第3話 朝食の顔合わせ
居室に入り、短い距離の廊下を通る。右手にはトイレ、左手にはシャワールームがあった。
廊下を抜けると6畳半程の部屋があり、今からでも生活できるようソファーとテーブルが置かれていた。隣には引き戸で区切られていた寝室がある。
一人で暮らすには十分な環境だった。
「今日はもう夜遅いですし、明日7時に迎えに来ます。食堂に案内しますので、そこでスタッフとタレントに挨拶をしていただければと思います。ベッドにおいてある部屋着はご自由にお使いください。では」足早に説明を終えると松本は去って行った。
純美は備え付けられていたシャワーを浴び、用意された部屋着に着替え終えるとベッドに後ろから倒れこんだ。
展開が速い一日であった為、心も体も疲弊していた。純美は数える間もなく、眠りについた。
インターフォンの音に気が付き、目が覚める。
眠気眼で入り口付近に辿り着き、ドアを開ける。
「おはようございます。朝食の時間になりましたので食堂までご案内します」
丁寧なあいさつでモーニングコールをしたのは松本だった。
昨日着替えたゆったりとしたルームウェアのまま松本の後についていく。
1階にある食堂に着いた。学生寮にあるような内観だった。
中には、男性が5名程、女性が8名程いた。
純美はあまりにもラフな自身の姿に一瞬恥じらう。
「皆さん、おはようございます。お寛ぎの中申し訳ございませんが新メンバーが昨夜加入しましたので紹介させていただきたいと思います」
食堂内に響くような声に皆が二人に注目する。
「こちら、河村純美さんです。軽くで良いので自己紹介を」
この場を松本が仕切ると純美に話を振る。
「あ、おはようございます。河村といいます。今日からお世話になります。よろしくお願いします」純美は緊張した面持ちで一礼をする。
胸元が緩い、ルームウェアから微かに見えた無防備な二つの白桃に男たちは釘付けになる。
視線に気づいた純美は胸元を慌てて隠す。
純美のあいさつの後、また食堂のドアが開く。
中には松本のようにかっちりとした印象の女性と可愛らしい顔つきの女性の2名が入出する。
「おはようございます。もう一名紹介したい方がいますのでよろしくお願いします」
少し緊張した口調でかっちりとしたスーツを身に纏った女性はもう一方の純美と色違いのルームウェアを着た女性に話を振る。
「あ、はい。江橋可憐(えはし かれん)といいます。よろしくお願いします」
先程の純美と比べて浅いお辞儀をする。
卵型の顔は肌ツヤが綺麗であり、色白であった。透き通った猫のような目をした女性の顔は美しく見惚れてしまう程であった。軽くしたお辞儀でも花蓮のブドウの房を男性陣は覗き込もうとしていた。
如何にもさえない感じの男性陣たち。松本達同様スーツを身に纏っていたが、清潔感は無かった。
気味の悪い視線を感じ取った可憐も慌てて胸元を隠す。
純美、可憐は指定された席に座る。二つの括りに分かれた長テーブルは入り口から左側は男性陣、右側は女性陣に分かれていた。
隣通しの席に座った可憐の顔を見て、純美は思い出す。
同じく純美の顔を見た可憐は気さくに話しかけた。
「オーディションの子だよね?」
同じ感想を抱いていた純美は安堵する。
全く知らない環境になり、不安でいっぱいだった純美は安心した。
「いきなり、こんなところ連れて来られて大変だよね」
純美の耳元にそっと可憐は囁いた。
彼女もまた同じ境遇でここにいるのだろう。
「江橋さん?もNONAMEとかいう人にあった?」
「可憐でいいよ。私もオーディションの途中で寝ちゃって。気付いたら白い部屋にいたんだよね」無垢な笑顔で可憐は話す。
二人は、状況を話し合った。二人の体験は大体は一致していたが、何点か相違があった。一つは可憐は純美のように拘束されていたわけではなく、白い部屋に布団が引かれており、その中で起きたという。もう一点は可憐はNONAMEの話を聞いて乗り気であるという事。
「君はウチのグループのエースだ!とか言われてさぁ。まあ、あっちのグループに入りたかったけど真ん中に立てるんだったらこっちのほうがお得かなって」
楽しそうに可憐は語った。
「まあ、見た感じ女の子のレベルは高いし、ちゃんとした所っぽいかなと思ったんだけど。ここでセンターでも悪くないかも」純美を予想とは真逆に可憐は楽天的であった。
「でも、怖くない?」純美は不安そうに可憐の話に返答する。
「まあ、男性陣見る限りちょっと気持ち悪いよね。挨拶の時もじろじろ見てるし」
可憐の発言に、少し男性陣は丸めた背中をより小さくする。
「食事中は会話厳禁お願いします」松本が二人にくぎを刺す。
注意され、二人は反省して目の前に出された食事に手を付け始めた。
テーブルには鶏肉のソテー、キャベツのサラダ、納豆、豆乳、二切れリンゴがメニューとして並んでいた。
その奥には、上半身が映る程の大きさの鏡が各席に置かれていた。
他女性陣は鏡を見ながら、上品に朝食を食べていた。
「食事の時もトレーニングです。美しい食べ方は美しい内面を形成する一つなのですぞ?」二人の後ろから、聞き覚えのある揺らぎ声で男が話しかける。
「ここにいる子は真の意味で美しい女性を目指してるんだ。ここに入ったからには二人とも覚悟してね」ニヤケ声でNONAMEは声を掛けた後、男性陣の席に座り男性スタッフたちと食事をする。優雅な右側とは対照的に、男子高のような和気あいあいとした雰囲気が左側から漂っていた。
食事の後、男性スタッフから本日の日程の報告があった。
純美と可憐以外の女性たちはこの後、レッスンが入っていた。
純美と可憐はこの後、寮の案内、この事務所が管理しているというライブハウスの見学が午前中に予定されていた。
午後は今後必要となってくる用品の準備や衣類の採寸が予定されていた。
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