第3話 増殖

「「「「「「肉食をやめろー! 生き物を殺すなー!」」」」」」


 遠くからでも聞こえる声に憂鬱になる。

 あれから数日、連中の数は増えるばかりだ。


 勇者官はなにをやっているんだ?

 肉の業者を襲ったのも奴らの仕業だ。


 冒険者仲間から、例の商隊を護衛していたという冒険者の話を聞いた。

 相手は盗賊ではなく、武装した市民だという話だ。

 中には冒険者も混じっていて、家畜を寄こさないと皆殺しにすると迫ってきたとらしい。


 盗賊だってそこまではしない。

 殺しをやれば勇者官だって黙ってはいない。

 討伐隊が編成されて一巻の終わりだ。

 

 荷物だけ奪えば同じ相手をまた襲える。

 盗賊の狙いは金目の物であって命じゃない。


 護衛の冒険者は商隊の人間を逃がすので精一杯だったそうだ。

 無理もない話だ。


 先日の事を思い出す。

 狂気的な連中だった。

 殺すまで止まりそうもない。


 護衛の冒険者だって、はした金で気軽に人殺しが出来る程冷酷じゃない。

 皆殺しにするか荷物を手放すか、どちらかを選べと言われたら、俺だって同じ選択をしただろう。

 そんな事が続けば、いつかは血が流れるだろうが。


 この街はいったいどうなっちまったんだ?

 ただひたすらに気味が悪いが、そんな事とは関係なしに腹は減る。


 奴らの声を迂回して進むと、別の奴らの声が聞こえた。

 結局、店に着くまでに三回も迂回する羽目になった。


 ◆


「肉はどうだ」


 注文を取りに来たミルシャにダメもとで聞いてみる。


「うーん、それがね……」


 ミルシャはいいにくそうに言い淀んだ。


「しばらくの間、肉料理を出すのをやめる事にしたの」

「なんだって!?」


 思わず大きな声が出る。

 肉がないのと扱いをやめるのとではまるで違う。

 まさか、ガブスまで奴らの仲間になったのか? 

 だとすれば、この店はもうおしまいだ。

 確認したいが、聞くのが怖い。


 ミルシャは周りの目を気にすると、顔を近づけて囁いた。

 リンゴを思わせる甘い香りがして、俺の胸はドキリとする。


「例の人達、変な宗教みたいなの。命の守り人って名乗ってるみたいなんだけど。その人達がね、商隊だけじゃなくお肉を出すお店まで襲ってるみたいなの。お肉がなくても、メニューにあるだけで駄目なんだって。どうせお肉も入って来ないし、騒ぎが落ち着くまでメニューからなくしちゃおうって店長がね」


 思わず口が空いた。


「……マジかよ。勇者官はなにやってんだ?」


 なんとなく、俺も小声になって言う。


「捕まえてはいるみたいなんだけど、増える一方なんだって。やってる側は聖戦だ! とか言って全然反省してないし、大変みたい。なんか、常連さんの中にも仲間になっちゃった人がいるみたいで。その人達が騒ぐのも理由なの」


 小声なのはそれが理由らしい。

 思わず俺は店を見渡した。

 よくよく見えれば、喜んでサラダを食っている奴もいる。


 イーサ教の布教の為に冒険者をやっている女僧侶のネル。

 銀色の部分鎧を着こんだ美人の女剣士セリアン。

 いつも怪しい儲け話を運んでくる弓使いのジャッドまでもが馬みたいに人参スティックを齧っている。


 全員顔なじみで気のいい奴らなのだが。

 裏切られたような気がして胸が苦しい。


「で、でも、良いニュースもあるんだよ」


 余程情けない顔をしていたのだろう。励ますようにミルシャは言った。


「命の守り人の人がお肉を使わない美味しい料理を広めてて、店長も習ったんだって」

「それのどこが良いニュースなんだ?」


 半眼になって尋ねる。


「とりあえず食べてみてよ。本当に美味しいんだから。ね?」


 勘弁してくれよ! 

 と言いたい所だが、行きつけの店のウェイトレスを邪険にするのは忍びない。


「好きにしてくれ」


 力なくといった感じ言う。

 ジャッド達が向こう側に行ってしまった事が思いの他ショックだったらしい。

 命の守り人だか何だか知らないが、このまま増えたら街中があいつらだらけになるのだろうか。

 居心地の良い街だっただけに残念でならない。


 程なくしてミルシャが料理を運んできた。

 メニューはカレーとハンバーグと唐揚げだ。


 ……?


 わけがわからず瞬きをする。


 目を擦っても目の前の光景は変わらない。

 騙されているような気がしてミルシャの顔を見返した。

 彼女はびっくり箱をプレゼントした子供みたいに悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「えへへへ、びっくりしたでしょ」

「……なんの肉だ?」


 声を潜めて聞いてみる。


「当ててみて」


 そう言われたら仕方ない。

 俺は震える手でナイフを握った。


 ハンバーグにしては色が白かった。

 間違いなく牛ではない。

 豚だってここまでは白くならない。

 なら、鳥のミンチか? 


