第56話 再会

 アデルとゾール教国軍──という名の元ライトリー王国騎士団──の戦いは二時間近くにも及んでいた。

 アデルはサイユの森の立地を上手く活かし、攻めさせず、そして無理して攻めず、丁度良い塩梅での攻めと引きを繰り返す。元々は時間を稼ぐ事が目的の戦いだ。援軍が来るまでの間を何とか生き残れば良いのである。


(そろそろ二〇人は殺ったが……)


 ちらりとアデルは背を見る。

 立地を上手く活かして戦っているとは言っても、この人数差である。どんどん押されてきて、森の入り口は目前だ。立地を活かし、少しずつ敵を減らして時間を稼ぐ戦い方を採用してきたが、それもそろそろ限界だ。おまけに、ゾール教国軍もこの森での戦い方に慣れ始めている。アデルが致命傷を負わされるのも時間の問題だった。

 〝漆黒の魔剣士〟は決心し、後ろに向けて駆け出した。そのまま広い場所まで出て、大剣を構える。敵の残りは三〇人。戦えない人数ではないはずだ。


「くっ……我々は悪夢を見ているのか? これほどまでの強さを持った者がヴェイユ島にいたとは」

「全くだ。こちらは二〇やられているのに奴には傷一つ負わせれない。だが、それもここまでだ。平地に出てしまえば、我々の同時攻撃を防げまい」


 ぞろぞろと森から出てきた騎士達が、アデルを囲う様に横に並ぶ。

 アデルはそんな彼らを見ると、不敵な笑みを浮かべる。


「なあ、知ってるか? 俺達が戦い初めて、そろそろ二時間になるんだ」

「む?」

「俺の役目は時間稼ぎだって事さ、ども。これだけ時間が経てば、もう解放軍は王都の中に深く入ってる。或いは、もう王宮の制圧に取り掛かってるかもな」


 ちょうどアデルが王都に出た頃合とすれ違う形で開戦している。解放軍が勢いのまま攻め込んでいたならば、そろそろ決着がついていても良い頃だ。


「今更お前らが俺を殺して王都に向かったところで、援軍の意味が無いんだよ。むしろ、お前らは解放軍に捕らえられてしまうというわけさ。まあ、だからこそ、捨て駒としてライトリー王国騎士団から援軍を選別したんだろうがな」


 アデルの言葉に、ゾール教国軍に動揺が走る。

 彼の言っている事は尤もで、しかも彼らにとっては元々戦う理由がない戦だ。無理に攻め入っても得がないのである。


「なあ、引いてくれないか、の騎士様方。俺だって、本当はあんたらと殺し合いたいわけじゃない。解放戦争を無事終わらせたいだけなんだ」


 慎重に慎重に言葉を選んでいく。

 アデルが敢えて森の外に出たのは、こうした交渉を用いる為だ。平地にさえ出てしまえば、彼らは圧倒的な優位な立場になれる。交渉する余地も出てくるというわけだ。

 しかも、見たところ彼らはまだゾール教国の洗脳を受けていない。互いの利害が合致すれば、引き下がってくれる希望もあった。


「むぅ……」

「どうしますか、小隊長殿。こやつの言っている事は事実です。そもそも我々にそこまでしてやる程の価値のない戦いではないでしょうか」

「だが、にはどう説明する?」

「もう王都は解放されていた、と言えば問題ないのではないでしょうか」


 騎士団がアデルの動きに注意を払いながら、話し合いを始めた。


(いいぞ、悩んでくれ。それで引いてくれたら、万々歳だ)


 アデルは剣を構えながら口角が上がる。

 今の彼にとっては、一分一秒でも時間を稼ぎたかった。

 この今この瞬間も、解放軍がアデルの増援に向かっていると信じていたからだ。いや、彼にはそれを信じる他ないのである。


「なあ、分かってくれ。俺もあんたらも、死んでるよりかは五体満足で生きてる方が良いはずだ。そうだろ? だから──」

「──アデル⁉」


 もう一息で説得が終わる──そう思ったタイミングで、ゾール教国軍の聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 そちらに視線を移すと、アデルは戦闘中にも関わらず口をぽかんと開けて、唖然としてしまった。

 そこには、金髪碧眼の女性がいた。アデルが一年前まで交際していた、回復術師の女性だ。


「フィーナ……? 嘘、だろ?」


 そして、彼女の後ろに見覚えのある顔があった。モヒカンで筋骨隆々な大男。背中には真っ赤な戦斧がある。


「おいおい、冗談だろ……何をだらだらと時間を食ってるのかと思ってりゃ……マジかよ」


 まるで幽霊でも見ている様に、その男は愕然としていた。

 それも当然だ。その男にとって、アデルは生きていては困る存在だからだ。


「オルテガぁッ……!」


 名を口にするのも憎々しかった。

 そこにいたのは、アデルのかつての仲間だった人物、そしてここヴェイユ島でアデル暗殺を目論んだ者だった。ゾール教国側についたSランクパーティーというのは、オルテガだったのだ。

 一年前の裏切りが脳裏で蘇り、アデルは一気に自分の血が沸騰していくのを感じた。


「ねえ、アデル⁉ どうして……どうして生きてるの⁉ 洞窟の落石事故で死んだって……私、そう聞いたのに! オルテガ、どういう事⁉」


 フィーナがオルテガに詰め寄った。

 普段滅多に狼狽しないフィーナが悲鳴に近い声を上げていた。困惑と混乱、そして絶望。彼女の表情を覆った感情は、そういったものだった。死んだはずの恋人が生きていて嬉しい、といったものではない。

 それも当然だと思えた。オルテガの口車に乗せられたのか、弱みを突かれたのかはわからない。だが、彼女はオルテガの女になっていた。それはアデル自身が目視で確認していた事だ。

 騎士団もアデルという名に反応して「やっぱり〝漆黒の魔剣士〟アデルだったんじゃないか!」等と動揺を見せていた。しかし、アデルにとってもはや騎士団はどうでも良い存在だ。彼らの登場により、もうそれどころではなくなってしまった。

 裏切られた大剣使いはオルテガ達を睨みつけた。


「へえ……? 俺は落石事故で死んだ事になってたのか、オルテガ。もし死んでたとしたら、俺の死因はギュントの毒矢と脚にぶっ刺されたお前のナイフによる失血死だと思うんだけどな?」

「ど、毒矢って……オルテガ! どういう事なの⁉ 説明して!」


 アデルの言葉に信じられないという顔をしてから、フィーナはオルテガの服を掴んだ。


「ねえ! 説明して! どういう事なのよ!」


 オルテガを揺さぶりながら、回復術師は問い詰める様にして何度も訊いた。

 オルテガの表情はどんどんとバツの悪いものへと変わっていく。


「ちっ……うるせえよ」

「オルテガ? どういう──」

「黙れってんだ、このクソアマがぁっ!」


 どん、とオルテガがフィーナを突き飛ばした。

 よろけて転びそうになったフィーナを、近くにいた騎士が慌てて支える。フィーナが茫然としてオルテガを見上げていた。


「オルテガ殿、これは一体どういう──」

「うるせえってんだよイカレポンチの雑魚騎士どもがよぉ! 元はと言えば、お前らがこんなウマの糞ひとり片付けられねえのが問題なんじゃねえか! ああん⁉」


 オルテガは状況を確認しようとしたライトリー王国の騎士を裏拳で殴り飛ばした。


「な、オルテガ殿⁉」

「俺達ぁお前らの御目付役で参加してるだけなんだ! お前らが良い感じに奇襲かけてるところに解放軍に俺達でトドメ刺せばよかったってのに……こんなところで遅漏ぶっこきやがって!」

「なっ……⁉ それはあんまりではないか、オルテガ殿! そもそも我らとて──」

「いいから黙ってろっつってんだろ雑魚騎士がぁっ!」


 オルテガはもう一発その騎士を殴り飛ばし、気絶させる事で黙らせた。

 彼のその鬼気迫る声に、騎士団は思わず息を飲む。実力では圧倒的に上なオルテガには従う他ないのだろう。

 それに、今の彼は話ができるほど冷静な状態でもなかった。完全に我を忘れているのである。


「やっぱりテメェなんかに温情くれてやるんじゃなくて、俺の手で殺しときゃよかったぜ、糞虫がよぉ……!」


 頭の血管をはち切れそうなくらい浮かべせて、オルテガは愛用の紅い斧を手に持った。


「へっ……ようやく本性を出したか、オルテガ。これが本当のこいつだよ、フィーナ」


 アデルは嘲笑を浮かべると、そのまま続けた。


「こいつは俺とお前が付き合ってるのが気に食わなくて、わざわざこの島まで俺を連れ出して殺そうとしたんだ。残念ながら、それは運悪く失敗したみたいだったけどな。今度からしっかり首を落とせよ? その度胸があるならな」

「黙れっつってんだよこの偽物がぁ! どうせヴェイユ王国の奇術師だか何だかの仕業だろ? 幻覚に違いねえ! あいつが生きてるわけがねぇんだ!」


 オルテガの言い訳があまりにも見苦し過ぎて、アデルは苦笑を浮かべざるを得なかった。

 今更どう言い訳しても遅いのだ。フィーナがアデルの生存を知ってしまった。それで全てが終わりなのである


「残念ながら、ヴェイユにそんな奇術師はいないさ。ただ──瀕死の傷でも治癒できる〝聖女〟ならいたけどな」

「ま、まさか……」


 オルテガがふるふると震えて、アデルを指を差す。

 その狼狽ぶりが可笑しくて、思わず笑みが漏れた。


「ああ、そのまさかさ。あの日、あの場所にいたんだよ。〝ヴェイユの聖女〟がな。俺は彼女に救われた」

「く、クソったれがああああ!」


 オルテガはおもいっきりその場で地面を何度も踏んずけた。それはまるで地団駄を踏む子供の様だが、その脚力から、地面が少しだけ揺れた程だった。

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