第38話 荒廃していく町

 アーシャとの逢瀬の翌日、ちょっとした事件が起こった。

 暴動である。暴動そのものは、ここ最近ではそれほど珍しいものではない。ロレンス王が健在だった頃は一度も起こった事がなかったのだが、国状が国状なだけに、民の不満は暴動として現れる様になっていたのだ。

 そして、その頻度も日に日に増えていく。最近では、王宮兵団の主な任務は賊の退治よりも暴動の鎮圧の方が多くなっているくらいだ。王宮兵団の人数も減り、アデル達は町を右往左往していつも喧嘩や暴動の鎮圧に尽力している。

 その日は珍しく、アデルはカロンとルーカスの三人組で城下町の見回りと警備の任務についていた。


(それにしても、ここがあの王都か。一年前に感動を覚えた町と同じ場所とは思えないな……)


 アデルは町を歩きながら、そんな感想を抱いた。

 一年前は平和で美しかった城下町も今や荒廃し、アデルもよく知る大陸の町と似た雰囲気になっていた。

 どこか殺伐としていて、町民達は常にイライラしている。喧嘩が勃発しても止める警備兵はいないし、町民達も止める者がいないのだ。アンゼルム大陸にある町ではよく見かけた光景でもあった。

 王宮兵団の任務も、町を歩いていてはそういった揉め事の仲裁を行ったり、窃盗犯を捕まえたりと、ひと昔前とは仕事の内容も大きく変わってきていた。

 以前よりもスリや盗難の数が増えたのは体感としても間違いなかった。グスタフが民に圧政を強いているから、皆が一斉に貧しくなってきているのだ。町内の店で強盗などが発生していないだけまだマシであるが、それも時間の問題の様に思えた。


「お、王宮兵団の兵士さん、大変です!」


 アデル達が町を歩いていると、ひとりの町民が彼らに駆け寄ってきた。


「どうしたんですか?」


 カロンが訊くと、町民が息絶え絶えに「ぼ、暴動が!」と訴えかけた。

 アデルとルーカスは顔を見合わせ、互いに顔を顰め合った。


「とりあえず、落ち着いて下さい」


 カロンはパニック状態に陥っている町民に深呼吸を促し、事情を訊く。


「は、はい、すみません……王都の西地区で暴動が起こったんですよ」

「西地区っていうと、ティクター伯爵の管轄か。あそこで暴動だと……? そいつは、話だな」


 アデルがルーカスとカロンを見て言う。


「ああ、確かに変だね。あそこらの住人は穏健派だし、何より代表のティクター伯爵は流血を特に嫌う人だったはずだよ。それが暴動だなんて起こすわけがない」


 ルーカスもアデルの言葉に同意した。

 ここ王都には、東西南北それぞれに代表となる貴族がいて、彼らによって管理されている。どの貴族もロレンス王とは旧知の仲で、国王が信用に値すると認めた人達である。

 それに、アデル達はティクター伯爵とも面識がある。柔らかく温厚な人柄で、暴動を起こす様な人ではなかった。


「それが酷いんですよ! 先日、グスタフ宰相の悪事がどうのって流言した輩がいたらしいんですが、それの犯人をティクター伯爵だって決めつけて、反逆者だってしょっぴこうとしやがったんだ」

「そんなバカな……」


 アデルは頭を抱えたくなる思いでその話を聞いていた。

 ティクター伯爵はいわゆる国王派の人間で、グスタフの今のやり方には反対している貴族の一人だ。だが、だからと言って流言して、それが反逆者だというのは無理矢理にも程がある。

 これは、グスタフによる粛清だ。自らをよく思わない貴族を体よく処分しようという腹なのだろう。


「それがあんまりにもおかしな話だったんで、ティクター伯爵の支持者が詰め寄って兵隊達に抗議したんだ。そしたら、もみ合ってるうちにどっちかが剣を抜いて……」


 アデル達は顔を見合わせると、三人が三人共険しい顔をしていた。

 剣を抜き合う様な暴動となると、かなり珍しい。暴動というより、小さな内紛に等しい状況だ。


「最悪のパターンだ。急ごう」


 ルーカスの言葉にアデル達は頷き、西地区へと急いだ。


(全く……こんな状況なら、国から出て行きたくなる気持ちもわからなくもないけどな)


 アデルは走りながらも、昨日のアーシャとの会話を思い出した。

 彼女は険し過ぎる現実から、逃げたがっていた。彼女が故郷や国民を見捨てるとは思えない。ただ、あまりに険しい国状と、打開の手が内戦しかないという状況、そして自身に伸し掛かる責任から逃げたいだけなのだ。それは何も悪い事ではないし、何より十六の少女が背負えるものでもない。


(もうちょっと俺に権力があれば変わるんだけどな……なにせ、こうやって走り回って喧嘩や暴動を収める事くらいしかできない身分に、何ができるって言うんだ)


 アデルは溜め息を吐いて、首を横に振った。


「どうしたんですか?」


 カロンが不思議そうに首を傾げた。


「いや……今日は、この背中の剣を抜かずに済んだらいいなって、思っただけさ」


 アデルはちらりと背中の大剣を見た。

 連日、毎日の様にこの剣を抜く様になっている。御蔭様で、漆黒の大剣を持つ王宮兵士と言えば、町の中では結構有名にもなっているし、頼ってくる人も多い。

 だが、その剣を向ける相手は、最近では山賊や魔物ではなく、アーシャが守りたいと願っているこの国の国民達だ。それが、どうにも気に入らなかった。


「殺しちゃダメですよ」


 カロンがアデルに言った。

 アデルは黙ってそれに頷いてみせる。彼もこの一年で手加減が上手くなって、大抵なら殺さずに済ませる様になった。

 だが、アデルはふと思うのだ。こんな時間は、一体いつまで続くのだろうか、と──。

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