振り子のように身体を揺らして威嚇すると、四本の大鎌を振り上げながらこちらに突進した。
「どうする? 私の出番のようだが?」
飛び出したくて仕方ないという感じでセリアンが言う。
アレを見てまだそんな口が聞ける度胸には素直に感服する。
俺が視線で尋ねると、ジャッドは忌々しそうに舌打ちを鳴らした。
「セリアンが奴を食い止めてる間に俺とフーリオは散開して死角から攻撃する。あの鎌はヤバいが、他の場所なら普通に効くはずだ!」
だといいんだが。
「さぁこい化け物! 四刀流を見せてみろ!」
ジャッドの指示を半分に、セリアンが挑発的な精気を発して駆けだした。
「セリアン! 足止めだけでいいんだ! 無茶するんじゃねぇぞ!?」
返事はない。俺の声は届いているのか? クソッタレ!
「フーリオ!」 ジャッドが叫ぶ。
「わかってる! 光球!」
この暗闇でジャッドの矢を防いだんだ。カマキリ野郎は夜目が効く。月光瓶の明るさだけではこちらが不利だ。
天井に浮かべた光球が大広間を明るく照らす。光量を強めればその分持続時間は短くなる。この明るさじゃ五分も持てばいい所だが、こんな化け物相手に長々と戦ってはいられない。
明るくなると、カマキリ野郎の真っ黒い目が緑色に変わる。ゴマ粒のように小さな瞳孔が俺を睨んだ。
ジャッドはカマキリを中心に円を描くように左後方へと移動する。少し遅れて俺は右後方へ。
セリアンが獰猛な笑みを浮かべてカマキリに駆け寄る。奴の間合いまではまだ少し距離がありそうだ。
そう思った直後、カマキリの身体が伸びた。
「――セリアン!?」
血の気が引き、思わず俺は悲鳴じみた声をあげる。
軌跡としてしか映らない横薙ぎの一閃がセリアンの首を刈ったようにように見えたが、セリアンは首をすくめ、上段に構えた盾で受け流すようにして今の一撃を防いでいた。
……すげぇなおい。
落ち着いて見れば、実際にカマキリの身体が伸びたわけじゃない。身体を前に揺らすようにして前かがみになっただけだ。ただそれだけの事なのだが、折りたたんだ鎌と縮めた長躯を一気に伸ばすと、凄まじいリーチになる。
とてもじゃないが、懐に入るのは無理だろう。
そう思った矢先。
セリアンは何の躊躇もなく、あっさりとカマキリの間合いに飛び込んだ。
同時にカマキリが身体を伸ばす。左右から二対の大鎌がセリアンの脚と首を狙った。鎌が二本なら盾と剣で防げただろう。だが、四本は無理だ。高さの違う四方向の攻撃は、どう頑張っても二つしか防げない。
咄嗟に俺は魔弾を、ジャッドは精気で強化した矢を放つが、どう考えてもセリアンの首か脚かその両方が飛ぶ方が早い。
どういうわけか、こんな風に手も足も出ない時、人は時間をゆっくりに感じる。嫌がらせとしか思えないが。
左右から襲い掛かる大鎌に対して、セリアンは防ぐような素振りを見せなかった。そんな物眼中にないという風に走り、前に向かって飛び込みながら身を捻る。四つの大鎌が空を斬り、その間の僅かな空間で、身体を水平にしたセリアンが回転する。剣を握った右手が伸び、胴体のすぐ下ですれ違う大鎌の付け根を斬り裂いた!
切断された右下の鎌が、景気よく蔓を斬り裂きながら床を滑った。
……俺はなにを見せられているんだ?
命がけの曲芸を成功させ、セリアンは着地の勢いで一度転がり、その勢いでバネのように飛び起きて大カマキリの下っ腹を斬り裂こうとする。
「貰ったぁ!」
大カマキリの間合いは長いが、長すぎて足元は死角になっている。それを狙っての事だろう。惚れ惚れするような身のこなしに、俺は自分の役目を忘れて見入っていた。
大カマキリはしゃがむように身を縮め、腕の根元を振ってセリアンを弾き飛ばした。セリアンは左腕の盾で受け、衝撃を殺すように三度転がって飛び起きる。俺とジャッドの放った攻撃はそのついでと言うように上段の二本の鎌によって切り払われた。
「くぅ~! 惜しかった!」
興奮に身を震わせながら、悔しそうにセリアンが言う。
大カマキリは斬り落とされた左下の腕を断面を不思議そうに眺めて首を傾げた。
「……馬鹿野郎! 無茶すんなって言っただろうが!?」
我に返り、俺は叫んだ。両手どころか背中まで冷たい汗で濡れている。
「ん? 別に無茶などしていないが?」
本当に心から素で言うと、セリアンは脱力したように垂れ下がる左腕を回そうと身動ぎをした。どうやら上手く動かないらしい。
「ふむ、今ので折れたか」
あっさりと言う。
その様子は、斬り落とされた鎌を無感情に眺めるカマキリの魔物と大差ない。
「折れたかじゃねぇよ! だから言っただろうが!」
「心配ない。この程度なら戦える」
「そーいう事を言ってるんじゃねぇんだって言ってんのがわからねぇから怒ってんだっての!?」
「言っても無駄だろ。セリアンを大人しくさせるよりはカマキリを始末する方が簡単だ」
溜息交じりにジャッドが言う。
「そうらしいな。セリアン! お前は下がってろ。後は俺達でどうにかする」
「え~! ずるい! 私ももっと戦いたい!」
「腕折れるまで戦ってまだたりねぇのかよ!?」
大カマキリが動き出す。セリアンを狙おうとしたので、俺は爆炎矢を放って気を引いた。
「こっちを見ろよ鎌野郎! てめぇの相手はこの俺だ!」
カマキリがこちらを向く。
「勇ましいが、なにか策はあるのか?」
遠くで呆れるジャッドに、俺は言ってやった。
「あるわけねぇだろ!」
カマキリ野郎が猛スピードで駆けてくる。
早くも後悔しながら、俺は精気を練り上げた。
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