第12話 胸当てはセーフ?

「つーわけだ」


 マーブルと別れた後、竜の尻尾亭に戻った俺は彼女から聞いた話は二人に説明した。


「例の苗を始末すれば全部丸く収まるか。元からそのつもりではあったんだが、それで全部解決するかは分からなかったからな。それが分かっただけでも大助かりだ」


 ジャッドは幾分安心した様子だ。

 苗を始末して魔物の出現が止まるなら、後は予定通り植木屋を呼んで片が付く。


「どうする? 早速乗り込むか?」


 風呂上がりのセリアンが言う。本人はやる気満々らしいが、濡れた頭にタオルを巻き、骨付き肉を片手に酒を飲みながら言われても説得力がない。


「期日まではまだ時間がある。とりあえず目途はついたんだ。俺は昨日の酒が残ってて正直つらい。今日の所はゆっくり休んで、続きは明日にしよう」

 ジャッドは眠そうに欠伸をした。

 その意見には俺も賛成だ。いつもなら、宴の次の日は――あるいは数日は――休みにしている。そのつもりで飲みまくるから、今日は本調子じゃない。荒事をやるなら無理は禁物だ。


「私は全然平気だがな!」


 セリアンが謎に張り合ってくる。

 向こうは体力自慢の剣士だ。そりゃそうだろう。



 翌日、竜の尻尾亭で昼食を食べた後、俺達は再びマダムの屋敷にやってきた。

 マダムの旦那が帰ってくるのは四日後だ。前日までには屋敷を綺麗にしておく必要がある。植木屋に蔓を片付けさせるのに一日、内装業者に掃除をさせてもう一日。そのつもりでジャッドも手配を終えている。今日中に苗と屋敷に湧いた魔物を始末しないと間に合わない。

 昨日は珍しく酒を控えて早く寝た。マーブルに助言を貰ったんだ。駄目でしたじゃ面子が立たない。体調は万全、ジャッドの顔色も良い。


「いいかお前たち! 今日は私に汚らしい虫の汁をかけるなよ!」


 セリアンが釘を刺す。


「努力はするさ」


 そう言う他にない。いざとなればそんな事は気にしてられない。前衛の定めと思って諦めてくれ。


「頼むぞ! あれは本当に気持ち悪いんだからな!」


 念を押すセリアンに肩をすくめる。


「仕事の時間だ」


 ジャッドの一言に気持ちを引き締め、俺達は開けっ放しの玄関へと進んだ。

 一日経って、玄関ホールを侵食する蔓は量を増していた。昨日セリアンが蔓を薙ぎ払った場所はほとんど元通りで、どこがそうだったのか見分けがつかない。

 それでも、初日の勢いに比べれば植物の増殖はかなり緩やかになっていた。あのままの勢いを維持していたら、屋敷の外まで蔓が伸びていてもおかしくはない。成長促進剤の効果が落ち着いたのだろう。

 いきなり奥には進まない。精気を抑えて気配を殺し、先頭のジャッドが諸々を強化した目で玄関ホールの様子を確認する。

 声には出さず、ジャッドはハンドサインで敵の数を知らせる。その数は四。続いて、指さしで敵の場所を伝える。全て大蟻だ。

 手はず通り、俺とジャッドが手近な二匹を飛び道具で奇襲する。

 俺は爆炎矢を、ジャッドは矢強化に爆破の術を加えた矢だ。

 二つの頭が吹き飛んで、ようやく連中はこちらの存在に気づく。

 セリアンが残る二体の片割れに突進し、俺はもう一方に向けて爆炎矢を練り上げる。ジャッドは弓を構えて周囲を警戒し、不測の事態に備えている。

 セリアンがあっさり首を斬り落とし、遅れて俺の次弾が残る一体の頭を吹き飛ばす。

 昨日は予想外の事態に慌てたが、魔物がいると分かっていればこんなものだ。先手を取り、頭数を減らして一気に畳み込む。セリアンは物足りなそうだが、戦闘を長引かせて良い事など一つもない。いや、セリアンは楽しいのだろうが。