 切ってみると、中はもっと白かった。

 茹でたささみか胸肉ならこんな色になりそうだが、それにしては柔らかかった。

 口に含むとほろりと崩れ、淡白な肉汁がじゅわっと広がった。

 鶏肉ならこんなにジューシーにはならない。


「豚か?」


 豚のハンバーグなんか食べた事がないが。

 ただの消去法だ。

 それにしてはさっぱりしすぎている気もする。


「ぶっぶー」


 楽しそうにミルシャが言う。


 肩をすくめて唐揚げを頬張った。

 こっちも普通の唐揚げじゃない。

 なにかのひき肉を揚げた物らしく、食感や風味はハンバーグに近い。

 同じ肉なんだろう。淡白で柔らかく、少しもそっとしている。

 むね肉のミンチを柔らかくしたらこんな感じになるかもしれない。


「降参だ。全然わからん」

「正解はね、ダイズなの」

「なんだって?」


 そんな肉気いたい事がない。

 魔物の肉か?


「お豆の大豆。それを潰して絞った奴にパン粉とか色々混ぜるんだって。ダシを良く吸うからお肉みたいにジューシーだったでしょ?」

「……これが豆か。言われなきゃ気づかなかったな」


 カレーにも手を付ける。

 こちらは野菜と豆のカレーだが、スパイスが効いていて羊肉を食べたような強い風味がある。

 それこそ、羊肉のカレーを作った後に肉だけ除いたらこんな味になりそうだ。


「美味しかったでしょ? これなら、お肉の代わりになるんじゃないかな!」


 目を輝かせてミルシャは言う。


 確かに、大豆肉は良く出来ている。

 作り方を聞いた感じ、ミンチの代用にしかならなそうだが、肉っぽい感じはした。


「……そうだな」


 精一杯の作り笑いで俺は言った。

 確かに美味いが、所詮は代用品だ。

 ガブスには悪いが、こんな物じゃ肉の代わりは務まらない。


 こってりした脂身と野性味あふれる真っ赤な肉汁が恋しい。

 中途半端な偽物肉を食べたせいで余計にそう思う。


 そんな事を言っても無い物はない。

 野菜教に魂を売った連中が俺の反応を伺ってもいる。

 心を殺してお世辞を言うしかなかった。



 あれから数日が過ぎ、肉食を咎める野菜教の声は聞こえなくなった。


 連中がいなくなったわけじゃない。

 その逆で、言うまでもないくらい当たり前の事になってしまった。


 今じゃミルシャもあちら側だ。

 豆から作ったクソッタレ偽物肉とサラダを頬張りながら、お肉をやめてからお通じが良くなったとか肌の調子が良いとか女冒険者どもと話している。


 不摂生の権化のようなジャッドまで、野菜生活を始めてから酒が上手いとかほざいている。

 ガブスは今日もせっせと新メニュー作りだ。


 狂った光景だが、今じゃこっちが異端者だ。

 肉が食べたいなんて言ったらどうなる事か。

 白い目で見られるだけならまだいいが、非人間呼ばわりされて袋叩きにされてもおかしくない。


 実際、野菜教に抵抗した肉屋や飯屋は襲撃され、死人すら出ている。

 勇者官は頑張っているが、焼け石に水だ。

 どうやら、街の権力者の中にも野菜教が広まっていて、動きづらい状況にあるらしい。


 冒険者の中には狩人と二足の草鞋を履いている連中もいる。

 その手の連中は廃業宣言をするか姿を消した。


 今や、動物を殺して肉を食うような野蛮人はぶち殺して豚の餌にしてしまえという雰囲気が蔓延している。

 

 悪夢のような状況だ。

 俺も奴らのように狂えたらいいのだろうが。

 俺は今でも肉に焦がれていた。

 

 クソッタレが。

 クソ穴にも劣る口からご高説を垂れてはいるが、動物だって肉を食う連中はいるだろうが。


 俺の愛する猫ちゃんだって肉食だ。

 あいつらも一緒に殺すのか?


 大体、植物には命がないから食べていいという話も眉唾だ。

 人間や動物のように鳴いたり動いたりはしないが、あいつらだって命があると俺は思う。


 誰にも言った事はないが、俺は借りてる部屋の窓辺で名前も知らない鉢植えを一つ育てている。

 ある時拾った変な形の種を好奇心で植えてみたのだ。

 そいつは芽吹き、育って、見た事もない綺麗な花を咲かせた。


 天気が良い日は嬉しそうに葉を広げ、曇り日はどこか不貞腐れたように葉を下ろしている。

 そんな姿を見たら、植物に命がないとは言えないはずだ。


 別に俺は命があるから尊いとか尊くないとかそんな話がしたいわけじゃない。

 そんなのは野菜教の連中だけで充分だ。


 やつらの言い分は正しいのかもしれない。

 肉を食べるという事は殺す事だ。

 家畜を人間の食欲を満たす為に閉じ込めておくのは非道かもしれない。

 お前が逆の立場になったらどうだと言われたら御免こうむると答えるだろう。


 だが、俺は肉が食いたい。

 誰がなんと言おうが、食いたいものは食いたいんだ。


 可笑しいのは俺か?

