第47話 訪問者②

(でも、そう……クルス王子とアーシャは幼馴染、なんだよなぁ)


 先日、アーシャとは将来を約束した。この戦が終われば、二人でどこかへ旅立つのも婚姻するのも自由だと思っていた。

 だが、そこにきてクルス王子が現れた。これは彼らの未来を変えかねない再会だ。


「なあ、クルス王子は何でこのヴェイユを訪れたんだと思う?」


 アデルがアモットに訊いた。


「それはまだわかってないが……軍馬諸共上陸したってなら、話は早い。ヴェイユ王国の兵士を頼ってるんだろうさ」

「なるほど。ヴェイユ=ミュンゼル同盟軍を作ってゾール教国に立ち向かおうって腹か」


 おそらく、とアデルの予測をアモットが肯定したが、アデルにとってはますます面白くない話だった。


(やれやれ……そうなってくると、どでかい糞みたいな流れも予測できるってもんだ)


 アデルはアモットに気付かれない様に、小さく嘆息した。

 クルス王子に戦力を借りたいという下心があるならば、間違いなくアーシャに力を貸す。この戦争がどちらに義があるかは明らかであるし、何よりクルスはアーシャの幼馴染だ。肩入れしない理由がない。

 亡国ミュンゼルの英雄ことクルス=アッカードと共に〝ヴェイユの聖女〟が解放軍として立ち上がったのであれば、おそらくは士気も上がり、グスタフ軍など一網打尽にされて王都も解放されるだろう。

 そこまでは良い。だが、問題はその先だ。

 ヴェイユ=ミュンゼル同盟が結ばれた際に、必ず必要になってくるのはそのヴェイユ側の『代表』だ。そして、その『代表』にうってつけな人物こそが〝ヴェイユの聖女〟のアーシャなのである。

〝大地母神フーラ〟の生まれ変わりたるアーシャ王女と亡国ミュンゼルの若き王子が共に手を組み立ち上がったとなれば、それはとしても最高だ。ゾール教国にねじ伏せられ、苦汁を舐めているアンゼルム大陸の各国の希望となり、更に力が集まってくる場所になろう。対ゾール教国の新たな脅威となる可能性が高い。

 そうなると……アーシャは戦争が終わるまで、その渦中の中に身を置かないといけなくなる。無論、ゾール教国に敗北し、捕縛されでもすれば、間違いなく殺される。


(そんな役目を……アーシャに背負わせなきゃいけないってのかよ……!)


 最終的には、アーシャがどう判断するかの問題だ。そこにアデルが口を挟むわけにはいかないだろう。

 だが、責任感の強い彼女が、クルス王子の願いを聞き入れないとは思えない。自分にその役割があるというのならば、立ち上がろうとするだろう。

 その時にアデルに彼女が止められるだろうか? 止められるはずがなかった。


「どうした、アデル?」

「……いや、何でもない。確かに、勝機が見えてきたなって思っただけだ」

「だろ? グスタフの恐怖政治の終わりももう見えたってもんだ。ただ、それにはお前の役割も必要なのも、わかってるよな?」


 アモットが声を潜めた。

 アデルの役割とは、ゾール教国軍の増援を引き留める役目だ。確かに、勢いが増しているからと言って、背後から奇襲を受ければ危うい。しかも、その背後にはアーシャがいる可能性も高いのだ。


「それに関して、追加情報だ。ゾール教国が向かわせた援軍は五〇程。その殆どは敗戦国の騎士団から編成されてるって話で、ゾール教国の本隊は来ないらしい」

「五〇? えらく少ないな」

「それだけ、ゾール教国も大陸西部の侵攻で力を使い尽くしたって事だろうな。敗残兵をかき集めてるくらいだ。実力も士気も高くないだろう」

「それなら……何とかなるかもしれないな」


 一度に五〇人の相手をたった一人でするなどアデルとて未経験ではあるが、それでも一〇〇騎二〇〇騎の相手をするのとは比べ物にならない程楽だ。五〇騎あたりならば何とかできない数字でもない。

 但し、敗残兵と言えども、敵は正規軍である。山賊の様な烏合の衆を相手にするのとは全く異なる。如何にアデルと言えども、仲間の支援なくして単騎で五〇人の騎士団を相手にするのは容易ではない。苦戦は必須と考えておいた方が良さそうだ。


「ただ、一つだけ気にかかる事がある」

「気にかかる事?」

「その五〇騎を率いているのが、元冒険者って話なんだ。何でも、元Sランクパーティーの冒険者だそうで、そいつがかなりの強者だと言われている。逆に、そいつさえいれば五〇騎でも大丈夫と判断したのかもしれない」

「元Sランクパーティーの冒険者か……それは、確かに厄介だな」


 敵の中にSランクパーティーの冒険者がいるとなれば、話は変わってくる。

 どういった編成かにもよるが、アデル級の人物、もしかすると彼を超える強者である可能性もあった。

 ただの雑兵が五〇騎なのと、そこにSランクパーティーがいるのとでは、強さも段違いだ。攻撃魔法や支援魔法で後衛に回られては、とてもではないがアデルひとりでは防ぎ切れない。


「そいつらがヴェイユ島に辿り着くのはおよそ二週間後ってところらしい。解放軍が順調に進んでくれれば丁度ここに攻め込む時期だな。また詳しい情報がわかればすぐに知らせる」

「了解」


 リーン王妃の密偵というのは、大陸にもいるのだそうだ。その密偵達とは、伝書鳩を用いてやりとりしているらしい。情報が早いのも納得だ。


(それにしても、元Sランクパーティー、か……まさか、な?)


 アデルの脳裏に、ちらりと元仲間や元恋人の顔が思い浮かぶが、頭を振ってその顔を消す。


(いくらあいつでも、ゾール教国に魂を売るなんて真似はしないだろ。どこかで逃げ果せて、上手くやってるさ。そうに違いない)


 二つの予感が芽生える中で、アデルはそう自分に言い聞かせる他なかった。

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