第41話 騎士団の暴走

 アデル達が教会のドアを開けると、中には武器を構えた暴徒達がいた。その中心には、ティクター伯爵がいる。魔導の杖を持っているところを見ると、ティクター伯爵が召喚術師な様だ。


「付近は完全に制圧しました。武器を捨てて投降して下さい。我々はこれ以上無益な血を流したくありません」


 カロンがティクター伯爵達に言った。彼が同行している際は、こういった交渉ごとは彼に任せている。

 

「その言葉に偽りはないでしょうな?」


 ティクター伯爵は訝しんだ視線をアデル達に向けていた。

 伯爵とは顔見知りのはずであるが、全く以て信じてくれている気配がなかった。


「もちろんです」


 カロンが真剣な眼差しでそれに対して答える。


「いけません、ティクター伯爵! こいつらは血に飢えた悪魔です! 外の惨状を見て下さい! 何人の同胞が殺されたか!」

「しかし、こうしていても死を待つだけでしょう。私の渾身の召喚術も彼らには通じなかった。もはやどうしようもありません」


 ティクター伯爵の横にいた若者がこちらを睨みつけて言うが、伯爵にはもはや抗うつもりはなさそうだ。

 もともと平和主義者の貴族だ。交渉で拗れる可能性も少なそうなので、ほっと胸を撫でおろす。


「申し訳ありません、ティクター伯。我々が軽率にも兵士と争ったばかりに……」

「過ぎた事を悔いても仕方ありません。それに、ここにいる王宮兵団とは面識があります。さっきまで暴れていた騎士団と違い、我々に対して非道な仕打ちをする人間ではありません」


 ティクター伯爵がアデル達をちらりと見る。

 どうやら、アデル達の事も覚えていてくれたようだ。


「わかりました。投降しましょう」


 伯爵はアデル達の前に出て、そう言った。

 伯爵のその言葉と共に、若者達も続けて武器を地面に置いていく。暴動はこれにて終結といったところだろうか。


「速やかな対応を感謝します、伯爵」


 カロンが改めて伯爵と後ろの暴徒達に頭を下げる。

 こういった丁寧な対応はアデルにはできないので、案外彼に助けられている事が多いのであった。


「アデル殿。お久しぶりです」


 ティクター伯爵はアデルの前に立つと、目元に笑みを浮かべて頭を下げた。


「ああ、久しぶり。茶を振舞ってもらって以来か?」

「はい。久しぶりの再会がこの様な場になってしまい、申し訳ない限りです」


 以前、アデルはティクター伯爵や数名の貴族から、冒険者時代だった頃の話を聞かせて欲しいと茶会に誘われた事がある。

 ロレンス王が健在で、まだこの国が平和だった頃の話だ。


「……今回の騒ぎは、下の者を抑えられなかった私の責任です。どうか彼らを罰しないでほしい」


 ティクター伯爵はアデルをじっと見て言う。それは命令とも取れる様な目つきでもあった。


「それは俺達が決める事じゃない。でも、あなた達が積極的に攻撃を仕掛ける意思を持っていなかったという事に関しては、俺達が証明するよ。とりあえずは安心して──」

「よぉし、そこまでだ!」


 アデルの言葉を遮る様にして、威圧的な声が教会の中に響き渡った。

 後ろを見ると、ドルフィー将軍とその配下の兵士達が並んでいた。


「ドルフィー将軍……戻ってこられたのですか」


 カロンが嫌そうな顔をして言うが、将軍は気にした様子もなくのしのしと歩み出た。


「落ちこぼれの王宮兵団にしては上出来だ。だが、ここから先は我々が処理する。指揮権は譲ってもらうぞ。それとも、手柄を独り占めして王女様のご機嫌でも伺いたいか、〝漆黒の魔剣士〟アデルよ」


 アデルの前に立つと、ドルフィー将軍はにたりとした笑みを浮かべる。


「下衆の勘繰りだな。生憎、手柄には興味がないんでね。好きにしろよ」


 アデルは肩を竦めて道を開けると、将軍は卑しい笑みを浮かべた。


「では、お言葉に甘えて……で、ティクターってのはどいつだ?」

「私だが……」

「よし、ティクター伯爵。貴様はこちらに来い」


 ティクター伯爵が重々しい雰囲気のまま前に出てドルフィー将軍の横に移動した。

 そして、ドルフィー将軍はにやりとした笑みをアデルに向けると、部下にこう命じた。


「他の奴らはどうでもいい。殺せ!」

「なッ──」


 そこから、アデル達には止める暇すらなかった。

 待ってましたと言わんばかりに配下の兵士達は武器を抜き、教会内に立て籠っていた人々を処刑していく。教会のステンドグラスは赤色へと染まり、大地母神フーラの石像が血の涙を流していた。