 そうかもしれない。


 野蛮な俺が狂っていて、他の連中のほうが正しいのか?

 そうかもしれない。


 だとしても俺は肉が食いたい。

 誰でもいい!

 俺に腹いっぱい肉を食わせてくれ!


 そんな心の叫びを必死に押し殺して野菜教のふりをする日々が続いている。

 このままじゃ、俺は別の意味で狂いそうだ。


 肉を食いたい気持ちを紛らわせる為、客の疎らになった店で遅くまで飲んでいると、酒の入ったカップを片手に向かいの席にジャッドが座った。


「……なんか用かよ」


 刺々しい言葉が出た。

 心から野菜教になりきれない俺は、仲の良かった連中と距離を取り、自ら孤立している。


「そう邪険にするなよ。俺とお前の仲だろ」


 不精ひげに濃い茶髪を後ろに流した長身の優男が皮肉っぽい笑み浮かべる。

 野菜などまるで似合わないジャッドだった。

 どうしてお前がという想いが強い。


「別に邪険になんかしねてぇよ。ちっと腹の虫の居所が悪いだけだ」

「そうだろうな」


 なにが面白いのか、ジャッドは口元をニヤつかせながら酒を飲む。

 意味もなく鼻で笑い、中の酒を回すようにカップを振り、おもむろに前かがみになった。


「肉が食いたいんだろ?」


 突然の言葉に噎せかける。

 誤魔化すように咳ばらいをすると、俺は言った。


「馬鹿言うなよ。あんなもんを食べたがるのは血も涙もない野蛮人だけだ。ガブスの大豆肉に文句はねぇ。動物の肉を食いてぇとは思わねぇよ」


 ジャッドの半眼が蛇のように俺を見つめた。

 平静を装おうとしたが、根負けして視線を逸らす。

 そんな俺を見て、ジャッドは呆れた様子でため息をつく。


「無理すんなよ。お前が肉を食いたがってるのはバレバレだ。大豆肉を食う度に、まともな肉が食いてぇって顔をしてるぜ」

「……なわけねぇだろ」


 言いながら、俺の手は確かめるように顔に触れていた。

 馬鹿か俺は。

 これじゃあ自白してるのと同じだ。


 普段の俺はここまでマヌケじゃない。

 深酒が俺をマヌケに変えていた。


「お前と仕事としたのは一度や二度じゃねぇ。両手の指に足を足してもまだ足りねぇ。心配してんだ。そんな調子じゃ、その内ボロが出るぜ」

「……カマかけてんのか」


 探るように尋ねる。

 疑心に駆られた俺を、ジャッドは鼻で笑った。


「俺は弓使いだ。外仕事のついでに森に入って狩りをしてる」


 この距離ですら、ジャッドの声は意識しなければ聞き逃しそうな程小さかった。

 それでも俺は周りの目を気にしてしまう。


「きょろきょろするな。怪しまれるだろ」

「わ、わりぃ……」


 本当に、今日の俺はどうかしてる。

 これじゃあ素人だ。


 酒のせいだけじゃない。

 肉には人をしゃっきりさせる大事な栄養があるのだろう。


「……食わせてくれるのか」


 世間話の合間を縫って、転がすように尋ねる。


「怪しまれてるのは俺も一緒だ。二人で動けば勘繰られる」


 だったらなんで話しかけた。

 そう思う俺の顔色を読んだのだろう。


「美味い野菜を出す店がある。そいつを食えばお前の気も少しは晴れるだろ」


 何を言ってるんだこいつは?

 とは思わなかった。

 

 単純な言い換えだ。

 野菜教に隠れて密かに肉を出す店があるのだろう。


「そいつは助かる。みんなが野菜を食うようになったせいで新鮮な野菜が手に入りづらくなったからな」

「穴場なんだ。誰にも言うなよ?」

「わかってるって」


 見え透いた小芝居をすると、ジャッドが店の場所を教えた。

 スラムに近い半ば非合法の店がひしめく風俗街で、いかにもそういう店がありそうな通りだ。


「まだ空いてるか?」

「夜の街だ。これからが本番だろ」


 はやる気持ちを堪えて、野菜教の話で盛り上がるふりをした。


 最近は王都の方でも流行り始めているらしいが、イーサ教会は良い顔をしていないという。

 教会の考えでは、あらゆるものが神の恵みだ。

 神はただ恵みとして世界を与え、その行く末を人に任せた。


 より良く生きるのが神の意志だが、その為になにかを強制するような事はしない。

 栄えるも滅ぶも人次第。神はただ見守るだけだ。


 野菜教もイーサ教を名乗っており、動物を殺して食う事は神の意思に反すると説いている。

 イーサ教会からすれば異端以外のなにものでもないが、貴族や富裕層の間で流行ってしまい、対処に困っているらしい。


 ジャッドの言葉は右から入って左に抜けた。

 頭の中は肉の事でいっぱいだ。


 三十分も話せば十分だろう。

 その間、何度時計を見たか分からない。


 我慢できず、俺はニ十分で席を立った。

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