第2話 高いビル

 純美は別室に案内される。元々いたオーディション会場とは違う場所にいたことに気付く。


 白い部屋から出た際、廊下の窓が大きな瞳に移る。

空は真っ暗だが、外の高層ビルから灯りがともっていた。

静かな森の中にある施設にいたと思っていた純美は少し動揺したが、それよりも自身の今後に関して考えると不安が募るばかりであった。


 別室に案内されるとそこは先程までいた白い部屋とは対照的に部屋の大きさが分かりやすい部屋であった。

殺風景な部屋であったが、中央に並べられたデスク、部屋の奥にあるデスクに男は座る。


 「自己紹介はまだだったね。僕は、そうだなぁ」男は少し躊躇いながらもこう続けた。

 「僕は、ノナメって呼ばれてる。アルファベットで『NONAME』ね」明るい笑顔を自身の呼び名を伝えた。

 「本名は?」純美は本名よりニックネームを先に答える彼に不信感は募った。

 「本名は秘密。ウチの連中からはそう呼んでもらってるから純美ちゃんもそう呼んでね」片目を瞑り、純美に承諾を得るNONAME。


 「早速だけど、ウチがどういう感じか分かんないと思うからこれ見ながら説明するね」と言い、NONAMEは純美に数枚ホチキス止めをされたA4サイズの資料を渡す。

 「ウチは『NONRABELプロモーション』っていう会社名で主に女性アイドルのマネジメントを専門にしてる芸能プロダクションってやつなのよ」と説明を続けた。

 純美は聞いたことのない事務所名に細めていた眉をより一層細める。眉間にしわが出来ていた。

 「まぁ、聞いたことないのも無理はないよ。まだ、ウチは誰もデビューさせてないからね」苦笑しながらもNONAMEは続ける。

 「今、一つのアイドルグループを作っててね。資料の3ページ目開いてもらっていい?」

 そう言われ、純美は3ページ目まで捲る。

1ページ目には会社の概要、2ページ目には資本情報などが書かれていた。


肝心の3ページ目にはこう記されていた。

『巨乳セクシーアイドルグループ *メンバー全員Eカップ以上です!』と大きな見出しが目に入る。

純美の抱いていた不安感は的中し、嫌悪感に転換された。


「純美ちゃんにはそこのリーダーとして入ってもらう予定だよ」と笑顔を絶やさずにNONAMEは話を続ける。

誰が、こんな如何わしいグループに入るかと言いたくなったが、もうすでに契約書にサインしてしまった事もあり、純美は諦めた。

諦めて、詳しく資料を読み込む。先程目に入った大きな見出しの下に書かれた情報を確認する。


『コンセプト…新感覚アイドルグループ×シカゴの世界を日本に』

『セクシーな衣装に身を包み、ダンスや歌などのパフォーマンスを繰り広げる』

『男子の欲情を満たすための従順なしもべとなる事を彼女たちは悦ぶ』

など、女性風刺ではないかという文面の数々に純美は憤りを感じていた。


NONAMEはデスクに置かれていたPCでSNSを開く。

ハッシュタグを付けて事務所名を入力する。

液晶に表示された画面を純美に見せる。

HPリンクをクリックすると事務所HPとデビュー予定のアイドルグループの広告が目に映る。

先程与えられた資料の3ページ目の記載がポップなデザインで画像が投稿されていた。

HPの投稿は記載日から推測すると半年前から行われていることが分かった。

全く無名の事務所の胡散臭い投稿であったが、SNSの『good』ボタンの数はすでに100を到着していた。


「そんな、怖い顔しないでよ!これからそこのリーダーになるんだからさ!」

明らかに憤りを感じる純美の表情をなだめるようにNONAMEは付け加えた。

「うんじゃ、早速行こっか」

「行こうかって、どこに、ですか?」

「これから、純美ちゃんがお世話になる寮に」そう説明され、とんとん拍子に純美は


駐車場へと案内される。

駐車場にはNONAMEの部下と思わしき眼鏡をかけた小太りの女性が立っていた。

不愛想で髪を七三分けにしている女性でも純美は不安感を和らげてくれた。

「松本ちゃん、お待たせ!契約すんだから寮までお願い!」

「かしこまりました」そう呟き、栞ちゃんと呼ばれた女性は軽く一礼して後部座席のドアを開けた。

「うんじゃ、純美ちゃん。乗って!」

純美は、NONAMEにそう促され流れのままにしゃにに乗り込んだ。

純美はまだ残る不安感とどことなく不思議な感情とのせめぎ合いにあった。

この男の話しの内容はどうも胡散臭い。

平常な思考なら逃げるべきなのだが、彼の持つ独特な雰囲気は不思議と内容と反比例して信頼感を抱かせる。

話し方もあるのだろう。蠟燭の炎が揺らいでいるかのような話声はこの男の印象を良くする。


駐車場を出てすぐにNONAMEは口をまた開いた。

「松本ちゃん!僕の事務所の社員の一人で主に僕の秘書的な仕事とスタッフの教育係をしてるんだ。」

運転中の松本は軽く、純美の方を振り返り、不愛想なまま軽く会釈をした。

純美は軽く会釈と「よろしくお願いします」と丁寧に挨拶をした後にNONAMEに疑問に思っていたことを聞く。

「あのー。いきなり過ぎて私、着替えとか持ってきてないんですけど」少し申し訳なさそうに話す純美に「大丈夫」と明るくNONAMEは返答した。

「すでに寮の方で今日の分の着替えは用意してあります。明日以降私と一緒に寮と事務所、それと当事務所で管理しているライブハウスの見学の途中で衣類等の手配をする予定です」生真面目に松本は前方に注意を向けながら説明した。


 車は10分ほどで寮に着く。

「さっきいたところは僕らの事務所!うんで、ここは今日から純美ちゃんが暮らす寮!他のメンバーとスタッフも住んでるけど、もう夜遅いから紹介はまた今度ね」

NONAMEはそう説明すると10階建て程になるであろう高層ビルの中に案内する。

入り口には警備員が立っていたがNONAMEと松本の顔を確認すると一礼して綺麗な入り口の門を開ける。ビルの周りには3階ほどの高さの塀が囲んでいた。

NONAMEと松本は純美を連れ、塀から出てすぐの小道を抜け、透明のドアの前に設置されたカメラに顔を近づけた。顔認証であった様で入り口は一人でに開いた。


「うんじゃまた明日!」

無機質ではあったが、塗装剝がれのない内装の中に設置されたエレベーターの前でNONAMEは純美と松本と別れた。

純美は松本に案内されるがまま、エレベーターに乗り、4階に着く。

一つの部屋の前まで案内されると先程と同様にカメラがあった。

「顔を近づけてください」松本に言われるままカメラに顔を近づけるとガチャっと鍵が開く音がした。


 いつの間に自分の顔も登録されていたのだろうと不思議に純美は感じたが、案内されるがまま居室に入った。

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