第5話 nice to meat you

「毒を盛らせて貰いました」


 若造が言った。

 冷たい目には、責めるような軽蔑と憎悪で満ちている。


「身体の自由だけを奪う毒です。どうしてこんな事をとお思いかもしれませんが……それはこっちの台詞です!」


 若造が椅子を蹴り、俺の身体は地面に投げ出された。

 石造りの硬い床に顎を打つ。

 身体は動かないが痛みはあった。


「あれだけ説明してもまだ肉を食べようとするなんて! おぞましい! 虐殺者め! 恥を知りなさい!」


 つま先が俺の脇腹を抉る。


「救い難い……あなたの魂は肉食によって穢れきっている。あなたのような人間は、腹を満たす事ではなく、命を奪う事に喜びを感じている。そうでなければ、こうまでして肉を食べようとは思いません! あなたの本性は快楽殺人犯と同じなのです。野蛮人め! 人と呼ぶのもおこがましい! 悪魔の化身が!」


 若造が滅茶苦茶に俺を蹴る。

 俺は悲鳴すら上げられず、ただただ苦痛に苛まれる。


「悔しいですか? 苦しいですか? それが動物達の気持ちです! 肉を食べるという事はこういう事です! 罪なき生き物を閉じ込め、無残に解体し、その死体を弄んで口に入れる! こんな悪趣味な事が、命に対する冒涜がありますか!? それをあなたは、まるで理解していない!」


 俺は死ぬのか? そうだろう。こいつらは俺を許しはしない。罠にハメて、家畜のように無残に殺そうと言うのだ。しくじった。もっと用心するべきだった。肉食いを狩る為に連中が罠を張る事くらい、想像出来たはずだった。


 そう思った時、俺は愕然とした。

 なら、ジャッドは俺を売ったのか?

 仲間だと、相棒だと思っていたあの男が!?

 クソッタレ!

 そんな事があるかよ!


「泣いていますね。でも、可哀想とは思いません。あなたがこれまで食べてきた動物達の事を思えば。むしろ、ざまぁみろとさえ思います。むしろ、全然足りない。あなたはもっと苦しむべきだ。苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しみぬいた末に無残に惨めに死ぬべきなんだ! その為に、この施設はあります」


 俺の頭を踏みつけながら、若造が言う。


「ここはあなたのような外道を捕まえる為の罠です。肉を食べられると聞けば、あなた達のような肉食の悪魔は考えなしに飛び込む。誰の紹介かと聞けば、あなた達はなんの疑問も持たずに仲間の名前を教える。一石二鳥というわけです」


 ……という事は、ジャッドは連中の仲間じゃないのか?

 ただ純粋に、善意から俺にこの店を教えた?

 だとしら、ジャッドがやばい!

 俺が一人で死ぬのはいい。

 俺だって冒険者だ。

 ある日突然、犬みたいに野たれ時ぬ覚悟は出来て……いるとは言わないが、そうなるだろうとは思っていた。

 だが、仲間までは巻き込めない!

 畜生、動け、動いてくれ!

 身体が動けばこんなガキ一人相手じゃない。

 魔術が使えればその辺のボンクラがまとめてかかって来たって怖くはない。

 それなのに、俺の身体は他人の物のように動かない。

 頭はぼんやりして、精気を練る事も叶わない。


「あなたのせいでお仲間も死にます。たっぷりと拷問して、これまでの所業を反省して貰います。こうなったのも、全部あなたのせいです。あなたが肉を食べるからこんな事になったんです。反省してももう遅いですが。というか、どうせ反省なんかしてませんよね。肉を食うような人間は、人でなしの悪魔なんですから」


 暴れ疲れたのか、若造は俺を痛めつけるのをやめた。

 肩で息をしながら、話を続ける。


「最後に一つ誤解を解いておきましょう。あなたがさっき食べた肉は牛の肉ではありません。豚でも、鳥でも、魚でもない。当たり前でしょう? 私達が、そんな物を出すわけがない。だったら、なんの肉でしょうね?」


 ……うそ、だろ?

 答えに気づき、俺は激しい吐き気に襲われる。


「答えは人間です。あなたのようにノコノコやってきたマヌケを殺して肉にしているんです。そこまでされれば、流石に来世では肉を食べるのをやめるでしょうから。これからあなたは生きたまま解体され、肉にされ、同じような悪魔の胃に入り、汚らしい糞になって終るのです。ざまぁみろ! ははははは! ざまぁみろ! お前らみたいな悪魔にはお似合いの最後じゃないか!」


 若造が笑い転げる。

 俺は恐怖でどうにかなりそうだった。

 人間は、これ程までに残酷になれるのか?

 俺がなにをしたというんだ。

 ただ動物の肉を食っただけで、ここまでされるのか?

 お前らの方がよっぽど悪魔じゃないか!?

 叫びたい。

 声に出し、この糞馬鹿野郎を力いっぱいぶん殴りたい。

 それなのに、俺はなにも出来ない。

 声も出せず、ただ一人、惨めに殺され肉にされる。

 それこそが動物の気持ちなのだと奴は言う。

 そうかもしれない。

 その通りかもしれない。

 それでも、俺はこいつが正しいとは欠片も思えなかった。

 生き物を殺しその肉を食う人間はおぞましい生き物かもしれないが、こいつらはそれ以上におぞましい何かだ。こいつらは、俺を殺す事をなんとも思っちゃいない。それどころか、正しい事をやっていると誇らしげに思っているだろう。

 人間だって生きているのに。

 動物の命が大事だって言うなら、人間だって大事にしろよ!

