+グリーンローズ 4
「昨晩だってノーランさんに家まで送ってもらう時、お店の人に変に勘繰られないよう気を使っちゃって大変だったんですから。『あのローズマリーにアンドロイドの恋人ができた』だなんて、事実無根の噂が広がったら困りますもの。まあ、ノーランさんのような方が相手ならぜんぜん悪い気はしませんけどね」
「はあ、なるほど……」
ザックとしては正直、感心しない。
この度ローズに対しておこなわれた犯行は一つ前のそれとは比べ物にならないほど過激さを増していた。犯人の思惑は定かでないものの、どうあれ楽観視すべき状況ではない。やはりロス市警を頼るのが最善は最善だ。
とはいえ「雇われ用心棒」という自らの立場を考えれば、彼としてもボスの意向を無下にすることはできない。そのうえで、この野望に燃える若きシンガーを守り抜くつもりなら、現時点ですべきことは一つしかない。すなわち頭をひねって次善の策をひねり出すことだ。
依頼人の安全を第一に考え、かつ犯人の目的も見極めながら、時には能動的に敵をけん制し、その正体を暴くべく奔走する。それも可能な限り隠密に。
(ということは、いよいよここからが腕の見せどころってわけだな、名探偵)
自らを鼓舞するとも嘲るとも取れる言葉を思い浮かべつつ、ザックはあらためて今後の方針を定めることにした。
五
一つ確実なのは、ひとまず次の金曜まではあるていど安全だということだ。
これまでのところ犯人側の要求は極めてシンプル。彼――便宜上、ここでは彼ということにしておく――は、彼自身がよく知っているだろう美貌の歌姫に対し、そのたぐいまれなる歌唱力を披露するなと求めている。
その動機は見当もつかないが、ともあれ犯人にはローズに活躍されては困る理由があるのだ。順当に考えるなら独占欲か逆恨み、あるいは嫉妬心がポイントになるだろう。
ただ、気になるのは犯人が曜日にこだわっている点である。
現状ローズが定期的に舞台に上がるのは週に二晩。それぞれ水曜と金曜の二〇時からだ。にもかかわらず、これまでに見つかった二通の脅迫状にはそろって金曜の夜に関する要求のみが記されてあった。
ローズ宅に忍び込むまでした犯人だ。この人物がローズの正確な出演時間を把握していないとは思えない。もしかするとこの金曜日というのが何か重要な意味をもっているのかもしれない。
いずれにせよ、二通目の脅迫状に「今回だけは見逃す」という文言があるのは確かだ。次の週末が来るまではひとまず安心していい。ちょっとした脅しや嫌がらせには警戒が必要だろうが、少なくとも命を狙われる心配はない。むろん、犯人の言葉を信用する前提の話ではあるが。
ザックはそうはしなかった。より正しくは、犯人の記した内容を全面的に受け入れる気にはなれなかったのだ。なにせ人命がかかっている。この手のケースでは慎重になり過ぎるということはない。
どうあれ警護は必要だ。かといって目立つ手法は取れない――。
すなわち、この時ザックとノーランとが果たさねばならかった役割は屈強なボディガードではなく、ローズを陰から見守るガーディアンエンジェル、いわゆる守護霊になることだったのだ。
守護霊というと高尚な感じだが実際にやることは低俗の極み。なんといってもストーカー行為だ。
ローズの周囲に近づき過ぎず、かつ人目を引くことなく、しかしながら万一の場合には迅速に対処できるよう彼女の行動を監視する。
これではまるでこちらがストーカー犯のようだが、悲しいかな尾行と監視はザックにとってはお手の物だ。プロ顔負けというかプロそのもの。彼はその手のつきまとい行為をこそ飯の種にしているのだ。
やり手の私立探偵には市警などと協力して刑事事件の捜査に当たる者もあるが、残念ながらザカリー・マクブライドはそちら側ではない。主として彼が追うのは残忍な凶悪犯の足跡ではなく、小賢しい浮気男の背中である。
そうした生活のなかで培われたこの手腕――変装やら盗撮やらのいかがわしい技術の数々がまさか淑女の護衛に役立てられることになろうとは。
「芸は身を助く」とはまさにこういうことである。
当然、ローズの同意はあるのだからこの監視活動は完全に合法なものだ。
とはいうものの、くだんの〝生首〟が届いてからの一週間というもの、ザックが自身の職務中に度々罪悪感を覚えさせられたのもまた事実だった。
