第19話 山賊討伐
「アデルさん……本当に僕達だけで大丈夫でしょうか?」
ルグミアンの大橋をゆっくりと渡っていると、気弱そうな茶髪の少年が小さな声でアデルに言った。
アデルと同じく王宮兵団に入団したカロンだ。アデルは考え事をしていたので、彼の声が耳に届いていなかった。
「……アデルさん? 聞こえてますか?」
カロンがとんとんとアデルの肩を叩いた。
「ん? ああ……悪い。少し考え事をしてたから」
アデル達はフードを少しだけ傾けて、カロンに顔を向けた。
彼らは顔をフードで隠し、隊商を装ってルグミアンの大橋をゆっくりと渡っていた。積み荷等は無論偽装だ。中身は空っぽの木箱のみである。
ルグミアンの大橋に出る山賊を討伐しろと言われても、いつでも彼らが橋で宴会をしているわけでもない。しかも、彼らの拠点などわかるはずもなかった。
ちなみに、どういった方法で山賊を討伐するか等の指示は一切出してもらっておらず、「自分で考えろ」がヴェイユ王国王宮兵団の訓示だそうだ。入団希望者が少ないの頷けた。
だが、これは元冒険者のアデルにとっては有り難い事だった。冒険者ギルドの依頼でも、ああだこうだと依頼者から細かく指示が出される事は少ない。自分で考えて依頼を遂行しさえすれば文句はなく、今回の山賊退治も同じ要領でできると考えたのである。
敵の居場所がわからないなら誘き出すしかない──アデルはそう提案して、隊商に扮する事となったのだ。
アデルの気のない返事に、横にいる緑髪の少年ルーカスが溜息を吐きながら言った。
「もうちょっと緊張感をもってくれよ、アデル。もうこの辺りは危ない地帯なんだから……」
「ああ、分かっているさ」
そう答えつつも、アデルは大きな欠伸をした。
彼は〝漆黒の魔剣士〟と呼ばれる程には戦闘に長けた元冒険者だ。戦闘が豊富で、こういった賊の退治を行ったのも一度や二度ではない。それは先日の賊との戦いでも明らかで、たった十人程度の山賊団が大きな山賊団と呼ばれるこの島で、自分が苦戦する事など露ほども思わなかったのだ。
アデルは、冒険者時代には凶悪な魔物の討伐や、遺跡の探索、更には小規模な紛争にも傭兵として駆り出された事もある。山賊など、恐れる要素がどこにもなかった。
しかし、カロンとルーカスはそうではない。彼らは実戦そのものが初めてで、彼らの緊張を考えれば、そわそわとしてしまう気持ちにも理解はできる。二人とも緊張で顔が青くなっていたのだった。
「わわっ……っ! ほ、ほんとに来たぞ……!」
ルーカスが小声で慌てて言った。
アデル達の馬車が橋の真ん中まで辿り着いた時だった。両方の橋の入り口から、人影がぬっと現れたのだ。数は十人程。規模としては、以前殲滅したドナシモン山賊団と同程度、といったところだろうか。
(殲滅しても良いと言われたが……どう戦うのが良いんだろうな)
アデルはちらりと横で怯えている同期二人を見た。
この国では、賊や悪漢などは完膚なきまで叩きのめして良いという風潮があるらしい。それが犯罪の抑止力になるからだ。
だが、その抑止力は、闘技場で無様に叩きのめされ殺されているからこそ意味がある。あまり以前の様に殲滅してしまうのもよくないのかもしれない。
ロレンス王が何を以てしてアデルにこの任務を任せたのか、未だにその真意が読み取れていないのだ。
(まあ……なるようになるさ。とりあえず、やってみよう)
アデルはそう心中で呟いて、横に置いてある大剣の柄を持った。無論、大剣は大きな布で隠してある。
「カッカッカ、逃げ道はねぇぜ! ここがギム様の縄張りと知っての行為か?」
山賊の下っ端らしき男が嬉しそうに言った。
「どうせこの辺りの事に疎い田舎者の商人だろうよ。無知は災いの元っていうよな」
「さて、金目の物は置いてきな。まあどっちにしろ命はもらうがな。そうでしょ? お頭」
山賊達は口々に好き勝手言っているが、アデル達は黙って彼らの言葉に耳を傾けていた。
「ギャハハハハ、ちげぇねえぜ!」
山賊の頭目──ギム──が嬉しそうに応える。
そんな彼らのやり取りを聞いて、アデルは小さく溜め息を吐いた。
これほど滑稽な山賊というのも滅多にいない。おそらく、山賊間の連携や情報共有もないのだろう。大陸の山賊団であれば、冒険者ギルドや治安部隊の動きを仕入れている。
例えばドナシモン山賊団が全滅したとなれば、今は治安部隊が力を入れていると考えて、活動を控えるものだ。彼らはそういった情報網も持ち合わせていないらしい。アデルからすれば、彼らの方が田舎者の山賊団であった。
「お? どうした? ビビッて声も出ねぇか?」
山賊のうちの一人が不用意にアデルに近づいてきた。