「な、なんという事を!」


 ティクター伯爵が膝から崩れ落ちて、頭を抱えた。


「ひど過ぎるぞ、貴様ら!」

「彼らは降伏勧告を受け入れ、抵抗もしていなかったのに……許せません!」


 ルーカスとカロンがそれぞれ怒りを示して剣を抜く。


「将軍さんよ……糞は便所でするもんだ。そうだろ?」

「何が言いたいんだ、冒険者風情」

「人としても武人としても、越えちゃいけねえ一線ってのがあるだろうって事さ……!」


 沸々とアデルの中で怒りが満ち溢れていく。自然と背中の大剣を掴んでいた。

 ドルフィー将軍のこの行き過ぎた行動そのものに腹が立っていた事もある。しかしそれよりも、自分が憧れ、そして自分の居場所となってくれたこのヴェイユ王国でこの様な惨劇が繰り広げられている事そのものに腹が立って仕方なかったのだ。


(俺は……こんな事をする国の為に仕えてるんじゃない。アーシャが愛していた国だから、平和だったから仕えたんだ。それを……それを!)


 許せなかった。

 ただ彼女が望んでいない世界が彼女の世界で繰り広げられている事がただただ許せなかった。


「くくく……ようやくならず者の本領発揮か? 面白い、〝漆黒の魔剣士〟よ! 貴様とは一戦交えてみたかったのだ!」

「ケツの拭き方も知らねえ蛮族が、吠えてんじゃねえ!」


 ドルフィーが槍を構え、アデルも大剣を抜いた時である。誰かの駆け寄る足音と共に少女の声が響いた。


「やめて下さい! 二人とも、何をやっているのですか!」


 驚いて声の主の方を見ると──教会の入り口には、二人の女性が立っていた。

 アーシャ王女と近衛騎士・シャイナだ。


「アーシャ王女……⁉」


 彼女は民を元気付ける為に、最近よく町に顔を出しているという。おそらく、今日は偶然町に出ていた時に、騒ぎを聞きつけて駆け付けたのだろう。


「国を守護すべき立場の者同士が争うなど、私もお母様も、そしてお父様も許した覚えはありません!」


 アーシャ王女は怒りに満ちた表情で、アデルとドルフィー将軍を睨みつける。

 だが、それは怒りを通り越して悲しみに満ちている表情とも思えた。その証拠に、その浅葱色の瞳には涙がうっすらと張られている。


「これはこれは王女殿下。失礼致しました」


 ドルフィー将軍は槍を部下に渡して戦意がない事を示し、恭しく頭を下げた。

 アデルもそこで武器を収める。


「しかし、王女殿下。御父上はもはやお亡くなりに──」

「口を慎みなさい、ドルフィー!」


 将軍の言葉を遮って怒号を飛ばしたのは、近衛騎士のシャイナだ。


「それでなくても、あなた達の行き過ぎた粛清行為は再三王宮内でも問題となっています。これ以上トラブルを増やすと、如何にグスタフ宰相の力を以てしても庇え切れなくなってしまいますよ!」

「はっ! 王女の子守り役の分際でぬけぬけと……まあ、今回は王女殿下の面前なので、我々も控えましょう。ただし、こちらの貴族だけは頂いて行きますぞ」


 そう言い残してアーシャ王女に一礼すると、ドルフィー将軍は崩れ落ちたままのティクター伯爵を引きずる様にして連行して行った。


「……糞!」


 アデルは怒りに任せて、教会の椅子を蹴り飛ばした。木製の椅子がバキッという音を立てて折れる。


「耐えてくれてありがとうございます、アデル……」


 アーシャはそんなアデルの手を取って、笑顔を浮かべた。

 ただ、その笑顔はいつもの彼女の美しい笑顔とは全くの別物で、泣くのを必死に堪えている表情だった。


「これが夢であったらどれだけ良いか……そんな事を毎日思ってしまいます。でも、この光景こそが、今のヴェイユなんですよね……?」


 アーシャは教会内に転がる肉塊に視線を見てから、眉を顰める。その刹那、浅葱色の瞳から雫が漏れて、その美しい頬を伝った。

 本当は顔を覆って泣き崩れたいに違いない。しかし、カロン達の手前、それもできない。彼女は必死に強くあろうとしているのだ。

 そしてこの時こそ、彼女が母の願い──密使、そして王女としての役割──を聞き入れる覚悟をした瞬間でもあった。アデルはその横顔から、その覚悟を垣間見た気がした。

 それからアーシャ王女と共に、亡くなった者達の埋葬と供養を行った。


(〝ヴェイユの聖女〟にして〝大地母神フーラの生まれ変わり〟の彼女に供養されたなら、彼らの悲惨な最後も少しは報われるだろうか?)


 アデルは彼らの墓を見て、そんな事を思うのだった。

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