第40話 召喚獣との戦い

 のしのしと地面に重みを加えながら、ゆっくりとオークとミノタウロスが歩み寄ってくる。

 ルーカスが先制で弓を放ってオークの歩みを止めて、カロンが接近戦で斬り掛かった。

 一方のアデルは、短剣を投げてミノタウロスの注意を引いた。ミノタウロスは斧を使うまでもなく、腕だけでそのナイフを弾き飛ばす。アデルは飛び上がって大剣を振り被り、そのまま力一杯振り下ろした。

 ミノタウロスは斧でその攻撃を難なく防ぐと、そのまま彼を弾き飛ばした。


(さすがにミノタウロス相手に力技じゃ勝てないか。魔法の援護……は、ないんだったな)


 無意識のうちに、強い魔物相手と戦う時に魔法の援護を頼ってしまっている自分が憎らしかった。

 パーティーでの戦いに慣れてしまっている証拠だ。頭の片隅にオルテガやフィーナの顔がチラついて、内心で苛立つ。

 この一年、彼らの事を思い出す事は少なくなっていたが、こういった時に唐突に思い出してしまうのだ。


(何やってんのかな、あいつら……大陸の方はもっと荒れてるみたいだけど)


 ぼんやりとそう考えていた時、巨大な斧の攻撃がアデルに振り下ろされて、はっとする。

 アデルは瞬時に攻撃の軌道を予測し、後ろに飛んで避けた。そのままミノタウロスの横に移動して、大剣を一閃。しかし、ミノタウロスもその攻撃を予期していたのか、難なく攻撃を防いだ。


(……余計な事を考えてる場合じゃないな)


 アデルは意識を目の前の敵に戻して、息を吐いた。

 ここヴェイユ島で暮らし始めて一年程が経過しているが、この一年、彼は何かで苦戦を強いられた事も、命の危険を感じた事もなかった。

 強敵との戦いは、アデルにとっては実に一年ぶりなのである。戦いの勘を取り戻すまでにもう暫く時間が必要そうだった。


(忘れてるなら、思い出せばいいだけさ)


 アデルはにやりと笑みを浮かべると、そのまま大剣を構えてミノタウロス相手に突っ込む。

 そのまま何合か剣と斧を打ち合わせているうちに、徐々に体の反応が戻ってきた。力の入れ方、避け方、タイミングのずらし方……感覚がどんどん戻ってきて、とりあえず安堵する。体そのものが錆び付いたわけではなさそうだ。

 彼はオルテガ達のパーティーに入る前はソロで冒険者ギルドから依頼を受けていた。その時は一人でミノタウロスやそれよりも強い魔物と戦っていたし、多勢の敵とも一人で戦っていた。

 パーティーで戦う事に慣れ、そして平和な島で暮らす事に慣れてしまったここ暫くの自分を捨てる気になれば、ミノタウロスと言えどもそれほど難しい相手なわけではない。


(いいぞ……体の動きが戻ってきた)


 アデルはミノタウロスの斧撃を剣を使って受けず、上体だけで避ける様になっいた。

 体の動きと勘が戻ってきた証拠だ。敵の肩や足、目線から相手の攻撃を読んで、無駄な動きを失くしていく。

 ミノタウロスは自分の攻撃が空を切り続ける事に苛立ちを覚えているのか、大きな雄たけびを上げて大きく斧を振り被った。


(きた……!)


 アデルはほくそ笑むと、速度をもう一段階上げて相手の中に踏み込み、腕を折り畳んで下段斬りを放つ。

 狙いは違わず、アデルの大剣がミノタウロスの腿を一閃。それと同時にミノタウロスの体勢がぐらりと揺れて、そのまま両手を地面についた。ミノタウロスは何がおこったのかわからず、自分の足を見るが……そこには自分の足はない。それと同時に痛みを感じたのか、苦痛の叫びを上げていた。


「焦ったら終わりなんだよ、間抜けめ。召喚に応じた自分を怨みながら、肥しにでもなっとけ」


 アデルは口角を上げて憐れな魔物にそう伝えると、そのまま剣をミノタウロスに向けて振り下ろした。


「ガァァァー!」


 雄叫びと共に、ミノタウロスの姿が霞みとなって消えた。

 召喚魔法によって召喚される魔法がどこから来て、どの様な縛りを受けるのかは明らかになっていない。ただ、召喚された魔物は召喚士の命令に従って戦い、役目を終えると消えるだけである。


「……凄いですね、アデルさん。本当にあの化け物を一人で倒しちゃうなんて」


 カロンが腕から血を流しながら言った。

 どうやら二人もオークを無事討伐し終えた様だ。


「まあ、これでも銀等級の冒険者だしな。これくらいなら何とかなるさ」


 アデルは布で刃に付着した血を拭き取り、小さく息を吐く。


「お前らの方こそ、大丈夫か? オークは手ごわかっただろ」

「まあ、過去一で手ごわかったですけど……伊達に一年間、アデルさんに鍛えられてませんから」


 カロンは鞄の中から包帯を取り出して、止血しながら言う。

 ルーカスは弓で後援に徹し、ひらすらカロンが前衛で二体のオークを相手にしたらしい。オーク二体を同時に相手にできる戦士となると、冒険者で言うと青玉等級、パーティーで言えばDランクパーティー相当だろうか。ルーカスはともかく、カロンはなかなかに戦闘のセンスがある。あと何年間か戦って経験を積めば、さぞ優秀な戦士になるだろう。


「そうか。特訓が役に立った様で嬉しいよ」


 アデルはそう言ってから、教会の方を向いた。


「さて、新しい魔物を召喚される前に説得してしまおう。何回もミノタウロスの相手をするのは俺も御免だ」


 アデルの言葉に、ルーカスとカロンは「僕らも嫌ですよ」と同意した。

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