例えば自室でひとり余暇を過ごすローズの姿を、モバイル・ディスプレイの画面上で眺める時などがそうだ。
周囲に気づかれずに彼女の家に出入りするのは難しい。よって彼女が自宅にいるあいだは、宅内の各所に設置した監視カメラを用いて安否を確認することにした。アパートの近所にマクブライド探偵社の〝社用車〟を停め、その中から警護対象を見守る寸法だ。
くわえて、ローズには超小型の通信装置を渡してあった。このタイプの通信機なら有事に際してもワンボタンで音声通話をつなげられる。想定外の事態にも素早く対応可能だ。
しかしどう考えてもやり方に問題がある。効率や精度の良し悪しではなく、倫理面での問題が。
いちおうバスルームの内部や各部屋の隅などカメラの死角はいくつか用意してあるため、日常生活を送るぶんには問題はないようだった。それが証拠にローズも時折は、カメラレンズの向こう側にいるだろう探偵たちに向かって軽く手を振ったり、笑いかけたりなどすることがあった。あえて怯えを表に出さないようにしているのだ。
ああ見えて彼女も案外、タフな一面を隠し持っているのかもしれない。
この簡易的な監視システムはとくに例のマネキン騒ぎがあった翌日、日曜日の午前と午後を通して多く活用された。この日はローズが家にこもりきりだったのだ。この点に関しては「昨日の今日」と言うべきか、一晩明けただけでは平時の生活パターンに戻る気になれなかったのだろう。
よってザックはこの日、ローズが起き抜けにゆで卵とトーストをほおばったり、ハンディ掃除機を片手に部屋中を片づけてまわったり、携帯電話と連携させたテレビモニターで連続ドラマを一気見したりする様子を日がな一日ながめることになった。
言っては何だがこれはザックにとっては都合がよかった。警護対象にあちこちうろつかれるよりかは、こうして閉じこもってくれたほうが断然に仕事がしやすいからだ。
×
とはいうものの、ローズとていつまでも寝床に隠れてはいられなかった。他の人間がそうであるのと同様に、彼女もまた収入を得るべく労働する必要があるからだ。
彼女はステージシンガーだけでなくスーパーのレジ係という顔も併せ持っていた。いくら地元では有名な歌手だからといって、週に二度の出番ではなかなか生活も成り立たないということか。
副業の出勤日数は週に三日。日曜と月曜と、くわえて木曜のそれぞれ正午から勤務開始となっている。
今週の日曜日は体調不良を口実に休んだが、続く月曜はそうもいかなかった。なにぶん終わりの見えない戦いだ。ローズとしても長いあいだ平時の生活パターンから外れるのは好ましくない。
それに、前述のとおり犯人の要求は金曜に限定されている。指定外の日を普段と変わりなく過ごしたとしても、それが犯人を挑発することになるとは考えにくい。
そういうわけで、この月曜はザックも前日以上の工夫を求められた。
今回のように隠密に警護をおこなう場合こうしたシチュエーション――警護対象が量販店で勤務中――では、とくに監視作業の遂行が難しい。
それもそのはず、「正当な理由なく店舗内に居座り、なおかつ長時間にわたって特定の従業員を監視し続ける」のは、人目を忍んで進めるにはあまりに難儀な行為だ。ローズを直接見張るのは現実的ではない。
むろん彼女宅とは違って監視カメラを利用することもできない。ゆえにザックは、ローズの勤務中は簡易的な手法を取ることにした。すなわち「危険を感じたら通信機で呼び出してくれ」という方法だ。
良かれ悪しかれ衆人環視のなかである。こうした環境で堂々と襲いかかってくる相手なら、はじめから脅迫状のようなまどろっこしいやり方はしていない。
ここはローズからの連絡を待つのが最善であろう。トラブルにすぐに対応できるよう、スーパーマーケットの近くで待機あるのみだ。
ノーランは退屈そうにブーブー言っていたが文句をたれても仕方がない。探偵の仕事は万事がこういう調子だ。下調べをして、張り込んで、尾行する。勤務時間の八割がたはオフィスの椅子か、もしくは車のシート上で過ごすのが常である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます