白いカラス~episode of Oπ~

宇佐木 核

第1話 白い部屋から

 河村純美(かわむら よしみ)は目を覚ますと、小さな白い部屋にいた。

辺りを見渡窓が無かった。あたりの壁は白い壁だけが広がっていたが、後ろの壁には取っ手が付いた部分が見えた。

正方形の白い部屋の中央に一つだけある背もたれが付いてた椅子がある。

その椅子に純美は座らされていた。座らされていたというよりは後ろ手にボンテージテープで組まされており、胸元に掛けられた縄の間から柔らかそうな膨らみがある。

端正な顔立ち、大きな瞳と肩先に掛かるほどの黒い髪。

華奢な二の腕と脚は大きな胸に似使わない。

純美は不安の中で細い眉を細め、状況を整理する。


 自信を含めて8人いたはずの女の子の中で7名が姿を消していた。

純美はオーディションを受けていたことを思い出す。

有名プロデューサーのオーディションを受けていたはずの自身が何故このような状況になったのか。

平常じゃない状況で自信がオーディションから消えたのだと考えた。


 後ろの戸が開く。隙間から見えた黒い影。一人の男が入ってくる。

清潔感あるスーツを身に纏った男に純美は見覚えがあった。

薄れゆく記憶が次第に蘇る。純美はこの男の講義を聞いていたことを思い出す。

3次選考まで進んだ純美は、試験内容としてこの男の講義を受けていた。

講義の中で意識が遠のいていき、気付いた時には一つの椅子に縛られていた。


「おはよう。純美ちゃん」男がさわやかな笑顔で話しかける。

正面に座った男は、この状況に似使わない程に清純君主の印象を与える。

男は純美の前にコンビニの前にたむろう若者のように腰を落とす。


「ごめんねー。こんな格好で座らせちゃって。あと、落選どんまい」

不気味なニヤケ面で純美を見上げる。純美は分かりやすいほどに嫌悪感を顔に出す。

「どうしたいんですか?警察呼びますよ?」口調を強めながら男に詰め寄る。

「呼ぼうにもその恰好じゃ呼べないでしょ?」笑いながら男は話す。

「ほどいてください!」

「いいよ。ただ、ちゃんと僕の話を聞いてくれるなら」男は余裕そうに純美に確認する。

「話って?」不思議そうな顔で純美は尋ねる。


「僕の作るグループに入らない?」男の急な提案に純美はキョトンとする。

「僕のグループって?」検討のつかない男の話に聞き返す。

「今僕もアイドルグループ作ってるんだけど、純美ちゃん入ってくんないかな?」

男の説明を冷静に聞くことが出来ない純美は激しく抵抗する。

「こんなわけわかんない事する人のグループなんて誰が入るんですか!」動けない体を激しく動かそうとしたが、虚しく終わる。


「君、借金あるんでしょ?まあ、弟さんのだけど」男の話に純美は静まり返る。


 純美の両親は彼女が大学1年生だった1年前に他界した。不慮な交通事故により。

元々は裕福な家庭で育っていた事もあり、奨学金などは借りていなかった。

幼いころから真面目な純美。成績優秀であり、生活面も他社のお手本になる人物であった。

 しかし、学費が払えなくなり、純美は退学した。


 対照的に二つ離れた弟は両親が生前していたころからの問題児であった。

高校にも通わず、地元の不良と行動を共にしていた。

様々な行いをした弟はある日、補導された。

駅から出た会社員の男性を仲間たちと共に金属バットで襲った。

幸いにも相手方は命に別状はなかったが、襲った相手が悪かった。

大手製薬会社の重役であったのだ。


多額の慰謝料の請求を要求され、純美は両親から残された住居を拭くすべての遺産を持っていかれた。


それでも、不幸は終わらなかった。


弟は、更生することは無かった。純美の素直な謝罪姿勢を見て相手方は訴えを取り下げた。

しかし、弟は毎晩のように遊び歩き、仕舞には闇金融から多額の借金を作った。

その上で、弟は姿を眩ませたため純美は弟の作った借金を背負うことになった。


純美は朝昼問わず、時給の良い工事現場で働いた。

それでも、多額の借金は減ることは無く、むしろ高利子のおかげで増えていくばかりであった。


 白い部屋に二人の男女がいる。椅子に縛られた純美に男は一枚の誓約書を見せる。

「君がうちに入ってくれるなら借金の支払いはウチが持とう。悪い条件ではないと思う」真剣な表情で男は純美を説得する。

誓約書には、純美が抱える借金を全額肩代わりするといった内容が書かれていた。

また、純美が男の事務所所属のタレントとして10年間の契約を結ぶ事が条件として書かれている。


純美は迷う。元々、周りからの提案でオーディションを受けた。

巷で有名な『カスガガガP』のプロデュースという謳い文句に淡い希望を抱いていた。


この状況を打開するかもしれない。


そう考えた純美はまさかこのような展開になるとは予想もしていなかった。

だが、断る理由も浮かばなかった。


この、不幸な現状を打開できるなら


承諾した純美は拘束を解かれ、貧相な態勢で椅子を机代わりにしてサインと手形をする。


こうして、純美は予想もできない人生を辿ることになった。

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