第7話 雑草バブルとざますと宴
「ンマー! なんて不思議な植物なんざましょー!」
小樽の中身を確認すると、化粧臭い依頼人の中年女が甲高い声で言った。
四、五十代のいかにも金持ちって感じがする悪趣味でけばけばしいおばさんだ。
人食い森から戻った俺とジャッドは、その足で依頼人であるムーアヘッドの屋敷を訪ねていた。
でかい屋敷で、隣に並べたら竜の尻尾亭が犬小屋に見える事だろう。
そこは一階の奥まった一室で、温室と茶会用の客間を合わせたような奇抜な作りをしている。
頭上は吹き抜けになっていて、天井はガラス張りだ。
壁周りは植え込みになっていて、珍しい草花が見せつけるように並んでいる。
部屋の中央には豪華な彫刻の施された円形の風呂桶みたいな台座が鎮座して、中には土が入っていた。
花壇らしい。
そいつをぐるりと囲むように、気取ったテーブルと椅子が並んでいる。
「こちらはなんという植物ざますか?」
噴水に似た木の苗を指さしてムーアヘッドが尋ねる。
俺に言っているわけじゃない。
今の俺は名もなきオマケ冒険者Aだ。
面倒なやり取りは全部ジャッドに任せてある。
「ムーアヘッド様のお好きなように。こちらはこの世にただ一つの植物ですので、名前はまだございません」
一人だけ小奇麗な格好に着替えたジャッドが歯の浮きそうなセリフを吐く。
無精ひげ髭を剃り、髪を油で撫でつけ、金持ち風の貸衣装に身を包んだジャッドは、知らない人間からすればやり手のビジネスマンのように見えるのかもしれないが、奴を知ってる俺には身なりの良い詐欺師にしか見えない。
ジャッドの台詞に満足したのだろう。
ムーアヘッドは口元をフワフワのついた扇子で隠し、「まぁ♪」と喜んだ。
「なんてロマンチックなんざましょう! この世にただ一つ、あてくしの為だけに花を咲かせる植物ざますのね! ン~、トレビアン!」
うっとりして見悶えるする中年女を尻目に、俺はジャッドに視線で尋ねた。
……これ、花咲かせるのか?
いや、知らんが。
皮肉っぽい口元と僅かに下がった肩がそう言っていた。
まぁ、やり取りをしているのはジャッドだし、面倒があっても俺には関係ないが。
「気に入りましたわ! 冒険者風情に植物の宿す美のなんたるかが理解出来るか不安でしたが、これならば文句はないざます!」
ぱちんと、いけ好かない金持ちばばぁが指を鳴らす。
顔だけで雇われたような若いイケメン執事が前に出て、トレーに乗せた皮袋をジャッドに差し出した。
本来ならしっかり確認する所だが、ジャッドは軽く紐を緩め、中を一瞥するだけに留めた。
この手の連中と取引するには、なにをするにも気取ったやり方をしなくちゃならない。
それが面倒で、俺はこの手の連中と個人的に仕事をするのは避けていた。
「随分と多いようですが」
わざとらしい驚きを浮かべてジャッドが言った。
空気読んで、相手の望む通りに言ってやったのだろう。
「良い働きには相応の対価を支払うのが礼儀ざます。ジャッドさん、またなにかありましたら、頼りにさせて頂きますわ」
「マダムからのご依頼でしたら喜んで」
マダムの熱っぽい視線をジャッドは爽やかに受け止める。
……おぇ。
知人が色目を使われている場面を見せられるのは気持ちのいいもんじゃない。
金持ち屋敷は肩が凝って疲れる。
取引が終わったんならとっとと帰って酒が飲みたい。
「それじゃあそちらの方、早速ですが、グロリアツリーをあちらに植えて下さるかしら」
…………。
「……俺が?」
そっちの執事にやらせりゃいいだろうが。
そんな想いを込めて俺は言った。
「――ん、んん」
ジャッドが咳払いをする。
奴の顔を見ると、お得意さんだ、やってやってくれ、と言っていた。
「……わかりましたよ。やりゃいいんでしょやりゃ」
不貞腐れながら、俺はいかにもやる気がなさそうに台座に登り、爪の間を土で汚した。
