+スクリュードライバー 5

(ああ……本当に好きなんだなあ、機械いじり)


 ザックの位置からではSDの表情は見えない。


 しかしこの声。この右へ左へとステップを踏むようなはしゃいだ様子の声からは、翳りや屈託などは微塵も感じ取ることができなかった。


 伝えたいことがたくさんある。話したいことが山ほどある。そういう声でまくしたてるSDの背中を慣れた座面から眺めるのは悪いものではない。


 とはいえこの日に限ってはそう呑気に構えてはいられなかった。折れて歪んだ鼻筋はどうにか元に戻したが、肋骨のヒビは素人にはどうしようもない。悪化しないうちに医者に診てもらうか、最低でも安静な姿勢を取るくらいはしておかねばなるまい。


「なあSD……悪いが、俺も今夜ばかりはすぐに休まなきゃならん。盛り上がっているところすまないが、ようするにあの男はどういうふうにヤバいんだ?」


「ん、オーケイ。じゃあ手っ取り早くいくわね。さっきも言ったけど、ノーランは実際の人体に近しい体格を備えたアンドロイドなの。だけどこの子はネクストエイジ・ソルジャーシリーズとは違って、通常の人間とはかけ離れた外見的特徴をも併せ持っているわ。体表の要所要所に高性能な外骨格が配置されているからね。

 それに素顔は古い電球みたい――特大のガラス球にビデオカメラを閉じ込めた感じ?――だし、肌の色だって普通じゃない。いや、私だって肌の色がああだこうだなんて悪趣味っぽいことを言う気はないけどさ、でもノーランの肌ってダークブルーの下地にアクセントでネオンレッドを散らしたふうじゃない? その上に『いかにもメタル!』って感じのクローム仕上げの外骨格が――」


「うおっほん!」


「へへへ……冗談だよ冗談。話が長すぎるってんでしょ? 分かってるってば……だけど、ここから先については本当に重要なことだからちゃんと聞いといてね。とにかく、ノーランは後付けの防具類を必要としないていどには高い防御性能を有しているわ。ところがこの子にも弱点がないわけじゃあない。まあ弱点っていうよりかはちょっとした構造上の難点って感じなんだけど――」


 そこまで口にしたのち、SDは一心に見つめていたタブレット端末から視線を外してザックへと向き直った。


「いい? この子には全部で四つの姿勢制御装置が搭載されているの。まあ正確には制御装置それ自体は一つだけで、四つあるのは現在の姿勢を感知する装置なんだけどね。で、四つの装置はそれぞれ頭部に一つ、胸部に二つ、下腹部に一つと、胴体を中心に分散して配置してあるの。それで、それらのうちの胸部に配置された二つっていうのが、つまりこの子の弱点になってるってわけ」


「ううん……それは具体的には、どういう具合の弱みなんだ?」


「そんなに頻繁に起こることではないと思うんだけど、ノーランの場合は胸の高さで、しかも背面の限られた角度から瞬間的に強い衝撃が加えられると、一時的な動作不良に陥ってしまうのね。胸部の感知装置がマヒするの。そうなると、この子は自分の胴体が上下左右のどちらを向いているのか正しく認識できなくなってしまう。知覚神経はもう大混乱。なんてったって、四つある装置のうち五〇パーセントが機能しなくなっちゃってるんだから」


「ああ…………つまりノーランは平衡感覚を失って転倒したってことなのか?」


「おっしゃるとおり。いちおう、内部的な混乱はほんの一、二秒で治まるとは思うんだけど、格闘みたいな複雑な運動をしている最中なら、たった数秒でも充分に『ぶっ倒れる』原因にはなるでしょ?」


「なるほどなあ……」


 とザックがこぼしたのには二つの理由があった。


 一つはノーランを襲った異変の原因が理解できたこと。対するもう一方は、そうした不具合に襲われたはずのノーランが、フロントグラスのないタクシーで逃げ出す際には意外にもけろっとしていた理由が分かったことだ。


「じゃあSD、こいつは大した傷を負ったわけではないんだな?」


「うん、不調はあくまでも一時的なものよ。背中の人工筋肉が少しダメになっていたけど、まだ部品を取り替えるほどじゃないと思う。簡易的な補修はもう済ませてあるから、もしもこの次に何かあったら大事をとって交換って感じね」


「ソフト面にエラーの兆候は?」


「ん、ついさっきまで確認してたけど、一般的なチェックで検査される範囲では……ないわね。多分大丈夫」


「そうか……よかったよ大事がなくて。ありがとうSD。それと、こんな真夜中に急に押しかけて済まなかったな」


「いいっていいって。あなたたちみたいなお客さんならいつだって大歓迎。それに私もどうせ夜型人間だし」


「ハハ、そう言ってもらえるならありがたいよ」


――それで今日の修理代はいくらだ?


 と続けようとしたところでザックは気が付いた。自身が一つ、大きな忘れ物をしていることに。


「待った、まだ大事なことを聞いていなかった。なあSD、結局のところあの襲撃者は何がヤバいってことだったんだ?」


「ああそうそう、それだった。私さっき『ノーランは背中側から一定の位置にショックを受けると不具合を起こす』って言ったでしょ?」


「そうだな」


「それで、その一定の位置がどこかって話なんだけど、それってつまり――」


 彼女は人差し指で自身の胸の中心を指しつつ、こう続けた。


「ずばり、心臓の真後ろってわけ」


「ああ……なるほど……」


「ねえザック、確認したいんだけど、実際の発砲が何発だったか覚えてる?」


「ああバッチリだ。発砲音はたったの一発。間違いなく、あの男が俺の銃で撃ったんだ」


 それもノーランの不意打ちを受けた直後、どうにか身体を動かせるという状態での一発だ。


 もしもノーランが生身の人間だったなら彼は確実に命を落としていただろう。拳銃弾としては高威力の357マグナム弾を、ピンポイントで心臓に命中させられて無事でいられるはずがない。


「そいつはたしかに……ちょっとぞっとする話だな」


「でしょ? いくら最新鋭のホロバイザー付き戦闘用ヘルメットを使っているからって、そんなしぶとくて器用な芸当は誰にでもやれることじゃないよ。もしかしてその男もアンドロイドだったのかな?」


「いや、あれは意思を持った人間だ。十中八九な」


 会話の調子や態度から判断する限りはそうだ。少なくとも、脳と意識とは人間のそれだ。


「ねえザック、どんな仕事を引き受けたのか知らないけどさ、あんまりアヤシイお誘いには乗らないほうがいいんじゃない?」


「いやあ、それがなあ……ううん……まあなあ……」


「何よ、そんなうんうん唸っちゃってさ」


「……ううん……」


「何? 話してくれるの、くれないの?」


「いちおう守秘義務があるからな、ざっくりとしか言えないんだが……なあSD、一般的な探偵が夜のホテル街ですることってのは、いったい何だと思う?」


「え? いや……そりゃまあ、へへ……大の大人がホテルでやることなんて決まってるけどさあ、へへへ……」


「違う。そういう意味じゃない」


 呆れた声で言うザックに、SDは悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。


「分かってるって。あれでしょ、『浮気調査』って意味でしょ…………え? いやちょっと待ってよ。まさかザック、そのせいで殺されかけたっていうの?」


「うん……そうなるんだ、これが。状況的には」

 そこでザックは今回の仕事について振り返ることにした。

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