この行いにも、アデルは呆れ返る他なかった。戦士としてどころか山賊としても三流である。
大陸の山賊であれば、素性がわからない相手に対してここまで不用意には近付いてこない。悪党がほとんどいない田舎者の島で悪事を働いていたので仕方のない事かもしれないが、それにしてもあまりにお粗末ではないかと思わされる。
「おいおい、そんな布を頭から被ってちゃ顔が見えな──」
男がアデルのフードに手を伸ばした時である。その言葉を言い終える前に、彼の腕は一本地面に転がっていた。
アデルが横に置いてあった大剣を抜き、斬り落としたのだ。血が八方へ飛ぶ。
「ぎゃあぁぁぁ! 腕、腕がぁぁぁぁぁぁっ!」
アデルは体を覆い隠していた布を脱いで、そのままその賊の首を飛ばす。
橋の上に鮮血が飛び散り、山賊の首がぼとりと橋の上に落ちる。
「な、何者だぁ⁉」
ギムはパニックに陥っているようだ。慌てふためきながら、彼らに問うている。
「やれやれ、どうやら本当に俺はこのヴェイユ島では無名らしいな」
アデルは漆黒の大剣を眺めて、自嘲の笑みを浮かべる。
大陸であれば、この漆黒の刀身を見せるだけで大抵の賊はすぐさま投降するか逃げ出していた。それだけ〝漆黒の魔剣士〟は恐れられているのである。
「まあいいか……俺はアデル。ヴェイユ王宮兵団さ」
「同じくカロン」
「同じくルーカス」
カロンとルーカスも布を脱いで、それぞれの武器を構えた。
カロンは槍、ルーカスは弓で戦う様だ。
「お、王宮兵団だと⁉ あいつら、人手が足りないって言ってたんじゃ⁉」
「らしいな。俺達は補充要員だ。お前らが俺相手にどこまで戦えるのか、楽しみにしているよ」
アデルは斬り落とした山賊の首を拾って、ギムの方へと投げた。
「ぐっ……」
「そうだ、ギムとやら。俺と取引をしないか? あんたらにとっても悪くない話だと思うんだが」
唐突なアデルの言葉に、カロンとルーカスは首を傾げる。
取引の話など、打ち合わせではなかったのだ。
「取引……だと?」
ギムの瞳は恐怖に満ち溢れたモノだった。
今の一振りと黒い大剣と見て、自らに勝ち目はないと悟ったのだろう。やけに素直だった。
彼の持つ大剣はとてもではないが、常人が片手で扱える代物ではない。それを、目にも止まらぬ速さで腕と首を斬り落としたのだから、それだけで実力差は推して測れる。彼らは万に一つにも勝ち目がないのだ。
「取引と言っても簡単なものさ。まず、こっち側の出す条件として、あんたらは武器を捨てて投降して欲しい。つまり、賊を辞めて、真っ当に剣闘士として死ぬまで闘技場で戦ってくれ。その代償として、といっては何だが――」
アデルの続く言葉に、山賊達の固唾を飲む音が聞こえた気がした。
カロンとルーカスはハラハラとした様子でそれを見守っている。
「あんたらのことは……殺さないでおいてやろう。俺もあんたらも、死んでるよりかは生きてる方が良いだろ?」
アデルは山賊達を睨みつけた。
その凍てつく様な冷たい瞳に、その場の誰もが凍り付いていた。そこには一切の情というものがなく、底冷えする様な殺意だけがあった。
彼の殺気に、仲間であるはずのカロンとルーカスもうぶるっと身体を震わせていた。
「どうする? 山賊さんよ。強盗を諦めて生き延びるか、それともこの場で野犬の餌になるか……自分で選んでくれよ」
アデルは嘲笑を浮かべて、山賊達を見下した。
「そ、その挑発には乗らねえぞ? お、俺たちゃまだ死にたくねぇからよ……」
ギムが怯えた様に言った。
一見、降伏に応じる様にも見える。しかし、彼はちらりと横目で橋の淵の草むらを見た。
その動きを見て、アデルは小さく嘆息した。殺さずに生かして捕らえようという気が失せた瞬間でもあった。
「……カロン、ルーカス。屈め。矢が来るぞ」
アデルがそう呟いたのと、ギムが「
アデル目掛けて、三本の矢が空気を割いて飛んできた。
彼はカロンとルーカスが屈んでいるかを確認してから、大剣で周囲をぐるっと振り抜く。彼に向かっていた矢は全て大剣により防がれ、ひしゃげて地に落ちた。
「ば、ばかな……! 矢にも反応しやがった」
頭目の顔が、青く引き攣っていく。今の不意打ちにも反応されると思っていなかったのだろう。
「不意打ちには嫌な思い出があるんでね。警戒はしていたさ。場所は……そのあたりか?」
アデルは自嘲的な笑みを浮かべると、藪目掛けて胸の中の
続けざまに胸から二本の
「腐れ山賊……お前は、殺すぞ」
アデルは怯える頭目を睨みつけて、そう静かに言い放った。
山賊達にとっての悲劇が始まったのだ。
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