後ろでは、糞ばばぁが冷めた視線を俺の背中に向けて鼻息を鳴らしている。
「ふん。これだから冒険者は。ジャッドさん、これからは、あなたの品格に見合ったお仲間を選ぶ事を勧めますわ」
「マダムが仰るならそのように。それにしても、あちらの花は美しいですね。まるでマダムのようだ」
植え込みに咲いているなんか高そうな白い花を指さしてジャッドが言った。
「流石はジャッドさん。お目が高いざますね。あの花は――」
ジャッドに煽てられ、マダムの矛先が変わる。
まったく、ご苦労な事だ。
◆
「「「ジャッドとフーリオに! かんぱ~い」」」
お調子者のトラヴィスが音頭を取り、冒険者共が杯を掲げる。
あぶく銭が入ったら景気よく奢り散らかすのが粋な冒険者の流儀だ。
そうすりゃ儲け話に誘って貰えるし、困った時にも助けて貰える。
家族もおらず、故郷なんかとっくに忘れた冒険者風情だ。
助け合ってナンボというわけだ。
とは言え、最近の雑草ブームのお陰で冒険者の景気は良い。
近頃は入れ替わり立ち代わりで誰かしらが宴を開いている。
俺もたっぷり飲ませて貰った。
今日は俺達の番というだけの話でもある。
「~~くぅ! 一仕事終えた後の酒は最高だぜ!」
冷えたビールが喉に心地よい。
良い冒険者の店は冒険者の為に金をかける。
この店も例に漏れず、酒を冷やす為の高価な魔導仕掛けの機械を導入している。
この味を知ってしまうと他所の店のぬるい酒は飲めなくなる。
まんまと術中にはまっているわけだが、美味いから文句はない。
「薬にもならねぇただヘンテコなだけの雑草が大金に化けるんだからぼろい話だぜ!」
「本当、ずっと続いてくれたらいんだけど」
「金持ち共は飽き性だ。ひと月もしたらまた別の物が流行り出すだろ」
「でも不思議ね。珍しいって言ってもあたし達が採ってくるのは苗なわけでしょ? そんなの眺めて楽しいのかしら」
「流行りに乗じて荒稼ぎしてるのは俺達だけじゃないってこった。魔薬屋の連中はこぞって植物の成長が早くなる薬を作って売りまくってるらしいぜ」
浴びるように飲みながら、冒険者達が語り合う。
俺は疑問にも思わなかったが、そういう仕掛けになっていたのかと感心する。
「酒だ酒だ! じゃんじゃん飲め! 好きなだけ頼んでいいぜ! 金なら腐る程あるんだ!」
宴となると人の変わるジャッドだ。
早くも酒に飲まれ、半裸になって両手に女給を侍らせている。
スケベな制服が谷間に押し込まれたチップの重みではだけていた。
なんて下品な野郎だ。
いいぞ! もっとやれ!
俺はと言うと、楽士のギルバートが魔術で奏でる音楽に合わせて、女給のミルシャと一緒にスウィングダンスを踊っていた。
ギルバートは中々の楽士だ。
音を操る術を使い、薄皮を張った太鼓のような楽器を操って、たった一人でバンド演奏をやってしまう。
それだけで充分すごいが、本人は楽器も弾きたいらしく、今日は小さなギターを弾いている。
使う楽器は気分次第で、ドラムでもピアノでもなんでもいける器用な男だ。
椅子やテーブルは厨房のあるカウンター側に寄せられ、依頼書の貼ってる壁の辺りが即席のダンスフロアに変わっている。
周りでは他の冒険者達も好き勝手に踊っている。
俺は酒を飲むと踊りだしたくなる質だった。
一応魔術士を名乗ってはいるが、運動神経もそこそこ自信はある。
流石に剣士や格闘家を名乗っている前衛の連中には勝てないが、その才能を生かして、面白いダンスを目で盗んでは、ミルシャを誘って踊っている。
彼女はミュージカル女優を目指していて、俺に付き合って激しく踊れる数少ない一人だった。
飲んだ酒を汗に変えると、俺は良い感じに出来上がってきた連中に場所を譲ってやり、カウンターで強い酒を頼んだ。
折角の宴だ、踊ってばかりというわけにはいかない。
宴になれば誰もが口を軽くする。
儲け話を聞きだすチャンスだし、気になる女を口説く機会でもある。
なんだっていいさ!