 玄関ホールを制圧した俺達は、慎重に次の廊下に進む。苗のある部屋は屋敷の最奥だ。

 無駄口は叩かない。ここは魔境も同じだ。視力を強化できるジャッドを先頭に立たせ、汎用性の高い魔術士の俺が真ん中、タフなセリアンが後ろを警戒しつつ進む。

 蔓が成長したせいで窓はほとんど完全に塞がっていた。照明も使えず、屋敷の中は暗い。そうだろうと思って、三人とも首から月光瓶ぶら下げている。

 そいつは魔薬屋で買える小道具で、小瓶の中に薄黄色の液体と小袋が入っている。先の尖った長い栓がしてあり、そいつを強く押すと小袋が破れ、中の青白い汁が黄色い液体と混ざって月光のような冷たい光をしばらく発する。光量や発光時間は作り手によってまちまちだが、こいつは松明くらいの明るさで三時間程持つ。明かりを消したい時は手で隠すか胸元にしまえばいい。

 暫くは何事もなく進んだ。この辺は魔物の通り道らしく、獣道が出来ていた。周囲は完全に蔓に覆われて、どこが壁なのかもわからない。相手は虫だ。天井に張りついている可能性もあるので気は抜けない。上の注意は俺の担当で、お陰で肩が凝った。

 ジャッドが止まれの合図を出し、俺はそれを真似して後ろのセリアンにハンドサインを送る。よそ見でもしていたのか、セリアンは止まらず、俺の手が白金色の胸当てに触れた。


「ひっ!? ど、どこを触っている!」


 胸元を抑えてセリアンが俺を睨む。


「触ったんじゃねぇ。止まれの合図だ。てか、胸当てだろ。気にする事か?」


 俺の言葉にセリアンはムッとして、おもむろに俺の股間を握った。


「ばっ!? なにしやがる!」

「ズボンの上からだ。気にする事じゃないだろ?」


 仕返しという事らしい。ガキかお前は! 釈然としないが、俺は大人だ。事故とは言え、先に胸に――胸当てはセーフだと思うが――触った非もある。面倒なので折れてやる事にする。


「悪かったよ」

「分かればいいんだ」


 セリアンが満足そうに笑う。それでいいのか?


「てか、なんで止まったんだよ」


 ジャッドに尋ねる。


「どうやら、大蟻より厄介な魔物がいるらしい」


 渋面を作ると、ジャッドは前に向かって顎をしゃくり、道をあけた。

 そこには縦に真っ二つになった大蟻の死体が転がっている。

 妙な死体で、胴体から先がなくなっていた。そちらの傷は食いちぎられたように汚いが、両断された方の傷は達人が鋭利な刃物で斬ったかのように綺麗な断面をしている。

 それを見て、セリアンが呟いた。


「……こいつは楽しめそうだな」


 血を舐めて笑うような闘争の響きに俺はゾッとする。これだから剣士は。強い相手と斬り合って死ぬのが最高の死に方だと思っている。


「こいつの相手は私がしたいものだな」


 闘争心に目を輝かせてセリアンが言う。


「遊びに来たんじゃねぇんだぞ」


 呆れ半分で俺は釘を刺す。そんな生き方をしてたら長生き出来ないぞ。セリアンも冒険者の俺に言われたくはないだろうが。確かに、死と隣り合わせの生活をしているが、だからと言って死にたがりなわけじゃない。戦闘狂の連中が求めるのは生と死の狭間のスリルだ。俺は自由で楽しい生活を送りたいだけ。同じ世界に身を置いているが、見ている世界は違うのだろう。

 俺の言葉をセリアンは鼻で笑った。


「人生など死ぬまでの暇つぶしだ。遊ばなくてどうする」


 セリアンの言葉に俺は肩をすくめる。


「命をチップに賭けをするのは遊びとは言えねぇだろ」

「命がけだから面白いんだ」


 見解の相違という奴だ。

 別にいいさ。

 所詮は他人だ。

 好きなように生きればいい。

 ……目の前で死なれるのは勘弁だが。

 俺は、顔見知りには長生きして欲しい。

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