 クソッタレ!

 キチガイが!

 誰でもいいから助けてくれ!

 俺の叫びは届かない。

 声が出ないんだから当然だ。

 叫べたとしても、分厚い扉に閉ざされた地下室だ。

 誰の耳にも届きはしない。

 おしまいだ。

 俺は死ぬ。

 ちくしょう、こんな死に方があるかよ……。

 すまねぇジャッド……許してくれ……。

 ただ一つ自由に動く目が泣いていると、若造は鼻で笑った。


「ふん。そんな風に泣くくらいなら最初から肉なんか食べなければよかったんだ。いっておきますけど、あなたの贖罪はまだ終わっていません。これからゆっくり身体を刻んであげますから」


 突然建物が揺れた。まるで、巨人に蹴飛ばされたみたいに。


「なんだ? 今のは……」


 外の通路が騒がしくなった。

 大勢の人間が駆け回り、暴れているような音がする。


「何が起きて――」


 牢屋の扉が内側に吹き飛び、若造を巻き込んで壁に叩きつけた。

 ……おいおい、あれ、死んだんじゃねぇか?

 首は動かないが、視線の端に血だまりが広がるのが見えた。


「全員動くなぁ! 勇者官よ! ……って、やばっ!? ……やりすぎちゃった……って、フーリオ!? あんた、そんな所でなにやってんのよ!?」


 聞き覚えのある女の声に、反射的に俺は身構えた。

 青い制服を着た小生意気そうな黒髪の小娘。

 女勇者官のドロシーが、スカートの中の子供っぽい下着を盛大に晒しながら、扉を蹴破った格好で目を丸くしている

 どうやら俺は助かったらしい。

 生まれて初めて、勇者官に感謝した。



「かぁ~! やっぱ肉だよなぁ!」


 本物の牛のステーキに齧りつき、ジャッドが歓声を上げる。

 あれから数日、肉の業者が営業を再開し、竜の尻尾亭のメニューにも肉が戻った。

 野菜教は一夜の夢だったかのように姿を消した。冒険者共はあっさり掌を返し、美味そうに肉を食らっている。

 俺にとっては悪夢の夜。勇者官が重い腰を上げて野菜教の取り締まりに乗り出した。

 翌朝には国王が公式に野菜教をカルト認定し、イーサ教会も連中を異端と見なす発表を行った。多少の反動はあったが、ほとんどの人間にとって野菜教は流行り病のようなものだった。肉屋やそれに関わる職人は商売にならないし、家畜を育てる農民にしても死活問題だ。放置すれば国が傾く。こうなるのは時間の問題だったのだろう。

 野菜教は暇を持て余した富裕層を中心に広がった。自分の手を汚した事もなく、不労所得で食っているような連中だ。庶民にとっては憧れの存在でもあり、連中の間で流行った事は庶民の間でも右に倣えで流行り出す。

 金持ちどもに自分の身を危険にさらしてまで主義を貫くような根性はない。というか、そもそもがただの流行りだ。冒険者が儲け話に聡いように、金持ちどもは社交界の流行りに敏感だ。なんとなく流行りに乗っかったら引っ込みがつかない所まで話が大きくなってしまった。言ってしまえば、それだけの事件だった。王や教会が声明を出し、流行りが廃れればそれまでだ。

 首謀者は捕まり、襲撃や暴動紛いの事を行っていた連中は軒並み牢屋にぶち込まれた。首謀者の男は主犯格は別にいて自分はそいつに唆されただけだと苦しい言い訳をしているらしい。これだけの事を起こしたのだ。死刑は間逃れない。誰だってそう言うだろう。


「なんだフーリオ? 野菜教は滅んだんだ! もうそんな物食べなくたっていいんだぜ!」


 酔ったジャッドが陽気に言う。

 周りの連中が動物の肉を食らう中、俺は一人野菜料理を食べていた。


「ほっといてくれ。俺は暫く肉は食えそうもない」


 陰鬱な気分でジャッドを追い払う。

 風の噂に聞いたのだろう。

 冒険者仲間がジャッドに俺が人の肉を食った事を知らせた。

 ジャッドはマジかよ!? と顔をしかめ、憐みの視線を俺に向ける。

 例の店を紹介した事を悔やんでいるのだろう。

 慰めの声をかけようとして悩み、放っておくのが一番の慰めだと考え直して離れていく。

 そうしてくれ。

 今の俺は、肉を見るとどうしてもあの日食べた肉の味を思い出してしまう。

 人の肉のステーキは美味かった。

 それはきっと、長い事肉を食えなかったせいもあるのだろうが。

 だとしても、俺はあの肉を、心の底から美味いと感じてしまった。

 クソッタレの野菜教め!


「「「あなたは私を殺してその肉を食べたいと思いますか?」」」


 幻聴を振り払うと、俺は強い酒をあおってウサギみたいにキャベツを齧った。

 こんな物、美味くもなんともない。















《あとがき》


 ここまで読んで頂いた方ありがとうございます。

 このような感じで、主人公や世界観はそのままに、章ごとに題材を変えた短めの話を投稿していく予定です。


 次の話はもう少し明るく、登場人物の多いドタバタ劇となります。


 ご指摘、ご感想等あれば頂けると励みになります。


 


 時系列的な要素は多少ありますが、好きな章から読んで頂いても大丈夫だと思います。


《宣伝》


新規の連載物で異世界転移物を始めました。


中年作家が宇宙人に拉致られ、異世界ギャルと共に勇者になる話です。


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