気持ちよく踊った後にはおしゃべりがしたくなる。
それだけの話だ。
女剣士のセリアンと明日には忘れちまいそうな――というかもう忘れた――くだらない話をした後、暇そうにしている奴はいないかテーブルを見渡す。
俺は隅の方で一人寂しく不景気そうな顔で酒を飲んでる奴を見つけた。
チビた背に度のキツイ眼鏡をかけた司書みたいなその女は、植物使いのマーブルだった。
彼女は変わり者で――変わり者じゃない冒険者なんか俺ぐらいのものだが――冒険者には珍しく学者肌のタイプだった。
冒険者になったのも、世界中の珍しい生き物や植物を観察する為とかで、俺達の間じゃ虫眼鏡とか動物博士とか植物百科などと好き放題呼ばれている。
色気とは無縁のオタク女だが、実際の所彼女を狙う人間は多い。
野暮ったい髪形や寸詰まりの胴体、その割にでかい胸と尻がアブノーマルな魅力を放っているのだろう。
あんな奴抱けるかよ!
と言いつつ、実は抱いてみたい的な立ち位置の女だった。
そうでなくともマーブルは気のいい女で、冒険者にしておくには少々危なっかしいくらい善良で馬鹿正直な奴だった。
それはそれとして、酒の入った俺は一人で寂しそうにしている奴を見かけると放っておけない質だった。
世の中には一人で静かに飲みたい奴もいる。
それは分かっているんだが。
良くない癖、余計なお世話と思いつつ、話しかけずにはいられない。
「ようマーブル。どーした! 不景気な面ぶら下げて!」
勢いで話しかけると、断りも入れず対面の席に尻を預けた。
マーブルは彼女特有の臆病な小動物めいた反応を見せ、下手くそな作り笑いを浮かべる。
「……いえ、別に。特になんでも」
「嘘が下手だなぁお前は! どーした? 悩み事か! 俺でよけりゃ力になるぜ!」
酔うと安請け合いをしてしまうのも俺の悪い癖だ。
これで何度痛い目を見た事か。
分かっていてもやめられないのが悪い癖だ。
「……あの、でも……皆さん楽しそうにしてますし、水を差す訳にはいかないので……」
「なんだ? さっぱり話が見えないぜ!」
「なんていうかその、聞けば白ける話と言うか……ごめんなさい。忘れてください」
じれったい物言いをすると、マーブルは猫が皿からミルクを舐めるようにちびちびと酒を飲んだ。
「んだよマーブル! 俺じゃ頼りにならないってのか!?」
ドンとテーブルを叩く。
マーブルのふっくらした肩がびくりと震えた。
こうして見るとちょいと太ったハムスターみたいな女だ。
「やっ! そういうわけではなくてですね!?」
「じゃあどういうわけだよ! あぁ!?」
「う~……そこまで言うなら話しますけど、怒らないで下さいね」
「馬鹿言うんじゃねぇ! この店で、俺程心の広い奴ぁいないぜ! 怒るもんかよ!」
「その、最近お金持ちの間で珍しい植物を見せあうのが流行っているじゃないですか」
「おぅ! 流行ってるな! お陰で俺達は大儲けだ!」
「……やっぱり、大丈夫です――ヒィッ」
睨むと、マーブルは涙目になって話を続ける。
「そ、その。私は植物について色々研究しているんですけど……今の状況はよくないんじゃないかなと……。魔境から採ってきた植物を安易に植えると生態系がおかしくなりますし、魔境の植物は普通の植物には見られない特異性を獲得している事が多いんです。ライバルとなる植物や天敵となる虫がいない状況で育てたら異常繁殖を起こす危険もありますし……魔薬屋さんの売ってる成長促進剤だって、どんな副作用があるかわかったものじゃありません。このままじゃいつか、植物災害が起きるんじゃないかって……」
「……なるほどな!」
うんうんと頭を振る。
正直、なにを言ってるのかさっぱり分からなかったが、なにが言いたいのかは分かった。
「つまりマーブルは心配なわけだ!」
「そ、そうですね……」
正しくはないが、大枠では間違っていないという顔でマーブル。
そんな彼女に、俺はニカッと笑って言ってやった。
「心配すんな! なにかあったら俺がどうにかしてやるよ! だから笑え! 折角の可愛い顔が台無しだぜ!」
強い酒を飲み干すと、お前もいけと目で促す。
マーブルは頬を赤くすると、酔ったような顔で俺を見つめ、少し悩み、勢いをつけて杯を傾けた。
あまり酒は得意ではないのだろう、アルコールの余韻にぶるりと震える。
「おーおー! いけるじゃねぇか! ミルシャ! マーブルに甘い酒、俺は強いのを頼むぜ!」
「はわわわ……こんな酔ったの、はじめてれす……」
本当に酒に弱いらしい。
マーブルは耳まで赤くして、振り子のように身体を揺らしている。
あまり喋ったことはなかったが、中々面白い奴じゃないか。
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