雑草バブル

第6話 人食い森にて

魔砲弾マジックキャノン!」


 走りながら精気を練り上げ唱える。

 突きだした掌から俺の身長程もある精気の弾が飛び出し、行く手を阻む密林の植物を押しのけて道を作った。

 練り上げた精気を圧縮し砲弾にして撃ち込む魔砲弾は本来なら一撃必殺の大技だが、今回は威力をぐっと抑え、その分大きさと飛距離を伸ばしている。

 逃げる為の道を作るならこれで十分だ。

 魔砲弾で作った道を走りながら一瞬振り返る。


爆炎矢ブラストアロー!」


 素早く精気を練り上げ、後方に向かって炎の矢を放つ。矢はクソッタレ化け物の額に突き刺さり、爆炎を散らしながら奴の頭を吹き飛ばした。


「やったか!?」


 足を止め、乱れる息を整えながら爆炎の向こうに目を凝らす。

 俺の期待も空しく、土煙を突き破って頭を失った緑色の大蛇が滑るようにして這い出した。


 馬くらい一呑みに出来そうな巨大な蛇は、人の腕程もある太い蔓の集合で出来ている。

 緑色の体液を撒き散らす首の断面がバナナのようにべろりと剥けて、中から植物の蕾を二つに裂いたような毒々しい柄の頭部が現れた。

 酸性の唾液を滴らせる咥内には、バラの棘を大きくしたような植物性の歯がびっしりと並んでいる。


 それは強い精気を帯びて魔物に変化した植物だった。

 その名は花蛇!

 噂には聞いた事があるが、襲われたのは初めてだ。


 植物系の魔物は厄介だ。

 まぁ、厄介じゃない魔物の方が少ないが。


 無生物系の魔物と同じように、疲れを知らず、痛みを恐れない。

 植物性の身体はしなやかかつ強靭で、中には高い再生力を持つ者もいる。

 例えばこいつだ。


 植物なんか焼いちまえばいいと思うかもしれないが、生の植物は身体にたっぷり水分を含んでいる。

 こいつを焼き殺すのは人間を火葬にするより大変だ。


 俺は走る。

 走り続ける。


 節約モードの魔砲弾を前に飛ばして道を切り拓く。

 ……限界は近い。


 息は上がり、呼吸が苦しい。

 喉は血の味がして、心臓が爆発しそうだ。


 脚もないくせに花蛇は機敏だ。

 距離はじりじりと縮まって、その度に応戦するが、手応えはない。

 このままじゃジリ貧だ。


土槍アースパイク――」


 こうなったら、地面を槍のように尖らせて串刺しにしてやる。

 殺せはしないだろうが、足止めは出来るはずだ。

 そう思って振り返る。


「――どわぁ!?」


 足元に張り出した木の根に引っかかり、俺は盛大にすっころぶ。

 視界が三度回った所で止まり、大慌てで起き上がろうとするが。


「キシャー!」


 花蛇の顔がすぐそこに迫っていた。

 俺を食らって魔術士の濃厚な精気を得ようと、蕾状の口をばっくりと開いている。


 ……こりゃ死んだか?

 死んでたまるか!?


魔壁マジックシールド!」


 超特急で術を練り上げる。

 黄昏色に輝く精気の壁が卵のように俺を守る。

 花蛇はお構いなしに俺を飲み込み、視界は闇に閉ざされた。


 ……やべぇ。食われた!?


 中から攻撃しようにも、その為には魔壁を解かないといけない。

 周囲は鋭い棘の歯と酸の唾液に囲まれている。

 そんな事をしたらただじゃすまない。

 精気をこねて束の間の奇跡を起こすのが魔術だ。

 どの道魔壁はあと数秒しか持たない。


 どうする俺!

 どうする俺!?


 どうにか痛い思いをせずに助かる方法はないかと考えていると、突然花蛇が頭を激しく振り、噛み過ぎて味のなくなったガムみたいに俺を吐き出した。


「ぐぇ!?」


 丁度魔壁が切れ、地面にケツをぶつける。

 困惑する俺の前で、花蛇の身体が急速に枯れ、塵へと変わった。


「ひゅー。あぶねぇあぶねぇ。間一髪だったな」


 木の上で、弓を構えたジャッドが皮肉っぽいニヤけ顔で笑っていた。


 作戦通り、奴が魔核を撃ち抜いたのだろう。

 高位の魔物には大量の精気を貯えた魔核と呼ばれる結晶質の器官がある。

 人間で言う所の心臓のような部位で、こいつを砕けば即死だ。


 生憎、魔核は心臓のように律義に左胸にあるとは限らない。

 仮にそうでも蛇の心臓の位置なんか知るわけもなかったが。


 ジャッドは腕の良い弓使いだ。

 弓の腕だけでなく、獲物を視る目も良い。

 精気で目を強化する術を持っていて、望遠鏡のように遠くを見たり、身体を透かして魔核の位置を探る事も出来る。


「おせぇよ馬鹿!? 食われてただろ俺!?」


 立ち上がって文句を言う。

 人が死に物狂いで駆けまわってる間、呑気に木の上で狙いをつけていたんだ。

 もう少し早く始末してくれても良かったんじゃないか?


「お互いに動きながら拳大の魔核を透視して撃ち抜くのは簡単じゃないんだぜ。お前を食って奴が動きを止めたから当てられたんだ」


 ひょいと地上に降りると、肩をすくめて奴は言う。

 釈然としないが、結果的にはジャッドの活躍に助けられた形だ。

 終った事をグチグチ言うのは冒険者のルールに反する。

 今日の所は許してやろう。


「それより例のブツ、潰してないだろうな」

「……やべっ」


 半眼で睨まれ、俺は慌ててバックパックを開いた。

 ブツを入れた小樽は無事だが、念のため中を確認する。


「……大丈夫だ。なんともねぇよ」


 中には、この魔境で見つけた珍しい植物の苗が入っている。


 名も知らぬ木の苗は三本の幹が三つ編みのように絡み合って伸び、先っちょからは空色の葉をつけるしなやかな蔓を大量に垂らしている。

その様は噴水を思わせて美しく、植物に関しては素人の俺でも心を動かされるものがあった。


「しかし、こんなのが本当に大金に化けるのか?」


 今度は俺が半眼を奴に向ける。

 例によって、この儲け話を持ってきたのは奴だった。


 ◆


 強い精気を帯びた場所は魔境、又は魔都と呼ばれる。

 両者の違いは、そこが人工物かどうかだ。

 森や山なら魔境、廃墟なら魔都と言った感じだ。


 人間が殺し合った結果負の精気で土地が穢れてそうなる事もあるし、ただ単に精気が濃いからそうなる事もある。

 人食い森は後者だった。


 少なくとも、俺の知ってる範囲では。

 もしかすると、俺達の知らないくらい昔には、ここにも街があり、人が住み、馬鹿な戦争をして土地を穢したのかもしれない。


 ともあれ、人食い森は精気が濃い。

 濃い精気は魔物を産む。

 生物は巨大化し、無生物は生き物を真似て動き出す。

 魔物は精気を得る為に生き物を捕食する。

 例えば人だ。

 そういうわけで、人食い森と呼ばれている。


 説明するまでもなく危険な場所だが、良い所もある。

 魔境には魔物が湧くが、そこでしかお目にかかれない珍しい植物や生き物が生息している。


 強い精気を浴びて育ったそれらは不思議な力を持つ事が多い。

 職人共は材料に欲しがるし、金持ち共が道楽で欲しがる事もある。

 一つ限りの物もあれば、珍しいが、安定して手に入る物もあって、そいつを目当てに狩りや採取を行う冒険者もいる。


 俺達は金持ち共の為に人食い森に入った。

 どういう訳か知らないが――金持ち共の考える事だ。分かるわけがない。この前は、命の守り人とかいうカルトが流行ってひどい目にあった――今、連中の間では珍しい植物を育てるのが流行っていた。


 とにかく、珍しければなんでもいいという事で、珍妙な植物が宝石のような高値で取引されている。

 そうやって手に入れた珍しい植物で庭園や温室を造って、仲間内で見せあうのが流行りらしい。


 生憎俺には金持ちの知り合いがおらず、奴らの庭を覗く趣味もなかったから知らなかったが、儲け話に敏感なジャッドが聞き及んで、俺を仕事に誘った。

 奴は既にめぼしい金持ちの庭を偵察済みで、植物に関しては素人だが、珍しいかどうかの見分けはつくという。


 人食い森には精気を帯びて変異した珍しい植物が生えているから、そいつを持って帰れば良い金になるというわけだ。


 性懲りもなく怪しい儲け話を持ってきやがってと思いつつ、例によって俺は話に乗った。


 トラブルになる事も多いが、その分ジャッドには良い目を見せて貰っている。

 ノリの悪い奴だと思われるとお誘いが減るのが冒険者の界隈だ。

 時には義理で仕事を受ける事もある。


 まぁ、言う程悪い話じゃないだろう。

 人食い森に入るのは初めてじゃない。

 弓使いのジャッドは狩人でもあり、森についての知識もある。


 さくっと珍しい植物を見つけ、意気揚々と帰ろうとしていたら花蛇に教われた。

 危うく死ぬかと思ったが、あのくらいのピンチはよくある事だ。

 人食い森に入ったのには、そんな事情があった。

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