+スクリュードライバー 4
二
「ええ? じゃあノーランってば、本当に『それ』を被って出てきたの?」
と訊ねたのは〈SD〉なる少女であった。
彼女は自らの名を〈スクリュードライバー〉と称しているのだが、知人間ではその頭文字をとった略称で呼ばれることが多かった。
この時SD嬢から質問を受けていた人物はほかでもない、偽りのタクシードライバーにして不運なる探偵、ザカリー・マクブライドその人だった。
「そうだ、本当に『これ』を被ってやって来たんだ。でなけりゃあ、わざわざこんなのを持参するわけないだろう」
ザックは腫れた頬に氷のう代わりのビニール袋を当てていた。
彼らが『それ』だとか『これ』だとか称している例の熊の被り物は、ザックの足元に転がされていた。彼が腰かけた一人がけソファのすぐそばに、だ。
「まあそれもそうね。その可愛げはどう見てもあなたの趣味じゃないし……ああそれで、それから先はどうなったの?」
「どうもこうもないさ。ヒーローが遅れてやって来て、乱闘がはじまって、それぞれ思い思いに殴ったり殴られたりしているうちに拳銃がズドン! それでノーランがぶっ倒れたかと思ったら、今度はパトカーのサイレンが鳴りだした。あとは各々、蜘蛛の子を散らしたように、てところだな」
「あー……蜘蛛の子?」
「あっちこっちに逃げてったってことだよ」
「ああ、『かく乱戦法』ね」
「そういうことだ」
ザックの語る乱闘騒ぎから一時間ほどが経過したころ。ザックとSDとノーラン氏との三名はSD嬢の自宅にいた。
自宅といっても単に寝起きをする場所というのではない。そこは彼女にとって仕事場も兼ねた空間だった。
ロサンゼルス東部の郊外に建つ一軒の安アパート。
地上五階建て、総戸数六十戸を備えた幅広の建物の四階部分に、SD宅はあった。
その部屋は元々2LDKの間取りであったところを、彼女が居住を決めた際にリフォームしたのだそうだ。部屋内の仕切りの一部を取り払い作業用のスペースを作ったのだ。
そうした個人的都合による改築がどういう理由から許可されたのかはザックの知るところではない。「まあ法に触れる話ではないだろう」というのが彼の直感するところだった。
ともあれ彼女には一般的なLDK部分の広さに、さらにもう一部屋分の空間を足したほどの大きな作業場が必要だったのだ。
その作業場の中でまず目を引くのが、平均的な個人用事務机の五倍ほどのサイズを誇る立派な作業台であった。さきほどSDが仕事をやりはじめて以降、ずっと〝意識を失った〟状態にあるノーランは、そこに寝かされた格好で安置されていた。
SDはノーランの被弾個所を調べていた。勢いよく放たれた357マグナム弾が身体のどの部位に着弾し、またどれほどの損傷を与えたのか。肉眼では確認できない詳細な情報を種々の器具を用いて調査するのだ。
ただ、この作業に際して彼女が使用する器具というのは、たとえば鉗子だとか、あるいは筋鈎だとかという類の物ではなかった。
彼女が操るのはラチェットレンチやコンビネーションプライヤ、ワイヤーストリッパー、圧着工具、デジタルマルチメーター、はんだごて、サーボモーター、およびスクリュードライバー等々といった品々である。早い話SDなる少女の正体とは一種の技術者なのである。
そうしてSDが医師ではなくエンジニアだということは、つまり彼女に処置を施されているノーランもまた生身の人間ではないのである。
彼はアンドロイドだ。それも対人コミュニケーションや単純作業労働ではなく、戦闘行為を想定して設計されたモデルである。
高い耐摩耗性と伸縮性とを両立させた人工筋肉に、軽量かつ頑丈、くわえて保全性にも優れた内部骨格。迅速な状況判断を可能にする高度なAIアルゴリズム。
彼の出自はザックにとっても未知の部分が多いが、この無口な男(?)が何かしらの暴力的な問題に対処すべく誕生させられたのはまず間違いない。
それこそが、この夜ザックがここを訪れたのは理由の一端だった。
――強靭な肉体を持つノーランがたった一発の銃弾、それも拳銃用の弾丸を受けただけで倒れたのはいったいどういうわけなのか?
一部には街一番とも噂される気鋭の技術者、スクリュードライバーの腕があれば、この疑問もたちどころに解消されるに違いない。
こうしたザックの期待にSDは見事に応えてみせた。
「なるほどねえ……さっきザックも言ってたけどさ、そのタクティカルメットの人、どうやらマジにヤバいみたいね」
「どういうことだ?」
「ヤバいくらい凄腕ってこと」
無数の単語と数字が踊るタブレット端末の画面を見つめたまま、SDは話を続けた。
「ザックも知ってのとおり、ノーランは『デッカー&ベイカー社』の『ネクストエイジ・ソルジャー』シリーズによく似たコンセプトを備えたモデルよ。同社が二〇五七年に発表した広告いわく、『いつの世も軍隊を構成するのは兵器ではなく――」
「兵士。戦う意思を持った軍人だ』……だろう?」
「イエス。よく知ってるじゃない」
「お前からこの話を聞くのはこれで三度目だ」
「まだそんだけだったっけ? まあいいや。とにかく、ネクストエイジ・ソルジャーは単なる戦闘用の機械じゃなく、文字どおり人造の兵士を目指した製品だってわけ。実際の人体の構造、つまり骨格やら筋肉の付き方やらに基づいて造形することで、通常の兵士が使用するありとあらゆる装備や設備の利用が可能になる。くわえて、一般的な戦闘用ドローンが戦場で対峙した敵に与えるそれとは異なった精神的損害を与えることもできる。
ドローンを撃って壊すことに罪悪感を覚える人間は少ないけど、人間そっくりのアンドロイドなら話は別でしょ? 壊すよりかは殺すっていう印象がつきまとうから、撃った当人が自覚しなくてもストレスが蓄積していくって寸法ね。
もちろん、D&B社は『当シリーズの外見的特徴はあくまでも友軍兵士の士気高揚のためだ』なんて言ってるけど、実際はどうだか。だってわざわざ本物の血液に似せて作った冷却水を体内で循環させてるんだよ? そこまでやる必要ある? それに『苦悶の表情プログラム』だってさ、いったいどんな正当性があればそんな悪趣味な――」
こうしたテクノロジーに関する話題になると彼女はことに饒舌になる。まれに早口が過ぎて何を言っているのか分からなくなるし、また時には聞きなれない単語を短時間に羅列したかと思うと、その一つひとつを順番に解説しようとしたりもする。
「コミュニケーション」という意味では褒められた態度ではない。専門的な知識を必要とする会話では対話者の理解度を考慮すべきだ。
それに、一つの文章を理解させるのに複数の難語をいちいち解説していては、いずれ話の要点が失われてしまう。重要なのは「ここで伝えるべき内容は何なのか」を常に念頭に置いて会話の筋道を組み立てることだ。
とはいえザックは個人的に、こういうSDの姿が嫌いではなかった。
何よりもこの弾む声だ。
SDはどちらかと言うと社交的なタイプだが、それが彼女本来の気質なのか、それとも意識してそう振る舞っているのかは定かでない。ただ一つ確かなのは「もうかれこれ五年も探偵を続きてきたおかげか、他人の嘘に対しては人並み以上に鼻の利くザックをして定かでないと言わしめるほどには、彼女には計り知れない部分がある」ということだ。
が、それもこのひと時だけは別だった。こうして多様なテクノロジーについて熱っぽく語るあいだだけは。
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