第42話 王妃からの依頼
教会での事件の翌日、色々な動きがあった。
まずはカロンとルーカスだ。彼ら二人はドルフィー将軍と揉めた事を理由に、王宮兵団から解雇された上に、王都からの追放処分とされたのである。明らかに重過ぎる処分ではあるが、彼らは何も文句を言わず、黙って荷物をまとめて王都から出て行った。
そして、一方のアデルはというと、謹慎処分を言い渡され、更に意外な場所に呼び出されていた。その場所とは何と、アーシャの母君・リーン王妃が隔離されている塔である。
昨日の夜、部屋に顔をフードで隠した王妃の使者と名乗る者から手紙を渡された。そこには王妃のサインと今日この塔に来る旨の文言とその時刻のみが記載されていたのである。手紙にはそれ以外の内容については一切触れられておらず、おそらく以前シャイナが言っていた『特別な任務』を言い渡されるのだろうと予測した。
また、時を同じくして、カロンとルーカスにも王妃直筆の手紙が送られており、今回の追放処分に従う旨が記載されていたそうだ。彼らが文句を言わずに追放処分に従ったのは、この為である。カロン達の兵団追放処分やアデルの謹慎処分に関しては、王妃側の何らかの狙いがあるのは間違いなさそうだった。
リーン王妃は王宮の離れにある塔に隔離・軟禁されており、塔の周囲や廊下には厳重に警備体制が整えられていた。門番をしていた兵士にリーン王妃の手紙を見せると、扉を開けてくれた。
「あまり長居はしないでくれよ。グスタフ側の兵士がここの警備にいないタイミングは、今しかないんだ」
門番の兵士は声を潜めて言った。
王妃はグスタフ側には知られるとまずい話をしたいのであろう。おそらくアデルの知らない水面下での争いが王宮内にあるのは間違いなさそうだった。一介の王宮兵士に過ぎないアデルにそれらの事情が知らされていないのは仕方のない事だった。
しかし、一介の王宮兵士に過ぎない自分に一体何の用事があるのか、彼は全く想像もできない。
「鍵は開いてます。どうぞ、お入り下さい」
塔の最上階まで登って部屋の前に立つと、中から王妃の声が聞こえたので、アデルは一礼してから部屋へと入った。
部屋の中には最低限の生活が可能な家具が置かれている程度で、質素でほとんど何もない部屋だった。置かれている家具に関しては高級品だが、王妃を軟禁するにしてもあまりに不遜ではないか、と思う程だ。
部屋には王妃が一人いるだけで、二人きりだった。
王妃を近くで見たのは初めてだったが、とても美しい女性だった。アーシャの母なのだから、もう三十半ばを超えているはずなのだが、年齢は十程若く見える。ウェーブがかった紫色の長い髪はそれだけで色気と気品さを漂わせていた。
「王宮兵団アデル、馳せ参じました」
アデルは床に片膝を突いて言うと、「今はその様な作法は不要ですよ。
アデルが呆れた様に「わかったよ」と言葉を崩すと、王妃はアーシャとよく似た優しそうな笑みを浮かべて、その紫髪を揺らした。
「……それで、俺を呼び出した理由は?」
「そうですね、今は無駄話をしている余裕はありませんから、早速本題に入りましょう。実のところ、私は昨日のトラブルの仲裁役を買って出ました」
王妃の言葉に、アデルは「仲裁……?」と首を傾げた。
昨日の出来事に仲裁が必要とは思えなかったからだ。
「貴方の言いたい事は解ります。昨日の件は、明らかにドルフィー将軍側の暴走です。本来仲裁が必要となるようなケースではないのですが、これにも色々な事情があります」
王妃がソファーに腰掛ける様に手で促したので、アデルは言われるがままにソファーに腰掛ける。
リース王妃はティーカップをアデルの前に置くと、紅茶をポッドからカップに注ぎながら話を続けた。
「知っての通り、ドルフィーの背後にはグスタフ宰相が控えています。彼はもはや私の言う事に耳を貸さず、このままでは確実にこの国の未来は途絶える事となるでしょう」
「……それで?」
「時期が時期だけに、厳正的確かつ慎重な対応が望まれる、という事です」
王妃はポットをテーブルに置くと、アデル達の処分の理由について話した。
まずは、グスタフ陣営がアデル達三人の将軍への無礼があったとして、何らかの処分を求めた事が切っ掛けだ。本来その様な処分など必要がない事は、王女であるアーシャが証言している。
しかし、リーン王妃はそこで敢えて仲裁役を買って出て、アデル達を処罰する事で場を収めた。アデル達三人にそれぞれ処罰を与える事で彼らの自由を獲得させようと目論んだのだ。無論、グスタフ側に身を引かせるという意図もある。
「その自由を獲得させる事の本当の狙いは?」
「カロンとルーカスは兵団と王都から追放し、ルベルーズ領へと向かう様に伝えてあります」
「なるほど、解放軍の戦力補強か」
アデルの言葉に、王妃はこくりと頷いた。
王妃に説明されて初めて知った事であるが、今回の様にグスタフ陣営と揉めた兵士達は全て追放処分とし、ルベルーズ領へ向かう様に陰ながら指示していたのだという。
アデルが捕らえた者の多くも追放処分とされ、密かにルベルーズ領へと送られていた様だ。
(王宮兵団の人数が減ったわけだ)
ここ数か月でアデル達が忙しくなったのは、兵団の完全な人数不足だった。それは、王妃と彼女に通ずる文官達による、ルベルーズ領へ戦力を送る為の地道な作業だったのだ。
グスタフ陣営とてしっかりと注意を払っていれば気付けるのだろうが、それに気付かぬ程の無能しか彼らの陣営にはいない様だ。
「で、何で俺は謹慎停まりなんだ? それなら俺もルベルーズ領に行って戦線に参加した方が良くないか?」
アデルの実力であれば、今のヴェイユ王国の兵士など襲るるに足りない。アーシャを守る為にも、彼としては解放軍に参加したいのが本音だった。
「王都を解放する事だけを考えるならば、それが得策です。しかし、事はそう単純ではありません」
「というと? グスタフの野郎になんか奥の手でもあったっていうオチか?」
アデルの言葉に、リーン王妃がこくりと頷く。
「私もどうしてグスタフ陣営がこれ程の余裕を持っていたのか気になっていたのですが……彼らは解放軍が王都に攻め入った時に、その背後をゾール教国に襲わせるという事を画策していたのです」
「ゾール教国? まだヴェイユはゾールの傘下には入ってないんじゃないのか」
「実は先月、ゾール教国からの使者がこの国に訪れていた様です」
リーン王妃は信頼できる者を密偵として放ち、島の各地から情報を収集させていたのだという。そこから見えてきたのが、グスタフ側の売国とその取引だ。
「そこでグスタフは、ゾール教国側の傘下に入る事を条件に、援軍を寄越すとの約束を取り付けていた、という事です」
「なんてこった……最悪だ」
元々ギリギリの戦力で戦わざるを得ない解放軍だ。背後から歴戦のゾール教国兵からの奇襲を受けては、とてもではないが戦況を維持できないだろう。
「そこで、アデル。私はあなたには、王宮兵士としてではなく、銀等級の冒険者・アデルとして、私個人……いいえ、
「依頼って、まさか……」
アデルの嫌な予感を肯定する様に、王妃は頷いた。
「はい。その援軍の、足止めをして欲しいのです」
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